改めて思う!45年の時空
   (萩原 靖夫) -2005. 9.19-



 同窓会幹事の栗田君から思わぬ情報を頂きました。 「同窓会出欠の返信葉書を見ると、S君の住所が(萩原の)近辺。親交を再開してはいかが」と。 近所隣りというだけで、親近感を持ちますが、実はS君とは当時から交流がなく、戸惑っているところです。 改めて、一高卒業以来45年の時空に思いを馳せつつ、 気遣いをしてくれた栗田君へのお礼を兼ねて、感想を綴ったしだいです。

 私の住んでいるところは、東京・池袋から東武東上線の急行で25分ほどの新興地域です。 駅近くの住居エリアという便利さにひかれて移り住んだのが12、3年前。 当時は駅自体が真新しく、周囲にはまだ田畑が残り、強風の度に土埃に閉口した記憶があります。 それも、あっという間に小都市に変容しました。 様々な施設が集積し、街路樹も根付き、何と言っても住民の数が激増しました。そんな地域です。

 S君のところは、やはり私鉄沿線の新興都市です。 一足早く都市化が進んで町並みは整い安定感があります。 最寄駅は私のところより2駅ほど都心(池袋)寄りで、時間にすれば数分という近距離です。 通勤電車で毎日通過している駅でもありますが、ここに降り立ったことはありません。

 この辺りは新興地域なので、多くは勤め人。 しかも、圧倒的に地方出身者が多い土地柄です。 だから、同郷の人がいても不思議はありませんが、 地方出の同窓生が40数年後に県外の同じ自治体の市民として隣り合わせるというのは奇遇の部類かも知れません。

 ところが、時間は無情。 良きも悪しきも、年齢に比例して少しずつ立ち消えていく中で、一高時代の記憶も薄れつつあります。 多分、電車の中で級友に面と向かったとしてもお互いに気付くことは少ないと思います。 再会すれば、どこかに面影が残っていると感じますが、級友だとの確信がなければ、声はかけにくいもの。 私の場合は、S君に限らず、級友の大半を見過ごしてしまいます。やはり、時空を超越することは難しいです。

 思えば、一高卒業が昭和35年(1960年)3月だから、今年が45年目となりますね。 半端な歳月ではありません。この時間経過からして、お互い昔のままということはありえない。 今日に至る時間的隔たりを埋めるところに、同窓会の意味があると思います。 第4回同窓会が盛会でありますよう、エールを贈ります。(了)