驚きの偶然  (中島 節) -2012.12. 1-


 今年もいよいよ、遂に師走。気忙しい時ですから、今回は肩の張らない 身近なことを綴ってみました。

 11月中旬、久し振りに笠間稲荷神社の菊祭りに行って来た。 好天に恵まれ最高の菊見日和、またウイークデ―だったので、老人の姿が会場を盛り立てていた。 30年前とは様変わり、会場は4、5倍も広くなり、展示されている菊の種類や飾り付けも多様化していた。 笠間の菊祭りは日本最古の歴史を持ち、今年は第105回目。 境内と市内には合わせ1万余鉢が陳列されているという菊、菊の街に大満足。 いなり寿司の昼食を済ませてから、また開通間もない真新しい朝日トンネル(1,700余メートル)を抜け、土浦に向け車を走らせた。

 時間的に余裕があったので、帰路途中、かねてから訪問したいと思っていたK君の家を予告無しに尋ねることにした。 約160年前の嘉永年間に建てられたという住宅の内部を改造し住んでいるという、 彼ご自慢の住宅である(60歳半ばの彼の名前、権右衛門からも彼の家柄、古さが偲ばれる)。 1年前、家内もそのような古色蒼然とした古民家の撮影に興味を持っていることを話すと、いつでも気軽にお出かけ下さいとのことだった。 撮影だけだから、K君が留守でも問題ないでしょう。奥さんにこんな客が来るかもと話しておいてくれとお願いしておいた。

 唐突ではあったが、それをこの日に実行し、驚きの偶然となった。 奥まった彼の家へ入っていくと、私達を迎え受けるかのように彼が出てきた。現在、彼は一流会社の社長。 休日でもないのに在宅とは、何とラッキーな偶然かと驚く。 K君と言葉をかけたが、日差しの関係もあり私達を直ぐには認識できなかったようであった。

 在宅の理由を尋ねると、 「母が三日前に亡くなり休暇を取っているのです。丁度今 弔問客も帰り、誰もいませんから、中に入って焼香でもして下さい」と言って、 私達の辞去を認めてくれない。 妻も取り込み中だから、焼香だけで帰りましょう と私を牽制した。 しかし結局は彼の好意に甘え、家の歴史、建築の話を聞き、写真を撮らせて貰い、お茶までご馳走になって仕舞った。 帰りはご夫妻で、愛車を停めておいた所まで同行し、私達を見送ってくれた。

 考えてみれば、こんな時 他家を訪問し、家の中に上がり込むのは無礼、非常識であろう。 でも この奇遇に、何か不思議な力を強く感じ、好意を甘受することになった。 師弟を結び付ける強い絆か、あるいは まだ床に横臥する亡きお母さんが、 由緒ある家を託す長男へのお礼に師弟を巡り合わせてくれたのであろうか。 また 次に紹介する偶然を 最近 体験しているだけに、軽々にこの奇遇を無視してはいけないように思われてならなかった。 私達が辞去してから、間もなく納棺の儀になるとのことであった。お母さん、K君ご夫妻 本当に有り難うございました。

 K君との偶然を もう一つ 付け加えておきましょう。 これより丁度一ヶ月前、私は不整脈治療のため五日間ほど 家族以外に知らせず、筑波大付属病院に入院していました。 入院三日目の午前中、K君から届いた梨です と言って容器に入れて妻が持参してくれた。 病床で食べる時宜を得たおやつだけに その美味しかったこと。 それにしても この意外な贈り物、私の入院を知っていたかのようなK君から大きな梨。 この偶然を 単なる偶然と とってしまうには、何か勿体ないように思われた。

 では皆さん、恙無く年末を過ごされ、良き新年をお迎え下さい。 (了)


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