ギリシャ人のマフラーの渡し方
   (稲植俊雄) -2009. 8.24-


  1971年の4月中旬、出張先の南アフリカ、ヨハネスブルグから2週間の滞在を終え日本へ帰国する為、 中継地のロンドンに立ち寄り一泊したあと ヒースロー空港で羽田空港行のフライトを待合室で待っていた。 この時期、ヨハネスブルグは高地にあるためそれほど暑くなることもなく、 まだ秋も半ばで半袖でも過ごせる温暖な気候であった。

しかし生憎そこで風邪をひき 体調不良でロンドンに降り立った。 4月のロンドンはかなり寒く 風邪をひいた身にはあまり快適なところではなかった。 青白い顔をして下を向き待合室のソファーに座っていたら、突然顔に何かが当たった。 見るとそれはマフラーであった。 驚いて顔を上げて見ると 前のソファーに座っている40才位の男が私を見てウインクした。

何かゲームでもしていて間違って私の方に飛んできたのか、 或は あの方に趣味のある男がアプローチのためにしたのか不審に思ったが、 そのマフラーを持って男に返しに行った。 すると男はにっこりと笑い、 「それは使ってもらう為に渡したんだ。コートも着ないで風邪でも引いたのか 寒そうにしていたので。 いいから使ってくれ。」

最初は遠慮して断ったが 気にしないで使ってくれと言うので 風邪のせいで悪寒もあり 有難く借りることにした。 礼を言って 少し整髪料のような匂いのするマフラーを首に巻いてソファーに戻った。

民族や国家による文化や作法の違いというのは面白い。 農耕民族と狩猟民族の違いか、儒教と西洋宗教の相違なのか。

このような場合 日本人ならこちらのソファーまで来て、 「風邪でも引かれたのですか、宜しければこのマフラーをお使い下さい。」などと云うだろう、 しかし見知らぬ人にマフラーを貸すことなど 恐らくないだろう等 考えながら、 この人物の親切が大変有難かった。

羽田行の飛行機が飛び立って間もなく 機内も暖かくなってきたので マフラーを返しにその男の席へ行った。 隣の席の男と談笑していたこの親切な紳士は 「東京へ着くまで使っていてくれ。ギリシャから友人4人と観光で東京に行く。お大事に。」 と短く言った。又お礼を言って席に戻った。

マフラーを首に巻き、客室乗務員に毛布2枚を貰って身体を包んで寒さを凌いだ。 マフラーの渡し方などどうでも良い、相手を気遣う心が大事である。ギリシャ人は素晴らしい。 (了)