3月11日の地震の翌日以来、東京都江東区豊洲、千葉県市原市瀬又に2ヶ月半程避難しておりましたが、 5月末から福島県いわき市に移動をして、その後7月初旬に私の故郷である茨城県北茨城市に引越しを致しました。 引越しが続いたせいか少し体重が減少しましたが 家内共々元気で暮らしております。
原発に近い楢葉町に居住していた折には、植木、芝などの庭仕事などに明け暮れておりましたが、 今は何度も引越をしている為、引越しに伴う諸手続き、引っ越し業者の手配、引越し先での荷物の整理、 掃除と近隣への挨拶、電話、電気、水道、ガス、新聞などの停止及び新規申し込みの手続き、 借家に関係する事項の家主、役所、不動産屋との交渉及び諸手続き、 郵便局での転居届、友人知人への住所変更の通知など、余り生産的ではない日常を過ごしております。
又、楢葉町の友人、知人の為に住居探しやその交渉などにも多くの時間を費やしております。 いわき市植田町の叔母の家が地震で全壊したため、取り壊すことになり、そのため家財道具の処分の手伝いもしております。 考えてみますと避難が始まってから休息した時間は殆どない事に気づきました。
福島第一原子力発電所事故の収束はいまだ見えず、今後いかなる状況に至るのか見通しが立ちません。 人類は原子力を利用する能力は未だ持っておらず、 この制御不可能な原子力を利用するには人類にとってかなり早すぎたようです。
完全にコントロール可能な能力を持ってから原子力を利用すべきでしたが、技術の確立の前に利用したことにより、 英国セラフイールド原子炉事故、スリーマイル島、チェルノブイリ、東海村、今まで明らかにされなかった数多くの原発事故、 そして今回の福島大規模原発事故など何度も悲惨な事故を繰り返し、多くの犠牲を出しております。 あまりにも人間の浅はかさ、知恵のなさに失望しております。 これからは完全に安全で必要量を充足するエネルギーの供給が実現されることを祈っております。 (2011- 7-14)