真壁の伝正寺 (中島 節) -2015. 7.15-「どっこい真壁の伝正寺」という言葉を聞いたことがありますか。なぜ頭に「どっこい」が付いているのか、その由来は分かり ませんが、伝正寺建立の興味深い歴史は残念ながら余り一般に知られていません。木下藤吉郎が草履を懐で暖め、織田信長に差し 出した美談(1550年代)は余りにも有名だが、すでにその先輩がこの真壁にいたのです。略述すると、以下のようになります。 1268年、真壁城主:真壁時幹の下僕平四郎が、雪の寒い日、懐で温めておいた木履(現在の下駄)を主君に差し出した。すると 城主は尻に敷いていたと誤解し、その木履で平四郎の額を割った。平四郎はこれに発奮し、その木履を持って京都に上り、建仁寺 の僧となり修行に努めた。その後は宋に渡り、遣唐使として九年間苦行を続け、帰国後は全国に弘法大師の教えを広め、各地に寺 を建立した。その功績のため亀山天皇(在位1259〜1274)から「法身国師」の号を授けられた。真壁城主は後になって、下僕平四郎の この顛末、偉業を知り、前非をわび、彼のために1268年、城の北東数百メートルほどの山麓に寺(伝正寺)を建立し、彼を顕彰する ことにした。 この美談は戦時中の教科書に、「下駄の恩」として掲載されていたと言われているが、パソコンで探してみたが見当たらない。 いずれにせよ、藤吉郎より約三百年前、彼に似た下僕の美談が茨城県真壁にあったことは事実のようだが、これが何故か国内に知ら れていないのは誠に残念、遺憾に思います。
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