驢鳴犬吠
(宮城 倉次郎) -2004.11. 4-
「ろめいけんばい」ー驢馬(ろば)が鳴き、犬が吠える。
聞くに足りないものということから来た言葉。
つまらない文章、聞くに足らない話のたとえ。
語源はそうだが、私としてはそうでも断らないとつづれない事柄。
もの思う秋である。小生の場合、一年の中で最も「鬱」の強い季節である。
「鬱」とは何か。アメリカのTVドラマ「アーリーマイラブ」をご存知だろうか。
若い彼女は、もっぱらセックスに関して、妄想と理性のはざまで思い悩む。
というより、混乱する。そこに登場するのが、カウンセラーである。
このカウンセラー、遠慮会釈なく人の心に踏み込んで来る。
彼女は、本能・官能まで晒し出される。
父親の愛人関係までも、である
(見た人にはくどいかな。見たことない人には、ツタヤでビデオを借りるようお勧め)。
先を急ぐ。日本には、そうした気軽に精神科の医師やカウンセラーを頼りにする風土がない。
多分、我々の同窓生でも、
「本当は、俺はいまおかしい」と思いながら、ある程度重要な役割を何とか勤め上げた人がいるはずだ。
犯人探しが、この文の趣旨ではないので、それはおくとして。
自分のことである。この1ヶ月の間に、友人にとても嫌味な便りを送り、親友の1人を怒らせ、
5つ上の先輩と飲み屋でけんかし、行きつけのすし屋の兄ちゃんをがっかりさせた。
全て、「鬱」のせいにしたいが、多くは「酒」、もうひとつは「自分のキャラ」である。
酒は、自分の性格の悪さを冗長する。とんでもない、しろものである。
私の父親は、自分もそうであったのか、
小生が酒で問題を起こした時には翌日、すぐに相手に謝りに行くように伝授した。
そのとうりになった(しなければならなかった、あるいはそう判断した)ことが、何回かあった。
そこで、「アーリー」である。
もっと、日本社会が、カウンセラーを気軽に利用できれば、精神科医の利用がノーマルであれば、
そして若い人でもそうであれば、もっと「切れる」現象を少なくできると思うのは間違いだろうか。
先生よりも、優れたカウンセラーがいたりして(中島先生、ごめんなさい)。
ま、小生の場合、どんな理屈を立てようと、自分のキャラや脳みそによる、秋連続のスキャンダルである。
いま、その関係修復に悩んでいる。(04・11月・宮城)