酒を語る! (萩原 靖夫) -2003. 9.13-
結論を先に言えば、私のそれは「哲学もない、ポリシーもない、
単なる呑み助の話し」にすぎないのであります。
マジな話し、私は「出会い」を大切にしています。人との出会い。物事との出会い。
そういう様々な係わり合いが自分の支えになっていると実感しています。
酒との出会いもその一つです。
いまや、血液の一部になっておりまして、別れられない深い関係にあります。
その酒との出会いは、思い起こせば高校2〜3年の頃でした。
それまでは、お饅頭やボタ餅が好きな無垢な少年でしたが、何かに反抗して荒れていた時期があって、
その時大人ぶって“魔法の水”のウイスキーを口にしたのが始まりだったと記憶しています。
いわば、【不良少年の酒】からスタートしたわけです。
そのせいか、単に酔っ払うことが目的の液体という不埒な飲み方をし、
その最初の段階で魔法の水という神秘性は立ち消えてしまいました。
学生時代も似たようなもので、苦学でしたから飲む機会は限られていましたが、
それでもたまに仲間が集まると、ピーナツとスルメをつまみに酒瓶を回し飲みしながらの【わいわい騒ぎの酒】や、
意味不明の議論をしながらの【こむずかしい酒】を交わしていたことを思い出します。
そうこうしているうちに、私の嗜好は右党から左党に偏向していきました。
そして、会社勤めを契機に、秘めていた“呑み助”の素質(?)がうごめき出し、
しだいに酒との付き合いを深めていったのであります。
経済紙の記者の時代は、接待を受けることも度々ありまして、拒まずにその【汚職(収賄)の酒】を頂いちゃいました。
上司や先輩の尻に付いてご相伴に預かる【たかりの酒】も結構ありました。
が、たいがいは仕事仲間と居酒屋でグダグタ言いながら飲む【止まり木の酒】でした。
そのスタイルが一番落ち着きましたね。当時は不思議なことに、カネもないのにしょっちゅう飲んでいました。
夏は「ビールと枝豆」、冬は「熱燗とおでん」が定番で、
フトコロ具合に合わせて日本酒か焼酎につまみを追加するというのが基本形でした。
ブランディーとかワインとか、知らないわけではありせんが、わが腹はジャパニーズ嗜好でした。
若い頃の20年間ほどは関西が生活圏でしたので、そこでは京阪神をまたにかけて呑み助のレベルを高めました。
大阪では、焼き鳥を注文するとキャベツがタダという立ち飲み屋とか、
焼肉の煙とニンニクの匂いが背広に染み込む韓国酒場などで修行しました。
京都と神戸で仕事をしていた頃は、幸か不幸か、“伏見”“灘”という名酒産地の地元でしたから、
バナナを横目にしたサルと同じで、ついつい手を出してしまい、ブランド酒を次から次へ飲みあさっていました。
この頃は、八代亜紀の<♪お酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶったイカでいい〜♪>の『舟歌』がわかる気がし、
舌感覚も発達して、辛口度と糖度の基準で銘柄を言い当てるほどでした。
そう言えば、一時期、冷酒や生酒、樽酒など冷たくして飲む日本酒が人気を呼び、
全国各地の地酒がブームになった時がありましたね。これがまたうまかった。
気に入った銘柄の一升瓶を店の冷蔵庫にキープして、1合マスで勝手に飲むというシステムもよく利用しました。
昔は「冷や酒は飲むな。体に悪い」と戒められましたが、日本酒の常識は変わりました。
とにかく、選りすぐりの冷酒や地酒に出会った時など、私はバナナを見つけたサルになってしまいました。
しかしながら、私がサルと違うのは、日本酒の技術革新を知っている点です。
コップ酒に氷を入れても、水っぽくならない。その技術力には感心したし、その美味さに感謝したものです。
東京に転勤してからは、所属部署も幾つか変わり、管理職を拝命する年代にも入りましたので、
「少しは高貴に」「ブルジョアムードで」と考えなかったわけではありませんが、柄に合いませんでした。
相も変わらず、居酒屋のジャパニーズスタイルをメインにして、
アフターファイブの多くの時間を【ノミニュケーションの酒】に費やしていました。
どんな飲み方かというと、正直なところ、口で辞退しながら何杯もお代わりする【いやいや三杯の酒】を繰り返し、
おだてられて<♪浪花節だよ、人生は〜♪>をガナリながら、良く飲んだなーと複雑な気持で回想しています。
飲みまくったその代償もたいへんなもので、いつも家庭団欒を後回しにし、わが家計を犠牲にしてしまいました。
家族には貧乏生活を押し付ける一方で、
軽井沢に別荘1軒を新築できるくらいの莫大な資金を酒産業の振興のために投資したかなと、自嘲しています。
その浪花節の呑み助人生も、定年退職、還暦という節目を過ぎて、様変わりしました。
とりわけ、アフターファイブの過ごし方は現役時代とは大違いです。
時折、友人とか、いまアルバイトをしている特殊法人の方々との酒席はありますが、
基本的に自宅で飲むようになりました。これを晩酌というのでしょうね。
家庭団欒を後回しにしてきたことの講釈を垂れながら、発泡酒と焼酎を手酌で飲んでいます。
ここに至って、つくづく感じることがあります。それは《酒を楽しむ》ということです。
私などは酒にいやしいうえ、せっかちで、ぐいぐい飲んで酔っ払う傾向にあります。
が、これは間違いで、酒は酔っ払うためにあるのでなく、楽しむために飲むものだ、と考え始めています。
その点、フランス人は上手な飲み方をするそうですね。ゆっくりと時間をかけて料理と酒を楽しむといいます。
だから、中島先生の「私と酒」を拝読し、「味と香りゆっくり堪能しながら飲む。酔い心地もさることながら、
本当に美味しい自分好みの酒を一人静かにたしなむ」飲み方は目標になります。それこそ、《酒の極意》です。
これからは楽しく飲める適量を再認識し、自分の楽しめる範囲を見極めていきたいと思います。
そして、第二の人生は、改めて、酒に敬意をはらい、
【こころからエンジョイできる酒】【楽しみのナガーイ酒】と付き合い続けていきたい、と願っているこの頃です。(了)