目黒雅叙園 (中島 節) -2015. 7. 1-


5月25日、町内・円クラブ主催の雅叙園見学バスツアーに参加。当園は戦前、昭和の竜宮城、昭和の桂離宮と言われたほどの木造建築物で、 各部屋・廊下は彫刻、日本画、螺鈿(らでん)などで飾られていた。戦災や戦後の目黒川改修工事で、だいぶ喪失したが当時の面影を偲ぶことが 出来るというのが参加理由。  雅叙園の特質は一介の資産家細川力蔵氏の「一部の金持ちや特権階級の独占物でなく、一般大衆が気安く安心して利用できる」料亭哲学に 基づいて建設されたことにある。細川氏は昭和6年、目黒の現在地にあった大邸宅を入手、それを増改築し、同年末、北京料理や日本料理を 気軽に食べさせるための料亭を開店しました。そして同18年までに特徴ある建物を7館建立しましたが、現在も残っているのは3号館(百段階段) だけで、その他の結婚式場、レストラン、喫茶店などは戦後再建されたものです。

 昭和10年に竣工した3号館の特徴は江戸時代に由来する伝統的な技術の結晶と言われている。そして現存する唯一の木造建築(館内撮影禁止)。 山腹の傾斜に建てられたこの建物は99の階段廊下を持つことから百段階段と呼ばれるようになった(中国人は99の数字を好むが、日本人は 半端な数字より百を好むので、この呼称になったらしい)。この廊下の南側に7つの部屋があり、各部屋の天井や欄間にはそれぞれ異なった作家の 絵、壁面には彫刻などで装飾されている。一階の「十畝(じっぽ)の間」は一時、戦後進駐軍のダンスホールに使用されたらしいとのこと。

 40分ほどガイドの案内・説明を受けてから、参加者の記念写真を撮り、昼食まで自由時間になった。それから目黒川沿いの本館に入ると、広い 回廊があり、そこの壁面にもあでやかに着飾った女性達の絵が所狭しと陳列していた。またその回廊の左右には喫茶店、レストラン、お土産店が 並んでいる。結婚式場などはその奥。回廊の中程にトイレが設置されていたが、入ってみてびっくり。天井に絵、床に絨毯、まるで殿様でも使用 するような造りであった。

トイレの手洗い回廊のあでやかな絵

それから昼食、その最中に驚きの添え物:大地震の出番となった。土浦震度5、でも無事の情報は直ぐ入り、一同一安心、思い出深い旅となった。   


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