『宮城のがん(漢字からひらがなに改めます)日記』
    (宮城 倉次郎) -2012.11.14-


 

 11月13日は病院へ行く日だった。S字結腸がんの手術から1年を過ぎた翌月の診察日で、 抗がん剤服用からは、ちょうど1年に当たる。直前の10月30日には、3ヶ月ごとのCT による腹部透視を受け、その結果が今回、医師から告げられる。もし結果がよければ、抗が ん剤の服用もこんど(10月10日から3週間)で終りになるのではなかろうか―。そう思 うと、柄にもなく緊張した。

 しかし結果は、すべてが期待はずれに終わった。ただ、CTの結果は「特に変わりはあり ませんでした」と医師。パソコンのCT画面をみながら、医師は続ける。「お腹の中のもや もやした小さなしろいつぶのようなものは、いまの段階では何であるかはわからない。本日 の採血の結果は異常なし、がんであれば動いてくる数値は正常、栄養状態や心臓のはたらき も良好。ほんの少しめまいの傾向は出ているが、心配するほどではありません」。最も大き な問題のほかへの転移はなかった。これでいよいよ服用終わりか、と思うではないか。

 しかし、次に医師が言ったのは、抗がん剤服用の日程(3週服用して2週休み、計5週後 に診察及び薬の処方)についてだった。「えっ」である。こちらには、「抗がん剤服用は1 年ぐらい」と、かつて言っていた医師の言葉が頭にある。“約束”が違うのではないか?。 「まだ服用するんですか、CTなどの結果がよければ薬の服用を終りにしたいと思っていた んですが」と宮城。そうですか、と医師はいったん会話を切ったが、「以前から言っている ように‥‥」と続ける。宮城の腹水内のがんの分析結果はいちばん悪い「+5」、いま抗が ん剤を予防的に服用しているからこそ、ほかに転移もなく、もやもやしたものも動き出して いないのではないかというのが医師の解釈だった。

 「ではいつまで」、「そうですね、1年半ぐらいは」。さらに、医師は追い打ちをかける ように内視鏡検査を勧める。胃や腸がいまどんな状態にあるのか、新たなポリープやがんは ないのか、「中から見てみないと確かなところは分からない」と医師。手術から1年を経た ところでの内視鏡検査だ。偏見を承知でいうと、この検査をやりたい人は少なかろう。1日 中、胃や腸をきれいにするため繰り返し水溶液をのみ、口や肛門からカメラのついた管を通 す。しかし、S字結腸がんの詳細が分かったのも内視鏡検査だった。検査を避けたい気持ち が正直ある、あの体力や気力の消耗を思うと。決った検査日は12月11日、前夜から食物 をとらないことや万一、緊急入院が必要になったときの家族の同意などの説明を婦長さんか ら聞き、診察を終える。これで忘年会など、すべての12月の予定はキャンセルだ。重い検 査があるのに、浮かれてはいられない。

 毎月、薬代に1万数千円かかっている。そして服用も3週間目に入ると、下痢することが あって、薬をわずかに残してやめたことも2回ある。もし、抗がん剤服用が終わりになるの であれば、このがん日記も今回でピリオドを打つつもりだった。抗がん剤は時には正常細胞 を犯してしまう、副作用は避けられない代物だ。かといって、がん患者にとっては救いの神。 抗がん剤服用について、露悪的に記述をするようなことは避けなければならないが、かとい って延々続けるのもどうかと思っていた。もっと厳しいがんと闘っている人はいっぱいいる。 先日は友人の奥さんも亡くなった。

 さまざまな思いがよぎる。受けとった抗がん剤の束は、以前にもまして多いように思えた。 それをぶらぶらさせて病院から帰る道、小川のわきを通る。水中にキラキラと光る魚の群れ、 のぞくと体長10センチほどのアユだった。もう遠くなった昔、故郷の旧松岡町手綱(現高 萩市)の川で、やはりアユの群れに釣り糸をたれた記憶がよみがった。無心に遊んだ。

そして、いまがある。ほかに転移はなく、無事にきているのは良しとしなければならない。 「病気が長くなると、気持ちが弱ってくるようです。これは自分で治さなければいけません ね」。笑っていいのかどうか、医師は困ったような顔をした。「宮城のがん日記」もうしば らく続く。