8時間ごとの抗癌剤の服用は、この日から3クール目に入る。 1クールは4週、28日分の薬を飲む。計2万3750円。医師は副作用がどの程度か聞き、5クールまでの服用を決める。 その間に再度「CT」を撮り、転移がないか確認するという。 5クールはふつうより長い、ここでも「プラス5」が判断基準になっているようだ。
医師がパソコンの映像を動かして、「CT」で撮った私の体内を見せてくれた。 白黒の映像だが、腸の中まで実にきれいに映っている。その途中に、2個の金属片が見えた。 手術で取ってしまったS字結腸の上の腸と下の腸を「ガチャン」とはめ込んだ(医師の弁)金具だ。 輪切りに映った腸の右と左で光っていた。目を凝らした私を見て、医師のマウスが心臓付近へ伸びる。 「これがペースメーカーですよ」。 腸の金具より少し大き目の金属が、数本の糸に引っ張られるように、左の肩骨の下あたりで光っている。 私はいま、少なくとも3個の金具に支えられて生きているのだ。
薬の副作用だが、2クール目の終わりあたりから少し見えてきた。 「これがそうかな」と思えるようになってきたのだ。口内炎と胃のあたりのムカムカである。 口内炎には塗り薬が処方されている。しかし、めったに使わない。 熱い味噌汁やお茶を飲むときに、痛いような違和感を覚えるがすぐ慣れてしまう。 「ムカムカ」も胃から腸にかけてさすってやると、まもなく薄れて行く。従って、印象としては「大したことない」。 だが、いま以上にひどくなってくることも考えられる。その時、耐えられるぐらいのものなのかどうか。 耐えられない場合は、どうするか。
相変わらず悩ましいのが、便通である。気をまぎらそうと、2月の始め、京都へ1人旅した。 京都駅前にホテルをとって、まだ見ていない宇治の平等院や萬福寺、東本願寺の御影堂などを見て、奈良まで足をのばした。 ある夜、湯あがりにユニットバスの内側に血痕がついているのをみて仰天した。 思うようにならない便通、業を煮やして意気張って便を腸から絞り出してきた。 まさか、腸から出血ー。そんなことになったら、大変だ。すぐに医院へ駆けこまねばならない。 「意気張るとガチャンとつないだところがはずれることがありますからね」−医師の言葉が思い浮かぶ。
落ち着いて観察してみた。すると、肛門のあたりが痛い。手で触れてみる。痛い、切れているのだ。 もともと、切れ痔があった。洗浄できるタイプのトイレを使うようにしていて、症状は殆ど出ていなかった。 旅の疲れもあろう、切れたのだった。それで安心した。 しかし、オナラガしきりに出ること、いつも便をしたいような感覚、一度出始めると数度に及ぶトイレ通いーーは相変わらずだ。
抗癌剤は4週飲んで1週休む。その時が「酒」を飲むチャンスだ。行きつけのすし屋か居酒屋に顔を出す。熱燗がノドを通る。 うまい、やはり酒はうまい。飲めるのは本当に幸せだ。しかし、転移が見つかったらどうするのか。 「うかうかしていられないんだね」、酒場の女将の言葉が酒と一緒にはらわたに、そして心にしみていく。(2012・2)