(4/9)糖尿病の薬を貰う目的で近くの病院で5週間毎に定期検診している。 そこの病院の院長が「今回の血液検査から見ると体内に異常が起こっている。 超音波検査によると胆石が疑わしいので紹介状を書くから明日必ず日立総合病院へ行って欲しい」が発端であった。
(4/10)最初に日立総合病院の内科へ。
内科の医者は紹介状を見て、血液検査、尿検査、腹部X線撮影の検査を指示。
検査後「胆石、尿管結石もあるが膀胱が一番悪さを起こしているので、泌尿器科へ行くように」との説明で、
泌尿器科へ行くと「すぐに入院して下さい」と相成った。
右の写真は最初に入ったD棟7階の部屋である。
この階は泌尿器科・耳鼻咽喉科・眼科などの患者が混在している。
5年前に白内障手術で入院したのも同じD棟7階であった。
(4/11)腹部CTスキャン撮影してから膀胱内の状態を見る膀胱鏡検査があり、 小さい内視鏡を泌尿器の先から挿入されるのは初めての経験であったので怖かったが、 患者には抵抗のスベはなく流れにまかせるしかなかった。 この検査で、膀胱の上部が大腸と癒着していて大腸の汚物が膀胱に入り込んでいることが判明した。 CTスキャン撮影で胆のうにある石と尿管にも小さい石がはっきりと確認できた。 この石が腎臓から膀胱への尿の流れを阻害していたので、 ここに針金のような細い管を入れて尿の通り道を確保した。 そして退院する迄泌尿器に排尿管を挿入され、大腸と癒着している事から今日からの食事は停止となり、栄養は点滴からになった。
(4/12)腹部のX線撮影し、患者服に着替えてベッドに横になった。 この頃から排尿管の機能がおかしくなり、尿意があっても排尿できず苦しい状態であった。 そして肛門から内視鏡を挿入して膀胱の近くまで進んで行くのですが 自分も大腸の中の様子を画面で見ることが出来た。 やはり癒着しており、3mm位の穴があったようである。 部屋に戻ってから尿がうまく出ないと訴えたところ、調べたら排尿管からの漏れが見つかり少し太い管と交換。 交換した途端に尿が勢いよく排出され、今までの苦労から解放されて楽になった。 明日の注腸検査で手術方法が決定する筈でしたが、この検査が17日に延期されたので 明日からの4日間は静養である。 食事抜きで水だけの生活は辛いですが、大腸、膀胱、胆のうが傷んでいては我儘が云えない患者である。
(4/17)午前、外科医・泌尿器科医の共同による注腸検査が始まった。 この検査は肛門から管をいれてバリウムを流し込んだあと、空気を送り、透視台の上で、あっちこっち向いて大腸内を撮影します。 夕方、泌尿器科医から「現在外科医と合同で検討中。まだ結論が出ていないが多分切開手術になるでしょう」 との説明があった。そして大腸に憩室が多数ある事が分かり、泌尿器科から外科の担当となった。
(4/18)朝、外科医から「手術室の予定で手術日は5月1日。大腸の半分は切除する予定だが、開腹して切除範囲を決めたい」 との説明があった。 4月20日に外科病棟へ移ることとなり、本日の午後は手術のための血液停止テスト、呼吸器テストを行った。
(4/20)朝10時、泌尿器科・耳鼻咽喉科・眼科などのD棟7階から外科のA棟3階へ移動。 11時頃、胃カメラ検査。先ず水を飲み、飴状の麻酔をスプーンで口奥に含み、数分後に飲み込む。 カメラの挿入直前に苦い液を塗られて検査を開始。 胃に潰瘍が見つかり、サンプルを採取。また、数か所でピロリ菌の有無も調べた。 胃潰瘍か癌の検査に時間がかかるので5月1日の手術は1週間〜10日くらい延びるようだ。
外科のY担当医の説明を受けた内容(一部NETで調査)は次の通りであった。
| 病 名 | S状結腸・下行結腸憩室症、S状結腸−膀胱瘻、胆石症 |
| 病 態 | S状結腸と下行結腸に憩室が多発。その他の大腸にも散在している。 S状結腸と下行結腸が憩室の炎症により狭くなっている。 憩室の一部が膀胱に穿破し、大腸と膀胱が繋がっている。 その為に便が膀胱ないに流入し、感染がおきている。 |
| 手 術 | 左半結腸切除、膀胱の部分切除、胆のう摘出術 憩室が多発しているS状結腸・下行結腸と横行結腸の一部を切除する。 S状結腸と膀胱が繋がっている部分(瘻孔)を切除、膀胱を部分的に切除する。 |
| 麻 酔 | 全身麻酔、硬膜外麻酔 硬膜外麻酔は,手術中の痛みを取り,また持続して麻酔薬を注入して術後の痛みをやわらげる。 脊椎(背骨)の中にある脊髄の側まで針を刺し,その中にカテーテル(細いチューブ)を通し、 脊髄を包んでいる硬膜の外側(硬膜外腔)にカテーテルを留置し,そこから麻酔薬を注入します。 |
| 憩 室 |
憩室は、消化管壁が管外へ向かって突出して嚢(のう)状となり、他の消化管内腔と連絡するもの。 大腸憩室のほとんどは後天性であり、複数存在すれば大腸憩室症、炎症が起これば憩室炎といいます。 大腸憩室は注腸検査、内視鏡検査等で発見されることが多い。 憩室炎に対しては安静、抗生剤投与などの内科的治療で多くは改善しますが 穿孔、腹膜炎、瘻孔形成、狭窄を起こした場合は外科的治療が必要となります。 |
(4/21)朝、Y担当医に家内と一緒に2階外来3診の部屋へ連れていかれ、写真などを利用して詳細説明を受ける。 手術室のスケジュールの問題で手術予定時間が5時間かかる本手術は5月14日〜18日の週になるが18日は抑えてある。 検査等はすべて終わっているので、キャンセルがあれば早く手術出来こともある。
(4/23)足の付根から動脈血液を採取。
(4/25)点滴は左手首、右手首から摂取するのが普通であるが、写真のように 首の静脈に点滴用の穴を作成した。
点滴の穴が大きくなったので今までより大量に摂取できるので栄養の点滴剤も24時間分入った大型になった。
糖尿治療は重要であり普通は手術の10日前から行うらしい。
糖尿患者の場合、縫合でのくっつきが悪く、最悪の場合は人工肛門の覚悟を確認された。
食事はしていないので、本日から午前5時・午後2時・午後11時の3回、
指先に針を刺して出る血液で検査して その値によりインシュリンの注射を行う。
(4/29)Y担当医から外泊の話があったが、4月11日から食事は停止していて栄養分は点滴で採取しており、 排尿管を付けているので外泊は断った。
(5/6)排尿管を交換する。
(5/7)外科医が集団で回診して栄養状態をチェック。タンパク質がちょっと不足しているが概ね良好とのこと。
(5/8)Y担当医が来て「胃は潰瘍で癌ではないことがはっきりした。これで検査は全て終り、手術は予定通り18日(金)に行う。 潰瘍は薬治療で治るはずであるが、3ケ月後に再度内視鏡で調べる。
(5/16)24時間も連続点滴できる大型栄養点滴は毎夜24時に交換していたが、本日24時で中止となる。
(5/17)今日は手術の前日。午前10時に2階の麻酔科に行き、ビデオを見てから麻酔科の先生との面談。 午後、除毛、ヘソ掃除をしてシャワー室で身体、頭などを洗う。
(5/18)手術日。4月11日から食事は抜いていたが、前夜に飲んだ下剤、朝の浣腸により、出来るだけ腹内を空にする。 手術の開始予定は12時半頃。10時頃 今までの4人部屋から個室へ移動。 家内と家内の妹の旦那(義弟)が付き添いとして来る。 後で聞くと、手術室へは13時に入り、手術が終って出てきたのは20時半。私には この間の記憶がない。
手術は前述した通りでしたが、切除した物を家内と義弟は見せてもらったようですが、 胆のうの中にあった胆石は5〜6個で 大きい石は親指の第一関節位で黒光りしていたとの事。 この胆石の材質がコレストールと聞き、ちょっと驚いた。 S状結腸と癒着していた膀胱の癒着を剥離し、穿孔を塞いだり、 S状結腸・下行結腸・横行結腸の一部を切除し、残った大腸を伸ばして直腸との縫合に時間がかかり、 予定以上に時間が超過したようだ。 でも、無事に手術は終了した。
(5/19)硬膜外麻酔のお陰で術後の痛みは殆どなく、手術の翌日からリハビリとして この階の廊下100mを歩く。
(5/20)廊下200m歩く。胸部・腹部のX線撮影。助けがあればベッド上に座る事ができた。
(5/21)Y担当医が車いすを持ってきて、この階の東側へ移動して金環日食を見せてくれた。 手術前日夜から禁止されていた水を飲むことが許可。水が飲めるようになったので夜の安定剤が処方された。 本日も胸部・腹部のX線撮影。
(5/22)ベッド上の座りが自由にできる。リハビリで700m歩く。 外科医たちの回診で「自分では体調がよく思う」と話すと「私たちも予想以上に良い回復状況と思っている」
(5/23)4月11日から停止されていた食事が解禁され、
朝食に出た重湯・味噌汁・梅びたし・グレープフルーツ・牛乳を久しぶりに味わった。
9時の回診時に背中の硬膜外麻酔チューブを外された。200m歩く。
本日も胸部・腹部のX線撮影。
食事は朝食8時・昼食12時・夕食19時なので、血糖値の測定はこの食事前に変更された。
(5/24)今日から重湯から3部粥。500m歩く。
(5/25)今日から3部粥から5部粥。 4月11日から付けられた排尿管を外す。 個室から4人部屋へ移動。 血液採取、胸部・腹部のX線撮影。 夕方、Y担当医が傷口を止めていたホッチキス半分を取る。 排尿管を付けていた頃は尿は大量に出ていたが、排尿管を外したら少なくなっているので、 看護師が尿道に細い管を入れて残尿を取り出す。200m歩く。
(5/26)今日から5部粥から7部粥。副食も普通食と同じ。 腹内の血を出す腹の横にあった管を抜く。 傷口のホッチキスを全て取る。
(5/27)今日から7部粥から全粥。 夜出た便は今までで最大。大腸が正常に機能しているので一安心。
(5/28)点滴は終了。 Y担当医「奥さんの準備があるだろうから退院日は明後日を予定」
(5/29)明日の退院説明。200m歩く。
(5/30)本日は術後12日目で退院。 Y担当医の最後の回診があり、10時に退院。 帰宅後はベッドで睡眠を主とした生活。
以上が入院から退院までの52日間の入院体験記である。 体重が入院前の73kgから65kgに減量しましたが、 足の細くなった点とお尻の肉が無くなった点が著しい。 私にとっては予想外の病気でしたが、 今年の1月からの食欲不振、便所での尿の汚れ、よく風邪を引く、ウォーキング後の微熱 の症状から家内は前々から尋常ではないと感じていたようだ。
私は憩室が出来やすい体質らしい。残された大腸にも憩室はあるので、今後は経過状態を見ていく。 胃潰瘍の原因の殆どはストレスのようなので、ゆったりとした生活に努めて1日も早く健康体に戻したいと思う。
最後に入院中には毎日来てくれた家内や、中島先生・沼田君・稲植君には励ましのメールを頂き、 宮城君からはHPの投稿の中での励ましがあり、 また、入院中ちょっとだけ同室になった椎名君とは色々と雑談が出来、 沼田君にはHPの更新を代わっていただき、皆様にお礼を申し上げます。(了)
奥さんもどんなにか驚き、心配されたことでしょう。今後は奥さん孝行にも心がけて下さい。
一日の早い回復、退院をお祈りします。
元気、笑顔をなくさないように。
好きな音楽、武者小路あやまろの落語でも聞き続けるのも賢明。
倉次郎君の順調な回復の秘訣は楽天的な性格に依るものと思いますよ。
次第に春らしくなってきました、焦らずゆっくり休養して下さい。
現在点滴のみで過ごしているそうですが、これは私も経験があります。
フィリピンで腸チフスに罹病し10日間入院していた時は1週間ほど点滴のみで
栄養を補給しておりました。
沼田さんは点滴のみで大丈夫なのかと心配していましたが、これで充分持ちました。
常に楽観的に考えておれば病気の回復も早いと云われております。
余計なことは心配せずに気合いを入れておれば入院期間も短くなるでしょう。
早いお帰りを待っております。
HPを読んでいるとのこと、有難う。先ほども新原稿を送りました。
ではしばらくの間、茨の道を元気を出して歩き続けて下さい。
これだけの大病だから、やはり以前の状態に戻るのには、半年、またはそれ以上かかりますよ。
どうぞ、くれぐれもご自愛ください。
断食、検査の連続そして長時間にわたる大手術を無事クリアしての現在。
喜び、感激もひとしおのことでしょう。では焦らずリハビリに専念して下さい。
メール同窓会を見てびっくりしました。
大変でしたね、大手術でしたね。頑張りましたね。
術後の経過、順調のご様子で安心しました。
軽い気持ちの定期的検診で、
悪いところを発見出来て、早めに手術を受けられたことは不幸中の幸いです。
運が良かったと神に感謝ですね。
繰り返しでくどいようですが、再度申し上げます。
とにもかくにも、当分の間 養生専一にお過ごしください。
先ずはお見舞いとご退院祝いまで
私は何の病気か分からないまま入院しました。 最初に悪いと云われたのが膀胱だったので、泌尿器科扱いとなりましたが、 大腸の内視鏡検査で憩室が異常に発症しており、泌尿器科医と外科医が共同で注腸検査を行い、 大腸を大幅に切除せざるを得ないとなり外科扱いとなりました。
この頃、担当外科医に病名を聞いたら「S状結腸・下行結腸憩室症」だと云う。 どこかで聞いたような気がしていたが、記憶をたどって見ると、宮城さんのS字結腸ガンでした。 退院後、宮城さんの投稿を最初から読み直したら、便の苦労話が全く同じだったので勇気づけられました。
私はS状結腸・下行結腸の全部と横行結腸の一部を切除し、残りの大腸を伸ばして直腸と縫合しました。 私は糖尿も患っていたのでうまく縫合出来ない時もあるらしく、 最悪の場合は人工肛門を覚悟してくれと云われた時は大変な手術なんだと自覚しました。
だから、大便が出た時はうまく縫合できたんだと嬉しかったです。
宮城さんが書いた闘病記がとても参考になったので、私も誰かの役に立ちたいと考えて入院記録をまとめた次第です。
宮城さんに投稿文が非常に役立った事を話したくてメールしました。
またメールします。−小木津の暇人 栗田より−
わたくしはとうとう下痢の症状が出て来たため、抗癌剤の服用を中止しました。 医師に言われていた事でもあったのですが、次の19日の検診で、どのような判断がくだされるかわかりません。 こうしたことも次の「癌日記」に書くつもりでおります。
病は、その気になれば自分や社会を、そして世界を見る新たな目を養ってくれます。 得難い機会だと思って無駄にせず、五感を研ぎ澄ませて日々を送りたいとわたくしは思っています。 もちろん、あちこち継ぎはぎだらけではありますが―。しかし、栗田さんには「釈迦に説法」であるかもしれません。 栗田さんの入退院などは、沼田さんが逐一、わたくしらに直接伝えてくれました。 同じ青春時代を過ごした仲間はありがたいものだと勝手に思い、頭が下がりました。それでは、また。(6/15、宮城)