前立腺肥大とその手術 (中島 節) -2003. 8.24-


 男性中高年の8割は排尿障害にかかっていると言われています。皆さんは如何ですか。 トイレが近くなった。尿の勢いが弱くなった。排尿に時間がかかるようになった。 排尿したのにまだ残尿感がある。このような症状はありませんか。 肥大症は40代から始まり、肥大が増すにつれ尿道が圧迫され排尿が困難になる痛くも痒くもない病気です。 正常者の日中排尿回数は4〜6回、夜間は0〜2回、そして一回あたりの排尿時間は60秒以下とされています。 心当たりの方は一度泌尿器科を訪れてみてはどうでしょうか。 50歳を過ぎたら年一度PSA(前立腺腫瘍マーカー)検査を受けるよう医者は薦めています。 PSAが一桁ならまあ心配はないでしょう。肥大症があるとどうしても5以上になりがちです。 私の数値は5〜7くらいでした。もちろん数値が上がるほどガンの疑いが高くなります。

 私は30年前の定期健康診断で肥大を指摘されました。実は父も叔父も肥大症の手術をしていた ので別に驚きませんでした。私は一時、肥大症よりゼラチン状の血凝り、ときに血尿が排尿時の最初にあり、 これに悩んだことがあります。病院を三箇所訪れ検査しましたが膀胱にも前立腺にも特別以上は見つからず 真相は闇の中でした。ある医者の推測した職業病が正解だったようです。 というのは「メモリー英語語源辞典」の原稿を書いている頃はどうしても長時間テーブルの前に座り、 重い辞書を片手で持ち上げることが多かったです。 そしてこの後引き続き「ジーニアス英和大辞典」編集のお手伝いをしました。 このような作業は前立腺を過度に圧迫し、内出血を誘発することが考えられとさきほどの医者は診断したのです。 これらの辞典から開放されたとき血凝り問題はすっかり解決していました。

 さて話を私の肥大症に戻します。大学に出講するとトイレが学生と一緒、 いやおうなしに排尿時間が気になりだしました。 筑波大学付属病院を訪れ諸検査を受けると「大分大きくなっていますね」という予想通りの診断でした。 尿が良く出るようにハルナールという筋肉弛緩剤を頂き3月ほど飲んでみたが目立った効果もないので 薬をやめました。その後毎月、あるいは半年に一度通院し色々な検査(血液検査、CTスキャン、MRIなど) を受けていました。私は肥大に比例し尿の出が悪くなるとは限らないごく少数派の一人でした。 そこでずっと手術を延ばしてきましたが、この数ヶ月尿がたまるとなぜか便意を感じるようになってきた。 これは肥大のせいと自己診断、またいずれ手術するなら今が潮時と手術を決断しました。 そのつもりで4月下旬定期健診を受けると、新しく換わられた医師がまるで私の心を見抜いていたかのように 「75歳は手術の限度です。この肥大の様子(正常は20グラム、私のは65グラム?) から早く手術することを勧めます」と助言してくれた。 今まで診てくれたT先生にお願いしたい旨を申し出ると快諾されすぐ紹介状を書いてくれた。

 翌日T先生は「やあ暫くぶりですね。その後どうですか」と私を迎えてくれた。 紹介状を示すと入院日、手術日はとんとん拍子に決まる。 日記の予定表を見ながら余裕を持って約二ヵ月後の6月17日を入院日にした。 19日夕方から妻も同席し手術について詳細な説明を受け、質疑応答しインフォームドコンセントとなる。 前立腺が非常に大きいから尿道から内視鏡を挿入し高周波電流メスで削るより、 開腹手術した方が患部をすっきり切除できる。削り取る方法は洗浄しながらの手術なのでモニター画面が 曇って見づらくなる。洗浄水はまれに血管に浸透する危険もある。 しかし開腹手術は全身麻酔になるので手術時間、回復も長くなる、、、。 結局父の実施した旧来の開腹手術を選択した。術前検査(胸部X線、心電図、採血、内科検診、膀胱内視鏡など) 終了後は外泊してよいことになっていたので、インフォームドコンセントを済ませると勇躍帰省し 21日までの外泊となった。

 病院に戻った22日午後からは手術に向け急に忙しくなった。 インスピレックスを使っての深呼吸、ウルトラネプライザーを使ってのきょ痰の練習、鉄分補強剤の服用、、、。 翌日は電気バリカンでの下の毛刈り(剃刀を使用すると傷をつける心配があるのでバリカンに変わる)、 タオル・腹帯・T字帯をまとめた包み作り、麻酔医からの事前説明、肺活量測定、心電図検査、 夜になると下剤、安定剤の服用、両脚へのナイロン・ストッキング着装などが続いた。 窮屈なストッキングは肺塞栓症(長旅の機中で起きるエコノミック症候群と同じ、 手術後身動きせずじっとしていると発症する危険あり)防止のために履く。

 24日手術日。午前9時妻、息子の見守る中、看護婦2名の介添えで担架上の病人に早変わりし 足元に置かれたタオルの包みと一緒に手術室に運び込まれた。 入室後間もなく背をエビ状に丸め全身麻酔薬を注射され、気管に呼吸援助用の管が挿入される。 瞬時にして無意識の世界。一時肺活動が停止するらしいが何もかも分からない。 「中島さん」の呼び声にハット目を覚ます。11時半近くになっていたらしい。 意識もすっかり戻ったということですぐ集中治療室に移された。 麻酔薬のおかげで終始痛みをぜんぜん感じないで済むのは有難い。 緊張もほぐれ、肥大症からの永久開放を味わいながら暫くうとうとしたようである。 「気分は如何ですか。寝返りしたければお手伝いします」と看護婦は声をかけてくれるが、 常日頃寝返りを余りしない私はこれを丁重にお断りする。 しかし夜になると多少の発熱、それに発汗作用のあるストッキングで両脚がたまらないほど痒くなってきた。 痛みは薬で完全にストップできるが痒みはどうにもならない。 看護婦はすぐストッキングを外し蒸しタオルで脚をきれいに拭いてくれた。 まさに「痒いところに手の届く」手当ての有り難味、爽快さは筆舌に絶するものがあった (術後一昼夜経ってからこのいとわしいストッキングから開放される)。 水枕の交換、上半身の清拭をしてもらいながらも熟睡できぬ一夜を明かす羽目になった。 というのはあいにくと賑やかな患者が二人同室していたからである。 明けて9時半ごろ今度は看護士から再度全身を清拭して頂き、 午前11時の静かな明るい個室への移動をいらいらしながら待った。

 ではこの辺で手術の内容に少し触れておきましょう。 ヘソの真下からペニスの付け根まで14,5センチ切開。 前立腺の周囲に集まる静脈叢に最大の注意を払いながら摘除するのがみそらしい。 出血に備え事前に400cc の自己採血をしておいたがほとんど使用することなく残りは戻したとのこと。 摘出した私の前立腺は予想より小さい55グラムで丸々していたらしい (30年来付き合ってきた当人が現物を見るチャンスがなかったのは誠に残念)。 尿の弁の働きをする尿道括約筋は膀胱の内外に二本ずつあるが、内側のは前立腺と一緒に摘出してしまう。 従って手術後暫くは尿失禁が続くことになる。 私の場合は退院後毎日ではないが半月余り続いたがこれは平均より早いようです。 摘除跡を圧迫止血するためにバルーンカテーテル(風船導尿管)を下から挿入する。 また腹腔内への分泌物を除去するための細い管(ドレーン)が脇腹に挿入され それを受ける袋がベッド脇に吊るされた。不整脈があったので心電図記録計も胸の上に取り付けられる。 もちろん左腕には注射針で完全に体の自由を奪われてしまった。 せいぜい自由のきく膝を曲げたり、足指を動かして脚の筋肉退化防止に努めた。

 術後2日の朝、看護婦の手を借り言われるままにベッド脇に立ち上がり、足踏みをした。 「足踏みをした患者さんは初めてです!すごい。さすが中島さんだ」との驚きと激励の言葉に私の顔もほころんだ。 その後暫くして今度は看護婦と一緒に薬を吊るすハンガーを押しながら廊下を30メートルほど一周。 これ以降朝食前毎日一度はA病棟3階の廊下約百メートルを一巡することにした。 術後3日朝、心電図記録計、ドレーン、背中の痛み止め麻酔針、太い注射針も外され一応自由な身となった。 その上、洗面所で洗髪までしてもらったので清々した気持ちよい一日となった。 排尿を良くするため水分補給は十分にするように、 またなるべく室内散歩をするようにと言われるだけで特別な注意はない。 飲み薬は術後いっさい投与されていないから飲み忘れの心配もない。 朝夕回診時の「順調ですね」の心強い励ましに快調な回復軌道を歩むことができた。 そして術後6日目の朝、予定通り待望の抜糸(正しくは抜鈎、ホッチキスの針に似た鈎(かぎ) を使って傷口を7ミリ間隔で縫合するから)、そしてカテーテルの撤去となった。 でも失禁に備え当分紙おむつを使用することになる。最初のうちはなるべく我慢せず早めに排尿すること。 そうしないとトイレへの途中で失禁することがある。 また気管に管を挿入した影響で風邪をひたときのような声は退院後も1,2週間続いた。

 手術よりまる一週間が経過した7月1日、朝の回診時「もういつ退院しても結構です」 との予期せぬ告知に頬が紅潮するほど嬉しかった。 シャワーの許可もおり10日ぶりに全身の汗、垢を洗い流してから、妻に退院許可の電話を入れた。 この日は用事で妻は来院できない日、もうここまで来れば急ぐことはない。 一日のんびり過ごし翌日退院にすることにした。 退院後は普通の生活に戻ってよいとのことだったが、最初の二日間は午前と午後、短時間ベッドで休息をとった。 また夜も一週間ほど、8時には就寝するように努めた。 血尿も日に日に薄れ、退院10日目にはもう肉眼での血尿認知は不可能になっていた。 二週間目の検診ではまだ潜血反応はあるとのこと、 また膀胱、尿道の粘膜が完全に復帰するまでには2,3ケ月かかると説明される。 また失禁は散歩時の帰りに起こることが3,4度ありましたが先に書いたとおり退院半月後には収まりました。 手術後二ヶ月の現在は傷口の下腹部に多少のしこりを感じるだけでその他にはまったく異常はありません。 小学生並みの素早い排尿を味わっている昨今です。(了)