近況報告 (神谷 弘樹) -2003. 7.22-
では、わたし目のこれまでの道程をお伝えします。
まずは、これまでの半生、100%「悔いのない人生」だった、とは云い切れま
せんでしたが、それに近いものでした。
(日立化成)に41年余在籍し、管理職にはなれませんでしたが、マイペース
にて思うまゝの仕事をさせていただきました。
工場14年、営業27年余のサラリーマン生活、全て貴重な体験でした。
工場時代は、検査,工務部門に携わり、品質管理、物のつくり方、現場をリ
ードしての納期管理、等々を経て工場の組織を知り、更にそれ等を踏まえて
営業での拡販活動、と大企業の組織全体を学ばせて貰いました。
若かりし頃、プレーイングマネージャーとして、全国大会出場や数々の優勝
にての県外遠征へ、とリードし県内実業団野球界で暴れまわったことが懐か
しく思い出されます。
工場、営業を経験したため、3千数百名という多くの人との出会いを得ること
ができ、悔いの無いサラリーマン生活でした。
多くの人との出会い、それが私の“宝“です。
折角の人生ですので、これからもその“宝“は勿論のこと、更にそれを“増や
し“楽しい余生を送りたいもの、と考えています。
家庭では、7人兄弟の下から三番目の次男坊でしたが、神谷家の跡取りと
して父母を見送り、叔父叔母との親戚付き合いをつづけています。
子供は、娘、息子の二人ですが、まだ爺さまになっていません。
娘が嫁いで7年目、未だ子宝に恵まれません。
息子は、28才になりましたが、まだまだその気なく計算立たずです。
家内は、私の稼ぎ少なかったため?今でも水戸のレセプトセンターに勤めて
います。
小姑五人の家に嫁いできて、それだけでも大変なところを父母をも見てもら
ったのですから、感謝している次第です。
跡取りの嫁は大変です。
良く尽くしてくれています。
そんな按配ですので、ご先祖さまへの土産話の種として?オーストラリア、
タイ、イタリア、台北を旅行してきています。
わたし目は、まだまだ人との出会いを求めて、今年4月より「あんしん財団」
茨城支局参事として働いています。
「支局参事」、聞こえは良いですが傷害保険の勧誘員です。
この仕事は、個人を対象にしたものですので、中々もって大変です。
しかし、この世には「いろいろな人が居る」を目の前に、角度を変えて見れ
ば結構と楽しいものです。
もう少々この仕事をつづける予定です。
大分長くなりましたが、
“今がちょうど良い“ (ある坊さんの言葉)
を人生訓とし、余生を送っている次第です。
では、今日はこの辺で失礼します。(了)