おじいちゃーん
避難中に暫く いわき市の避難先の中学校前の家に住んでいた。
或る日、庭に居たら 昼休み時間中の中学校の校舎の方から、何か声が聞こえたが 何を言っているのか良く分からなかった。
耳を澄ますと「おじいちゃーん」と言う声が聞こえたので 振り返ってみたら、
2階の教室から女子中学生が 6人ほど手を振っていた。一瞬、何事かと思ったが、手を振り返したら直ぐいなくなった。
数日前に 家内から、庭にいると 昼休みに中学生が教室から手を振って呉れるので手を振って応えていると聞いた。
田舎の中学生は純朴でかわいらしい と家内が言っていた。
だが しかし、多分、「おじいちゃん」と言われたのはこの時が初めてだったのではないかと思う。 既に古稀の齢となり、風貌からも「おじいちゃん」の呼称は全く世間の常識では違和感は無い筈であるが、 孫もいないわが身からすれば、やはりショックであった。 中学生からすれば、「おじいちゃん」以外の呼び方などありはしない、落胆しても仕方がないと考え直した。
新鮮で安価
原発事故の避難中に東京と千葉県に 2か月ほど住んでいたがちょっと驚いたことがある。
JR千葉駅から電車で15分程の駅の近くの団地の中の家だったが、
ここは50年以上前に出来た かなり古い住宅団地で 近くにスーパーなどの商業施設はあまりなく、
隣町まで出掛けて買物をしていた。
隣町のスーパーの鮮魚、野菜は何と福島、浜通りより3〜4割は安く 新鮮で種類もかなり豊富であった。
これは幾つかのスーパーが近距離に存在し お互い競合している結果と、大きな魚市場、野菜市場が近くにあるためと思われる。
東京の中心部に近い豊洲でも同様の状況であった。
今までも、漁港の近くの市場や魚屋で魚を買うと 家の近所のスーパーや魚屋よりも どう言う訳か価格が高く 種類も少ない と言う事は良く分かっていた。 中央の大きな市場から遠い地方のスーパーは、その距離の遠さから、鮮度が落ち、 輸送コストも高くなり価格も高くならざるを得ない。 近くの漁港で採れた魚だけでは品揃えが少なく それだけでは商売は成り立たない。
東京築地市場、千葉市魚市場、成田魚市場などには多くの種類と大量の海産物が集まって来る。 競合によって価格が下がり、新鮮で、多くの種類を提供できる築地市場などから近い市街地に住む住人々は 従って、 安く、鮮度の良い魚を買うことが出来る。 首都圏は巨大消費市場であるため商品の回転も速く 滞留が少ないことも鮮度の良い品物を提供できる理由である。 大手スーパーは産地の業者から直接仕入れて販売もしており、流通ルートがカットされ安く提供できる。
魚や野菜は間違いなく首都圏の方が地方より安価で新鮮である。 那珂湊や小名浜の市場には大型観光バスで首都圏から買物に来るが、漁港に近い、新鮮だろう、従って安いはず、 と勘違いをしている向きも多いのではないかと思う。 これらの市場では地元の漁港で採れたものは僅かしかなく、 販売されている多くの魚は 時間とコストを掛けて築地や北陸、関西など他所から送られてくる場合が多い。 経済原理からすれば、大量仕入れ、大量販売が安さの源泉、この原理から外れれば高くならざるを得ない。 今は再び いわき市や北茨城市でやや鮮度の落ちた、高めの魚を買っている。 (2011- 7-15)