忘れたい自動車事故
(栗田 直久) -2003.11.23-
自動車の事故は慎重に運転していても、巻き込まれてしまう事があります。
2001年9月30日に定年退職した翌月の10月20日、今回の事故に遭遇しました。
私の車は国道245号線を時速60Km位で直進していました。その時、相手の車が
前方左側にあるゴルフ練習場の空地からゴルフの練習を終え、右折して国道
245号線で自宅へ帰ろうと進入してきました。私の車はブレーキを踏むと同時位に
あっという間に相手の車の前側面部に衝突し、対向車線側のガードレールまで
飛ばされて、対向車線の一部を塞ぐように停止しました。
相手は右折しようとし行動していたので、左側(私の前方、対向車線側)の
車の流れが切れた時に進入したので、事故直後、対向車線の車は余裕をもって
停止できたので、二重事故にならなかった点は幸いでした。
後から相手に聞くと、確認の際、不思議ですが私の車は目に入らなかったとの事
でした。
事故後から元の生活に戻るまでの煩わしさを述べることにより、事故を起こして
しまった人の役に立てれば幸いと思い、時系列的に話します。
2001.10.20(土)
私はエアバッグに顔面を打ち、家内は胸を強く打って気持ち悪いとエアバッグ
に突っ伏していました。私は車外に出て、携帯電話を持っていた相手に警察への
連絡と救急車の要請を頼みました。事故後、国道245号線は交互通行しか出来なく
なってしまったので、警察が来るまでは私が交通整理するはめになってしまいま
した。短い時間でしたが、片側を止めると止められた運転手から罵声を浴びせられ、
非常に嫌な思いをしました。
警察車と一緒にレッカー業者の人も現われたので、加入していたJAFへは頼み難く、
移動を依頼。数分後、救急車が到着。後はレッカー業者と事故相手(日立製作所勤務 51歳)
に頼み、私達は救急車で勝田駅近くのアイビークリニックへ行き診察を受けました。
自分〜顔面、胸部打撲、約10日間の治療を要する。
家内〜前胸部打撲、下顎部打撲挫創、約2週間の治療を要する。
約1時間半後、レッカー業者と事故相手が病院に来て、現場での処理を終えた事、
ひたちなか西署の担当官に診断書を持って訪れる事などの報告を受けました。
日立に住んでいる家内の姉に病院まで来て貰ったので、家内を小木津まで送って
貰う事を依頼。
私は車の荷物を引き取る為、レッカー業者の会社(水戸市住吉町)に行き、その後、
水戸駅まで送って貰いました。自宅に戻り、契約している東京海上保険と乗っていた車
(ブルーバードシルフィ)を購入した時の担当者(茨城日産自動車)へ電話連絡しました。
2001.10.22(月)
義兄の運転でひたちなか市のアイビークリニックへ行き診察を受け、警察署で
交通事故証明書を発行してもらう為、診断書を作成して貰いました。続いて警察署
(ひたちなか西署)へ行き、一人づつ事故についての詳細説明を行いました。
2001.10.23(火)
契約していた自動車保険には事故代車サービスが付帯していたので、東京海上保険が
手配してくれた代車(コロナ)が届きました。サービスが適用されるのは1カ月間で、
返却時にはガソリンを満タンにする等の説明がありました。
2001.10.24(水)
事故にあった車は3月に購入して6カ月点検が済んだばかりで、走行距離は約5千Kmでした。
たとえ新車(車両価格184万円)のような車でも、修理費用の査定は155万円でした。家内とは
まだ殆どシルフィに乗っていないので、今度もシルフィに乗ろうと話していたので、事故日
に日産の担当者に「廃車にするような事故を起こしてしまった」と折角情報を与えたのに
「承っておきます」だけで、その後の応対は何もありませんでした。
「日産は売れていた時代の商売方法に戻ったのか」とゴーン社長の日産自動車に見切りをつけて、
トヨタカローラ新茨城を訪ね、シルフィと同クラスのカローラ・ラグゼール・ナビエディション
の見積書を作ってもらい、一晩だけ考えて翌日に発注しました。
相手側の日産火災海上保険の人身事故担当者が来宅し、保険の説明を受けました。この時、
アイビークリニックの領収書を見せ、破損した眼鏡の写真を撮影しました。
2001.10.27(土)
レッカー業者の説明では、レッカー代は53,550円、保管料は7日間は無料ですが以後1日
5,250円で、廃車手続きする場合は印鑑証明と15,000円必要との事でした。
廃車するより売却する方が断然損失が少なくなるので、東京海上保険から紹介された事故車
を買い取る会社(新日本交通)の人と水戸市住吉町にあるレッカー業者の会社で待ち合わせ、
レッカー代と超過1日分の保管料を支払いました。そして、事故車を新日本交通
(水戸市青柳町)まで運び、印鑑証明を渡して車両代金10万円を受け取りました。
後から聞いた話ですが、このレッカー業者は業界では費用が高いとか、いつも警察車の後ろに
ついていて事故現場に早く現われて客をつかむやり方など評判が悪いようです。
2001.10.30(火)
事故で眼鏡が破損した為、メガネのパリ・ミキで新しく眼鏡を購入しました。保険の保障は
5万円まででした。
2001.11.18(日)
注文していたカローラ(1800cc)が納車されたので、代車コロナのガソリンを満タンにして
返却しました。
2002. 1.21(月)
相手側の日産火災海上保険と「人身損害に関する承諾書」を取り交わしました。
この示談により、損害賠償額が振り込まれた時をもって、今後、異議の申し立てが
できなくなります。
以上のように、ほぼ元の生活に戻るまでは約1カ月かかりました。この間、栗山整形外科病院
に、私は8日、家内は10日通院しました。今回の体験で感じた点を次に述べます。
(1) 私は携帯電話を持っていませんが、事故直後、持っていればなぁ〜と思いました。
(2) 事故相手の対応が悪いと、精神的ダメージが大きくなります。
(3) 自分は100%悪くないと思っていても、10%は落ち度があるとされます。
(4) 搭乗者保険、慰謝料は通院日数だけで積算されます。
私の自動車保険には、搭乗者保険、レッカー費用、車対車の車両保険を付帯していた為、
費用的にはとても救われ、治療費(アイビークリニック)は2001.11. 2、眼鏡代は2001.11.16、
修理代・レッカー代は2001.11.20、搭乗者保険は2001.12.17、相手保険からの損害賠償額は
2002. 1.25に振込まれました。
また、自動車保険は相手側との交渉を保険会社が行うようですが、人身事故を起こしても
「保険会社にまかせています」と事故を起こした当人が保険会社の後ろに隠れてしまうのは、
被害者の心を著しく傷つけていると思いますが、これが常識でしょうか?
(了)