教え子の思い出 (中島 節) -2015.12. 1-先月初旬、早々と教え子から, 「・・・新年のご挨拶を明年から遠慮することに決めました」の葉書が届きました。 教え子(S君)と言っても、実は定時制高校で教えた方で、私と同年の生まれ。S君のクラスを担任したことも 無かったが、 なぜか彼は私に最初から親近感、好意を持ってくれました。 彼が2年生の春、村松の虚空蔵様へサイクリングしましょうと誘ってくれた。多分、私が淋しそうに見え、同情してくれた のかも知れません。「同行する女性は二人お願いしてありますから、自転車は自分で準備して下さい」と告げられた。 和やかな楽しいサイクリングになりましたが、これが最初で、最後になりました。 私が高専に移り、茨城キリスト大学の非常勤講師をするようになったとき、近くに勤務している彼に久し振りに会いたいねと 連絡した。すると彼は快諾し、久慈浜のホテルに案内してくれた。飲み代を支払う段になると、彼は自分の接待費で支払います からご安心くださいと言ってくれた。そんな地位で働いていますからと満足そうに付け加えながら。 とにかく昭和30年までの定時制高校入学者には、私と年齢僅少差の学生が結構いました。そんこともあってか、現在では信 じられないような話を一つ披露しておきましょう。当時は未だ赤線が容認されている時代でした。休み時間に、ある学生が笑顔で 私に近づき、「先生、いいところを案内しましょうか? 2,3日前はX先生に逢いましたよ」と。 定時制高校には4年ほど 関係しましたが、学ぶことが沢山ありました。今もって文通している方もおります。 では皆さん、御元気で年末を過ごされ、より良い新年を迎える準備をしましょう。
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