GWの初日 (中島 節)   -2005. 5. 5-



 4月29日、絶好の行楽日和。 新緑と山野草を求め、 ドライブに快適な笠間・吾国山518m(中腹に研修施設洗心館)と八郷・大覚寺に向け7:15出発。 新治村に入るとおはじきのように様ざまな緑を配した筑波の山肌がほんのりと見えてくる。 徐行を強いるバンフをいくつも乗り越えやっと眺望のきくフルーツライン入り口へ。 車を止めたが下界のつくば市は霞み味気なく横たわっていた。

 小町の里あたりから私たちの前に車なし、八郷のフルーツラインに入ってからも走行する車はまばらであった。 時折甘酸っぱいイチゴの香りが車中に舞い込んでくる。 道路沿いの庭先には赤、白、黄、紫、橙…と綺麗な草花が咲き乱れている。 春ならではの心地よいドライブを満喫しながら一路洗心館へ。 宿泊研修施設内には先生に引率された大学生らしい男女が数名いるだけで訪問者は私たち二人。 小鳥達は静寂が支配する朝の自然界にひときわ高く音楽を流し私たちを歓迎してくれる。 事務所へ立ち寄り吾国山の案内図を頂き、山頂へのコース、カタクリの群生地などの説明を受けた。

 結局、洗心館からのハイキングコースを避け、山の麓「切り返し」まで車を進めた。 左手の緩やかな登山口を選び、杉、ブナの林を通り抜けるとカタクリの群生地。 直径1メートル、半円状の白い細い鉄線が優しく聖域への進入禁止を呼びかけている。 カタクリの季節はもうとうに過ぎ、 かがり火が燃え立つような美の権化は三角ばった1センチほどの緑の実に変化していた。 かろうじて珍しいシロバナカタクリ一輪が私たちを迎えてくれたのがせめてもの慰めである。

 そこから、満開の山桜、咲き出したツツジを右に、左に頂上まで百メートル。 鈍く輝く水田をちりばめた緑の八郷盆地、右手に居眠りしながら回転している発電用風車二基をカメラに収め下山。 すると日当たりの良い芝生にワラビが生えていた。 辺りを見ると結構ある。瞬く間に晩酌の肴に十分な量を採集、ハンカチに包みカメラバッグに入れた。

 直ぐ近くに神徳社が数メートル四方の盛り土に祀られてあった。 好奇心から社を一周しようと裏手に出ると一瞬足がすくんでしまった。 2メートル先に大きなシマヘビがほぼ一直線の姿で日光浴しているではないか。 怪しく光るシマヘビの勇姿を暫く呆然と眺めていた。 やっと恐怖感も治まり、細長いだけに被写体には不向きであったが三脚にカメラを据付けシャッターを押した。 私をにらみ付け逃げる様子は一向にない。 多分3mメ−トル先に雌らしい仲間がいたからであろうか。 この相手は妻の足音でどこかに姿を消しても依然として動く気配はなかった。 もっとましな姿を撮ってやろうと小石を投げると、 静々と滑り出し用材を収納しているらしい細長い青のシートの中へ吸い込まれていった。 シートを2,3度蹴り、顔を出すよう促してみたが徒労であった。 おそらくそこは彼の城いや宮殿なのであろう。

ジュウニヒトエ マムシグサ エンゴサク
 近くで可憐なチゴユリ、ジュウニヒトエ、マムシグサなど を撮ってから50メートルほどの急坂道を一直線にロープを頼りに苦労しながら下りた。 上りこそこの急坂を選択すべきでコースが逆だったかと反省しきり。

 「切り返し」からずっと下り坂で大覚寺へ向かった。 途中にハンググライダー場があり、グライダー組み立てに余念がない男女4名がいた。 グライダー発進台に乗り気持ちよい風を全身に浴びながら、 視線を下げると母の故郷・大増らしい集落周辺が見えた。 幼い頃 母に連れられ福原駅からバス、あるときは木炭バスに乗り、 ついにはバスもなくなり6キロも山間を歩き訪ねて行ったところである。 往時の懐かしい思い出が暫し走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 大覚寺境内、周辺の野草には2年前、写真クラブの撮影会でやってきた時の賑わいはなく落胆。 折角の訪問記念にレゲソウ、タンポポ、ノアザミをカメラにプレゼントする。 急遽すっかりご無沙汰している祖先の墓に立ち寄り深々と頭を下げ手を合わせてから帰途に着いた。

 最後にGW(ゴールデンウイーク)について一言。 これは和製英語で、a holiday-studded week、 あるいは a golden week of holidaysと言わないと英米人には理解してもらえません。 studには「ちりばめられている」の意味があります。(2005-5-5)