私の散歩道 (中島 節) -2004. 3.25-



 私の散歩道は日によって変わる。 つまり天候、健康状態、時間的余裕などの理由で。 また散歩はなるべく車の通らない田舎道、農道を選び、 姿勢よくマイペース(前半は早足、後半は多少減速)で歩くことを鉄則としている。

 実施時間は真夏を除き夕方1時間前後。 真夏は涼しい朝食前に歩く。 ところで今日はちょっと殺風景な冬の散歩道を写真入りで紹介してみよう。

 冬は生い茂る緑がなく見通しも良いので散歩道紹介にはプラスかもしれない。 住宅地を離れ少し北上すると土浦放送のTV塔が見えてくる。 左の林には筑波山が顔を出している。 この辺りは土浦市内が見下ろせる高台・高津団地。

 この日はデジカメを持ち6国バイパス沿いに南下した(国道を超え高津小学校に出ることもある)。 間もなく国道から天川団地へ上がる標識が左手に見えてくる。 この坂道を登り右折すると私の住む天川になるが、 この道を横断しさらに南下し、右に行くと谷津田になる。


 緑の稲が風にそよぐ夏、黄金色に色づく秋の風情は格別である。 ここを通り過ぎると間もなく右手に大聖寺・真言宗が見えてくる。 次の写真は日没近くフィルム感度を400に上げ撮った写真です。

 ここを抜けると花室川に出る。 この辺りからいつもならつくばのビル群が見えるはずだが砂塵と時間の関係でこの日はだめだった。 日によってこの川の堤防を上ることも下がることもある。 この川にはハスという15センチ前後の細身の魚がいる。 昭和天皇にここのハスを献上したことで有名。

 この花室川はハスの産卵場、 春になると橋の上から婚姻色に衣替えして敏捷にメスを追いかけるオスの姿を飽きずに眺めている。 またこの時期になるとウグイも遡上し同じ橋脚周辺の水深のごく浅い、細かい砂利の中に産卵を始める。 ウグイは体長40センチと大きく、それだけにオスの婚姻色、動きは見応えがある。 晩秋から初冬にかけ 時には緋鯉を交え、 4,50センチの鯉が群泳する姿もここならではの風物詩であろう。

 年に2,3度カワセミを見かけることもある。 もちろんシロサギ、アマサギ、アオサギ、マガモ、バン、カイツムリなどの水鳥も住んでいる。

 ここの堤防を散歩する人は多い。 ここから林を通り永国団地を抜け私の住宅地に出るとき鎌倉街道を横断する。 昔の面影はどこにもない。

 夏になると雑草、雑木で生い茂り散歩が妨げられる箇所がある。 鋏、鎌、あるいは鋸を持ち出し汗水たらし夕方2日かかりで、 藪蚊にさされ、時に指を切りつけながら奉仕作業をするのがここ3,4年来、私の努め。 この悪戦苦闘の老人に「ご苦労さん」の挨拶もなく通り過ぎて行く人もまれにいる。 散歩中はなるべく軽く未知の人にも挨拶を交わしたいものです。

 ここの山林にはマムシグサ、そしてひっそりとキンラン、ギンランが1,2株まだ残っている。 この存在を知っているのは私たち老夫婦だけであろう。シュンランもまだ生存している。

 花室川からは全国高校野球で優勝した常総学院の校舎も見える。 夏になると応援歌練習の歌声と太鼓の音が我が家まで届く。 もう少し堤防を西に行き常磐高速道近くまで散歩することもあるが、 この辺になると散歩者はほとんどいなくなる。

 また この堤防を東に下り、常磐線近くまで足を伸ばしパークシティー団地を抜け帰ることもある。 私は土浦とつくばの両市にかけ散歩することが多い。 花室川、鎌倉街道の一部は両市の境界線になっているところもある。 また自宅から斜め一軒先き、直線距離20メートルでつくば市となる。

 この道の突き当たりはつくば市、ネットはつくば市のゴルフ練習場。 この住宅地周辺にはコジュケイはもちろんのことキジ、山鳥も住んでいたが、 今ではコジュケイもほとんど見かけなくなった。 松林もなくなり5月のあの賑やかな春蝉の合唱は遠い昔話になってしまった。

 私の住む天川は宅地造成されてから間もなく40年、 そして隣接するようにつくば市の桜ニュータウン、 続いて数年前隣接して永国団地(土浦市)が誕生し、 周辺の山野、散歩道は一変し今日に至っている。

デジカメのブレが大きく不鮮明な写真になり失礼。(了)