楽法寺近くまでは車もすいすい順調に走って行ったが、最後の上り坂・山道にさしかかると 身動きが出来なくなった。 僅か4,5百メートルの坂を登り切り 駐車場へたどり着くのに約30分。 車を降り、寺に通じる石段を登り始めると、驚いたことに 参詣者は右側二列に並んでいた。 鐘をつく為の我慢強い長蛇の列と解し、これを無視し 左側を登り 本殿前に出ると、 鐘でなく鈴を鳴らし お賽銭を上げ 参詣する人たちであることが分かった。 鈴を無視すれば 賽銭箱は大きく 同時に数人はお参り出来る空間はあった。 私たちは 鈴を省き、賽銭を投げ入れ 新年の祈りを済ませた。
ここで一寸脱線しますが、賽銭箱の上に吊されている鈴はいつ鳴らしますか。 私たちは 写真クラブで 社寺へ出掛けると、先ず代表が挨拶を兼ね 境内での撮影を承認して貰う。 会員は適宜に賽銭を上げてから 撮影を始めるように指導されている。 で この礼拝の時、先ず鈴を鳴らし、神、仏様に来訪を告げ、それから賽銭を入れ、 お祈りするように と言われた記憶があるので、以後そのようにしてきた。 しかし 今回改めてインターネットで参拝のマナーを調べてみると、軽く会釈し お賽銭を入れ、鈴を鳴らし祈願し、 また軽く頭を垂れるのが一般的 と書かれていた。また鈴には呪力があるから必ず鳴らすようにと。
境内を一巡し 帰途につくが、相変わらず 上り道には車の数珠繋ぎ。 下りは気軽な運転さばきで、直ぐ国道125号線に出て土浦に向かう。 12時半頃 筑波山入り口にさしかかると、国道近くから 筑波神社初詣の車が渋滞していた。 これでは坂道を上り、参詣を済ますまでに一時間では無理であろう。 初詣の苦行に同情し、一方 開放感を噛みしめながらフィットは一路東へ走った。 文末に当日撮った写真、観音様境内で去年の札、ダルマなどを焼いている様子を載せておきます。
初詣とは無関係ですが、葬式・法事の時、(1)「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」、 (2)「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」というお題目をよく耳にする。 これらの意味を気にすることもなく80年近く生きてきたが、 4年前に高野山・熊野を旅行した時 初めて、 我が家では(3)「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛」と唱えなければならないことを知った。
帰宅後 これまたインターネットに厄介になったが、 (1)は浄土宗、浄土真宗の信者が阿弥陀仏への帰依を表す時、 また(2)は日蓮宗派のお題目で妙法蓮華経へ帰依するときに唱えることを知った。 そして(3)は真言宗豊山派に属する方が弘法大師に祈願する時に用いることを学んだ。 遍照金剛とは弘法大師の号で、意訳すると「有り難や、弘法大師様」になるらしい。
以上 挙げたお題目の最初に来る「南無」は梵語で「敬礼」の意味であったが 日本に入り、 仏に帰依することを表す言葉になったと辞書は説明している。 「遍照金剛」の原義は、慈愛の光明をあまねく照らし(弘法大師が)金のように強くあれという意味とのこと。 天台宗のお題目は残念ながら知りません。(2011- 2- 1)