さよなら! 石田義一君  2011年 1月20日 逝去  (栗田 記)


21日の夕方、平塚市に住む石田君の娘さんから「父が亡くなった」との突然の電話があり茫然としてしまいました。 今年は我々にとって「古稀」を迎えるので、古稀記念の同窓会を開催すると聞いていたので、 再会できることを楽しみにしていたのですが、悲しい知らせを聞き、残念でたまりません。

23日の告別式に行ってきました。 朝7時6分の電車でしたが、10時半には平塚駅に着き、遠いようですが、意外と近いところでした。 彼が住んでいた平塚市は人口26万の街なので、水戸市と同じくらいですが、 東海道本線は10分くらいの間隔で運行しており、30分で横浜駅、60分で東京駅なので羨ましい。 葬祭場のサン・ライフ サカエヤ・ホールは駅から5分くらいの場所でした。

告別式の11時半まで余裕があったので最初にお別れの焼香し、祭壇を撮影し、 入口に飾られていた家族との思い出の写真を撮影して、色紙にお別れの言葉を記帳していたら、 奥様と娘さんが寄ってきて、「栗田さんですか?」と話しかけてきてくれました。 初対面の挨拶、哀悼の言葉を述べて後、彼の状況を話して頂きました。

彼は昨年の6月に体調を崩して「肺がん」と知り、その後は入退院を繰り返したそうです。 10月頃、本人からの強い要求で、医者と相談しながら在宅治療にしたそうです。 薬の副作用のせいか、最初は着る服に困ってしまうくらい太っていたようですが、 それが、見る見るうちに痩せてきたそうです。 最後は病院に戻りましたが、1月20日の朝6時1分に息を引き取ったとのことです。

奥様の「主人が賑やかな、明るい家庭を作ってくれて感謝しています」の言葉が 印象に残り、涙をこらえるのがやっとでした。

彼には男一人と女二人の三人の子供さんがいます。 そして、長女には男の子(小学校低学年?)、次女には女の子(幼稚園?)と二人の孫がいて、 毎年、正月には全員集まって賑やかに過ごしていたそうです。 お孫さんにはメロメロで、近くに住む次女のお孫さんとよく風呂に入っていたようで、 会場には家族全員の写真やお孫さんとの風呂での写真も飾られていました。

彼は2005年、高萩の中野屋でのクラス会で話した挨拶の中で、
「・・・飛躍しちゃうと最後に行くんだけど、俺は一番最初に死んで行きたいなという覚悟ができている。 俺より先に死なないでくれ。身体の方は別に異常はないと思います。 今3分の1かな。あと3分の2がまだ散らばっていてコンタクトがとれない状態だっていうのは、考えてみると情けないかなと。 出きれば此処に50人くらい集めてね、先生をその舞台に上げたいという夢があります。・・・」
と話していましたが、本当になってしまいました。ご冥福をお祈りします。

彼を偲んで、2005年のクラス会の日の早朝に神峰公園の頂上で撮った写真、 クラス会時のスナップ写真を掲載します。

また、次のメール交信をA4版1枚に印刷し、彼の霊前にと奥様に託しました。(了)

今日の夕方、平塚市に住む石田君の娘さんから「父が亡くなった」との
突然の電話があり、茫然としてしまいました。
今年は我々にとって「古稀」を迎えるので、古稀記念の同窓会を開催する
と聞いていたので、再会できることを楽しみにしていたのですが、
悲しい知らせを聞き、残念でたまりません。
突然の電話で狼狽えてしまい、告別式の場所と時間を確認し、
「参列します」とだけ伝えただけで、詳細については応対できませんでした。
死因は「肺がん」だそうです。ご冥福をお祈り致します。
知り得た情報は次の通りだけです。24日には再度、報告できると思います。
1月22日(土) 通夜
1月23日(日) 11:30〜12:30 告別式
場所:JR平塚駅から徒歩5分くらいの「サンライフ サカエヤ・ホール」
                    栗田 直久

貴君の悲嘆、狼狽ぶりが察しられます。
元気な義一君のイメージしかないだけに本当に驚いています。
厳寒の中、そして遠路、何かとご苦労も多いことと思いますが、
クラスを代表して弔意を伝えて来て下さい。
皆さんも病魔に冒される年齢層に入ったのですね。
お互い精一杯、健康の管理維持に努めましょう。
元気でなければ何も出来ません。
ご連絡有り難うございました。
                    中島 節(担任)

メール有難う御座いました。
石田さんが亡くなるなど、同級生の訃報を聞くことなど考えられません。
これが今の率直な思いです。
しかし我々は古希を迎える齢に達した事を考えると、これが現実で
あると思い知らされます。 友が亡くなるのは誠に残念です。
級友代表として惜別の大役を宜しくお願い致します。
                    稲植 俊雄

お知らせ拝見しました。石田君のことは誠に残念です。
石田君は悩み事があっても軽々しく口にしない男らしさ、真っすぐな気性、
不断の努力など、高校時代の彼の姿勢が目に浮かびます。
わたくしに無いたくさんの良いところをもっていて、
尊敬していたクラスメートのひとりでした。合掌。
                    宮城 倉次郎


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