5月5日の午後6時頃、栗田君の奥さんから電話がありました。
2,3日前に、脳出血で意識が戻らないという情報はいただいたのですが、詳細は分からず
ただただ回復を祈っておりましたが、考えてもいなかった結果となってしまいました。
今日5日の昼頃、意識がとうとう戻らないまま旅立ってしまったそうです。
このメール同窓会を立ち上げ、それから10年以上も運営をほとんど一人でやってくれた
栗田君の訃報をこのホームページ上に、載せる虚しさはどうしようもありません。(沼田 吉治)
栗田直久さんの逝去の連絡を受け大変驚きました。
メール同窓会への投稿が最近少なく気になっておりましたが、毎月一日には中島先生から
ほぼ間違い無く投稿があり、注意してHPを見ておりました。しかし、今月は
5月1日になっても掲載が無い為、最近は先生も投稿が遅れるようになったのかと
心配しておりましたが、5月4日に中島先生から沼田吉治さん経由で、栗田さんが
入院中との連絡がありました。
脳出血でまだ意識が無い状態とのことでしたが、まだ72歳の若さなので直ぐ回復する
だろうから、その時は一緒に見舞いに行きたいと返事をしました。
5日の夕がた再度沼田さんから電話があり、栗田さんの逝去を知らされました。これまで
クラスの仲間達と長い間情報交換が出来る仕組みを作り、何度もクラス会を開くことが
出来たのも栗田さんの尽力のお陰でした。
早すぎる旅立ちが残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
稲植 俊雄
栗田君の急逝を悼む 中島節
突然の訃報に、ただただ驚くばかりです。家族の方々の悲しみも察するに 余りあります。一ヶ月前、日立総合病院への定期検診の帰り、平和通りの 桜を愛でながら帰宅するつもりですとのメールが最後になりましたね。
10年来、「メール同窓会」の総元締め、また数々の同窓会幹事としての 活躍、尽力にあらためて心から御礼申しあげます。
まだ天国への旅立ちは少し早すぎる齢と思いますが、これも運命か。 直久君の安らかな昇天を衷心よりお祈り申しあげます。
高齢になってから何でも話せる相手を見つけることは大変むずかしいものです。小生にとっては栗田さんがそういう人でした。 高校の同級生というだけで。
数年前、同窓会メールを始めるに当たり、沼田、萩原、栗田、宮城の4人で東京でいっぱいやったのが栗田さんを知る始まりです。 詳しいことは忘れましたが、小生のたわいない話をじいっと聞いてくれていたような気がします。
「宮城は小さい頃のことをよく覚えているね」「高校のころはキレやすかったんじゃないの」。この二つのフレーズが、小生を
ただしく理解してくれる人と小生の脳裏にハンコを押すことになりました。
繰り返しますが、ひと仕事終え、年をとってからではなかなか「男の出会い」はないものです。冷静に、正確に―これはよい大人が
人と人としてつきあう上で、欠かしてはならない大事な要素だと小生は思うのです。栗田さんのこの哲学は、その後ももちろん変わ
らないばかりか、小生にも大きく心を開いてくれました。
何度も電話で話しました。誰かに電話したくなると、栗田さんの顔が浮かぶのでした。小生の勝手な思い込みもあるかも知れません。
それでも構わないのです。
一度、ご自宅へおじゃましたこともあります。いくつかの病と闘っておられました。しかし、まさかこんなに早く逝くとは。
合掌。
大きな手術から見事立ち直った元気な姿を見せてくれただけに 急逝されるとは・・・残念です。
沼田君が弔辞で述べたように35年卒3年6組クラス会が楽しく開かれたのも 労を惜しまずいつも幹事役を務めてくれた栗田君のお蔭です。
私も手術をして気弱になっている時電話で励ましてもらいました。
また昨年のクラス会では、大島君は(早くに父をなくしたので)弟思いだったねと 昔の私の姿を思いだしてくれました。 その頃の私を覚えているとは!思い返せば高校の時代からみんなの中心にいつも栗田君がいたんだなあと。あらためて思います。
感謝と、ご冥福をお祈りします。 大島健一
≪栗田さんを偲ぶ≫
「メール同窓会」を開いて、悲しい訃報を知りました。
手術をしたことや病院通いの様子などを語っていましたが、最近の異常な天候が体力を弱めたのか。存在感の大きい 身近な人だったので、衝撃的で、残念でなりません。
栗田さんとは日立市立助川中学校から同窓でした。当時から 優等生で、多くの仲間から信頼されていました。特別な交流はありませんでしたが、時を超えて、「メール同窓会」が 開設されてからは、直接やり取りするようになり、劣等生の私にも目をかけてくれる、先輩的同窓生でした。
記憶に残ることがあります。近況報告をしている中で、東京・浅草の名物酒場「神谷バー」で飲もうという話になって、 2004年9月26日、栗田、沼田、宮城、萩原の4人で再会し、大盛り上がりをしたことがあります。わざわざ上京して、 40年ぶり(当時)の再会チャンスをつくってくれた配慮に、栗田さんの人間味を強く感じ、いまなお頭が上がらない 思いです。
特大の感謝状を贈る気持ちを添えて、謹んでお悔やみ申し上げます。合掌。 萩原靖夫
栗田君の突然の訃報、驚きました。
今からちょうど10年前、私が陶芸の個展を勝田のギャラリーで開いていた時、わざわざ見に来てくれて以来、 美術展での私の作品を見つけては、クラス会のホームページに、紹介と適切な解説をし続けてもらいました。 実に、気配りの見事な栗田君でした。
これからも県展や各種の美術展に私の作品も展示されるよう頑張り続けますが、君の鑑賞批評が聞けなくなってしまった。 まだまだ栗田君に観てもらいたかったのに残念です。
心よりご冥福を祈ります。 柴田弘道
5月10日、告別式に参加しました。当日は中島先生も栗田君の今までのクラス会運営への感謝として異例の参列をいただき、 また、級友5名の参列(通夜には9名の参列)がありました。
式の数日前、遺族から級友の中から弔辞をいただきたいとの依頼があり、仲間何人かと相談しました結果、沼田がやれという ことになりましたので、不肖沼田がクラス会代表ということで弔辞を読ませていただきました。
斎場は、日立市街と太平洋を眼下に見下ろす山の中、一面の新緑に覆われた中で、まだ72歳の友を送るのは無念の感を一層 強くしました。
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今後は、出来るところまで、栗田君の作り上げたこのホームページを続けていく積りではおりますが、今まで栗田君の入院中などに 彼に教わった手順でやってきただけなので、自信はありません。皆様のお手伝いを切にお願いいたします。
新緑の覆う斎場友送る 合掌 沼田 吉治