宮城の癌日記  (宮城 倉次郎) -2011.12.21-


 「起きてください、起きてください」ーー。 午前5時20分、携帯の自動音声(女性の声)が睡眠を破る。 8時間おきに飲む、抗癌剤の服用時間である。 寝床からはい出て、小さな粉末2袋、錠剤1錠をぬるま湯で胃に流し込む。すぐまた寝床に入る。

 12月6日から始まった抗癌剤の服用は、処方を受けた時から計算して13時半、21時半、午前5時半の3回が一回りである。 これを毎日続ける。服用前に恐れていた下痢や吐き気の副作用は、幸いなことに今のところ出ていない。 S字結腸癌の開腹手術後、腸の外側へ顔を出していた癌の転移予防のため抗癌剤をのむ必要があった。 「癌が小さいうちに叩いておきましょう}という医師のご託宣である。

 毎回時間通りに薬を飲むのは、簡単なように見えてけっこう骨である。 中でも午前5時半の服用には手を焼く。携帯の声で叩き起こされる前に、実は何回も目を覚ましてしまう。 「もう、そろそろかな」といった具合だ。夜中に何回も目を覚ます。 そのため睡眠不足からくる疲労感やプレッシャーが、意外にこたえる。で、やめた。 「少しぐらい時間がずれても、ぐっすり眠ることの方がだいじなのではないか」。1週間ほどで、「起きてください」とは決別した。

 しかし、失敗はある。 一度など、21時半と午前9時半を勘違いして、前の服用から4時間しかたっていないのに次の回の分を飲んでしまった。 なんともないような気もしたが、鏡に写った自分の目を見て驚いた。 狐目のように、細くて険しく鋭い目つきの自分がいた。 ふだんは優しい目つきであり、女性に好感をもたれるような目つきだと自分では思っていたのだがー。 それほど強い薬であるのだ。しかし、夜中の時間のずれは、毎回かなり振幅が大きい。

 12月20日、2週間分をのんだところで医師の診断があった。 「目立った副作用はない」という私の返答に、医師は明快に答えなかった。この先まだ何かあるのだろうか。 次回の診断は1月10日、4週服用して1週休みのひと区切りがついたところで診断となる。 今度はCTで腸の状態を確認することになった。診断日には採決して、「癌」をあらわす数値は毎回確認されているのだが。

 服用休みの1週間は、ちょうど正月の松の内に当たる。察したように、医師が「抗癌剤とお酒は相性がよくありません」と言う。 「それを分かって、正月が服用休みに当たるように先生が配慮してくれたのかと思っていました」と私。 飲み会の誘いがいくつか入っているとも。医師はイスに座ったままのけぞって笑った。 余りに都合のいい身勝手な解釈だったらしい。 そして、会計で渡された次回予告には「予約なし」とある。先生がうっかりして、用紙に予約を書きいれるのを忘れたのである。

 手術後、困ったことがひとつ。排便である。 前にも書いたが、S字結腸は便をためておき、その水分を吸収する役目を負っている。 水分吸収の意味は詳しくはわからない。 しかし、便をためておく機能が失われた結果、下降結腸から便が下がってくるサインを察してトイレへ行く。 ところが、かなり時間がかかる。せっかちな私、医師には止められているがうんうん唸って便をひねり出してしまう。 困るのは、その次である。下がり始めた便を長く待っていられないので、途中で「止め」にしているのが実情らしい。 従って下がって来た便が、次の排便を要求する。さっきトイレに行ったのに、またーー。 つまり、頻便である。電車やバスの中だったらどうなるか。

 症状はこうだ。次々お腹にガスがたまって行く。ガマンがならないほどに。私は遠慮しない。 お腹を軽くするために、なるべく人の少ないところで屁をすることにしている。 においは、手術前の自分でも飛び上がるような くささではない。ほんの一過性である。 世の人に訴えたい、もし屁をしながら歩いているひとがいたら、腸の手術をした人なんだと思ってほしい。

 腸の手術をしたお腹には種子島産のサツマイモが良いと、どこからかカミサンが聞いて来て買って食べている。 従って 私のお腹はたくさんの屁を製造し続けている。 道々、放出される屁も、また相当の量に上るのである。(12月21日 宮城倉次郎)


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