芭蕉の里 黒羽 (栗田 直久) -2005. 7.20-


 家内は5人姉妹の3番目。2番目の姉は私と同級生ですが、尼崎市に住んでいるので滅多に会えません。 他の4人は日立市内に住んでいるので結束が固く心強い。毎年 正月、お盆、お彼岸には実家に集まりますが、 他に年2回、実家の草取りを行います。そして昼は4姉妹夫婦みんなでビールを飲み、 蕎麦を食べていますがこれが楽しい。

 7/ 9(土)に実家の草取りをした時、 長兄夫妻と 7/12(火)に黒羽(くろばね)町のアジサイを一緒に見に行こうと約束。 その後、インターネットで天候を調べると、北関東は 7/12 は雨模様らしいので、 7/11(月)に急遽 予定変更。これも、お互い仕事から離れた自由人だから出来る技です。

 私は車の運転が好きでないので、日立南のインターチェンジ近くに住む長兄の家まで運転し、 その後は長兄の車に乗り換えて運転交代。栃木県の黒羽町へは、常陸太田市、常陸大宮市、 馬頭町、小川町、湯津上村の経由で行きますが、 日本列島の合併ラッシュで金砂郷町、桂村、御前山村、緒川村、美和村などが無くなっていました。

 黒羽町は紫陽花と芭蕉の里として有名です。アジサイ祭りは 6/18 〜7/10 迄。 私達が訪問したのはその翌日。 黒羽城址公園前に駐車し、黒羽城址公園、芭蕉の館、芭蕉の広場、芭蕉公園を巡りながら紫陽花を観賞。 紫陽花の花の美しさは 辻井君のHP に任せる事とし、私は雰囲気を撮した芭蕉の広場の紫陽花のみをを紹介します。 我が家の庭にも白いアジサイや青いガクアジサイが咲いているように、紫陽花は珍しくありませんが、 町全体で紫陽花を育て、アジサイロードと名付けた道路脇に紫陽花が沢山咲いているのは趣きがあります。 このアジサイロードと並行して那珂川が流れており、 鮎を求める釣り大公の姿を沢山 見かけました。

 松尾芭蕉が奥の細道を紀行した折、黒羽町にも14日間 滞在したことにより、 この町は芭蕉の里とも呼ばれ、あちこちに句碑が残されています。 芭蕉の館の庭には芭蕉と曽良のブロンズ像があり、 当時の芭蕉の旅の姿が偲ばれます。 すぐ傍には弟子の曽良が詠んだ句碑がありました。

 かさねとは 八重撫子の 名成べし

「黒羽に入った日、後を慕ってついてきた《かさね》という少女の純情な心を詠んだ句。」


   この町で芭蕉が詠んだ句
 野を横に 馬牽きむけよ ほととぎす
 今日も又 朝日を拝む 石の上
 夏山に 足駄を拝む 首途哉
 秣負ふ 人を枝折の 夏野哉
 行春や 鳥啼き魚の 目は泪
 木啄も 庵は破らず 夏木立
 山も庭も 動き入るるや 夏座敷
 鶴鳴や 其声に芭蕉 やれぬべし
 田や麦や 中にも夏の ほととぎす

 黒羽城址公園前の駐車場に戻り、車で約30分離れた雲厳寺には 芭蕉の禅の師である仏頂和尚が修行していた山居の跡があり、 芭蕉が仏頂和尚の山居跡を訪ねた時に詠んだ句は、

 木啄も 庵は破らず 夏木立

「寺をつつきこわす鳥とされている啄木(きつつき)も、この庵だけは破らなかった。 ここは、夏木立に囲まれて、 昔のままの別天地のような感じのする場所である。」という意味の句である。

 すでに午後1時を過ぎていたので食事が出来る場所を探しながら 小川町、馬頭町の市街を通りぬけ大子方面へ向かった。 武茂川にかかる橋を渡ると、御前岩物産センターがあったので、そこで手打ち蕎麦での昼食となった。 この座敷に御前岩の写真があり、店の人に尋ねるとすぐ傍にあるとのことなので、 どんな岩なのか話の種に行ってきました。 御前岩というのは、武茂川の流れ沿いにある奇岩ですが、ここのはちょっと変わっていました。

 徳川光圀公が領内検分の折、この御前岩をご覧になり「これは誠に天下の奇岩じゃ」と申し、 「かかるものを衆目にさらすことはよろしからず」と、 土地の役人に命じて御前岩の対岸に竹を植えさせました。 この竹を腰巻き竹といって、 県道から直接見えないようにさえぎったのです。 御前岩とはシモネタ系の奇岩でしたが、 私の感想は黄門様の考え過ぎだと思いました。 普通ならどんどん宣伝して、少しでも観光客を呼び込もうとするのが今のご時世なのに、 積極的に宣伝していないので全然知られてない。 健全な児童青少年の育成のために良識ある対応をしているのでね。(了)