今回は栗田さんの退院を吉治さんから伝え聞いて、ほっとしたことから始めたいと思う。いきなりだが「入院」は 病気がどうあれ、70歳を超えたわれわれにとって、むしろ心の問題が大きい。そこでどんな葛藤があったか生まれ たのか、言えないこともあるし、たとえ嫁さんにでもうまく説明できないこともある。また、言ってもうまく伝わら ないこともある。もちろん、ここで投げやりになっては論外である。しかし、もう上がり目のないわれわれには、 「祈り」とか「悟り」とかが大切になってくるように思う。別にわたくしは宗教者でも何でもない。しかし、いつの ことかわからないが、逃げない姿勢が大事なのだ、まっすぐ立ち向かえば何かが見えてくると思うようになった。 なにより、栗田さんとまた通信できるようになるのがうれしい。
さて、抗癌剤はふつう、5カ月(5クールとも言う)が投与の一応の区切りだそうだ。わたくしの場合、それが 5月(書いている時点ではまだ今月)末だった。その22日、市立病院で診察の日。担当医はわたくしを前に考え 込んだ。「宮城さんの場合、数値(癌の程度、最悪のプラス5)が数値だし、4月のCTで小さなモヤモヤが腹水 にありましたからネー」。
あらかじめ、これで終了にはなるとは思ってはいなかった。現実に副作用でしょぼしょぼした目つきになり、視力が 落ちている。人目が気になり、度の入ったうすい茶色の外出用眼鏡もつくった。時折の胃のムカムカも変わらない、 腹の立つことに、ヘソの周辺の筋肉の割れ目から出てくる腸(脱腸)の膨らみも大きくなってきた―。これでは好きな 温泉へ行っても、気おくれが伴う。
いろいろあるが、医師の言葉を待つ。「やっぱり、もう少し続けましょうか」(医師)。「では、6月いっぱいぐら いで」(宮城)―思わず言ってしまった。「いや、7月までのんでみてCTを撮り、それで判断することにしますか」。 (決めるのは、あなただ)。さらに、「もしCTで転移がわかれば、どんな治療が必要かもはっきりしますからネ」。
おっしゃる通り、別段反論などありません―。(断っておくが、わたくしはこの医師がきらいではなく、信頼もしている) 医師は、ここから急にスピードを上げて、パソコン上のわたくしの治療データーをみながら、抗癌剤の調剤や次の診察日を 決めて行く。抗癌剤を3週間服用して1週間中休みすると、次の診察日(火曜日がこの医師の担当)は6月19日という計算 になる。「では、12日に」と医師。医師の言葉が終わらないうちに、口を挟んだわたくし。「12日は心臓のペースメーカーの 診察日に当たっていまして、しかも今回は電池を交換するかもしれないと‥」。フルに開けておきたい、と説明したのだ。 診察時間によっては、同じ日に静岡日赤へ行くことも可能だが、今回のペースメーカーの診察は特別である。
そして、医師の勘違いだと思うのである。医師が指定しかけた「6月12日」は、3週間抗癌剤をのんだあとの「次の日」 である。連続服用ならば、そうなる。しかし、これまで必ず1週間のインターバルをとってきたではないか。医師はわたくしの 説明を引きとり、「それでは2週間のばして19日(12日の次の火曜日)にしましょう」。これも、いま思えば医師の勘違い である。ところが不思議なもので、わたくしもなんだか2週間の間ができたように思いこみ、本当のところに気がついたのは、 自宅に帰ってからなのである。2週間の休みが1週間になり、なざだかがっかりして、あとで変更の電話を入れてみようかと 思うわたくしである。
かくして、いままた抗癌剤の服用中である。しかし、これまでと違ったことがひとつ。『胃がムカムカする』対策として、 医師が処方してくれた胃酸を押さえる薬や胃壁を保護する薬は、わたくしは強い薬をしかもたくさん飲みたくはないという “信念”から、これまで、ごくたまにしか服用しないできた。ところがのんでみると、一部は効果があるような気がするのだ。 さすが専門家だ、と思うほかない。わたくし流の、軽い食事をとってから服用する、薄いお茶で服用する、に加えて、今度は 医師の勧めた薬も毎回ではないがのむようにした。これが実際、良いようなのである。22日(5月)を思い出す、「のんだ 方が良いのにナー、じゃぁ今回処方は抗癌剤だけでいいんですね」と最後まで嘆いていた医師。
わからずやの「バカ」と言われても仕方ない。しかし、まだ本当のところはよくわからない。次にどんな症状が出てくるのか、 不安だ。が、いまのところいく分副作用は和らいでいるのである。カミさんと話しているうち、「転移」を妙に怖がることも、 なくなってきた。ある種の「覚悟」ができたのである。ただ、恨めしいのは、おへそのまわりの出っ張りである。
宮城君の心身両面での苦闘の日々が「癌日記」からいたいほどよく伝わってきます。とにかく自己判断 をし過ぎないように注意して下さいね。医者にどんどん相談することは大賛成ですが。
さて「日記」の中でヘルニアについての心配が書かれていましたので、私の体験をご参考までに述べて おきます。多分このメール同窓会が発足した当時、私が前立腺を開腹手術したときヘルニアになった記事 を投稿したことがあります。多分、お忘れになっていることでしょう。
開腹手術後皮膚を縫合する時、縮んだ大腸膜は引き延ばして縫い合わせるので膜に負担がかかるそうです。 そのため退院後に、鼠徑ヘルニア、つまり脱腸を発症する人が多いそうです。治療法は開腹手術かバンド 使用しかありません。私は潔く前者を選択し、4,5日入院したように記憶しています。 従って腹には盲腸の手術後を入れ、3ヶ所のメス跡が残っています。
では宮城、栗田の両君の一日も早い全快を祈りながら筆を置きます。