イチゴ摘み放題、なんと10キロ!
(中島 節) -2004. 6. 2-
5月29日、朝9時、私の外出した直後に電話が鳴った。
40分後に帰宅すると、Sさんから「今日の午後3時、ジャム用のイチゴ摘みに来るように」と電話がありました
と嬉しそうに家内は伝えてくれた。
S君は敗戦時をはさみ共に悩み苦しんだ農学校時代の親友である。
3年前の同窓会で隣り合わせになった折、「美味しいイチゴを作っているから是非家へ来いよ」と言われた。
心動いたがこの年末は遠慮した。
2年前の同窓会では「美味しく評判がいいので高島屋から特注があり毎夕、東京から直接取りに来るんだ。
今年こそイチゴ畑を見に来いよ」とまた誘われた。
今度こそはと年末に電話を入れたが、
近所に不幸があったらしくうまく連絡が取れず残念ながら不調に終わった。
続いて昨年の同窓会の席上、このくだりを話すと
「それは失礼した。今年は大丈夫、クリスマス過ぎにぜひ寄ってくれ。待っているよ。」
と真剣になって応えてくれた。
昨年の12月28日、生家に正月餅を頂に行く途中、S君宅を訪れた。
ポカポカ陽気のビニールハウスに案内されると、
真っ赤に色づいた初々しい宝石のような大きなイチゴが待ち受けていた。
「アスカルビーという新品種で大粒、味よし。この近辺ではまだあまり栽培されていない」とのことだった。
このときのイチゴを写真でお見せしましょう。
彼のイチゴは1月に写真入りで大きな記事となり読売新聞にも紹介され近隣の評判にもなっていた。
味に魅せられ片道40分かけそれから2度ほどお邪魔した。
「ジャムを作るなら5月になってからがいいよ。今のでは勿体ないね。その頃また連絡するから」
といって前回別れた。
「ハウス栽培のイチゴも上天気続きの時が一番甘く美味しいね。
このところやっと2,3日テカテカしたからちょうど摘み時だ」といって連絡してくれたのである。
予報では翌日から天気は下り坂、麦の穫り入れに多忙な彼は大小5個の空き箱を用意し、
私たちをビニールハウスに案内してくれた。
「この台車に箱を載せ、この列から好きなだけ摘み取ってくれ。
赤いのは摘み残しのないように。家に寄らずここから直接帰って結構ですから」
と言ってバイクにまたがり帰って行った。
このような豪華な楽しいイチゴ摘みは初めである。
家内と列の右左に別れ、大きく美味しそうなイチゴを遠慮なく時々頬張りながらの摘み競争。
汗は全身から噴出してくる。痛くなる腰を時々伸ばしながら、無邪気になって積み続けた。
イチゴは重ねると傷むからとS君の奥さんから注意されたが、この正確な意味は帰宅するまで分からなかった。
結局2,3段重ねると指定された列の収穫はほぼ完了した。
摘むこと4,50分、疲れはしたが、言い知れぬ満足感が漲って来た。
帰宅後重量を量ってみると驚いたことに10キロをオーバーしているではないか。
「こんなにたくさん摘んできてよかったの」と家内は半ば罪悪感を感じているようであった。
(残念ながらこの大収穫をカメラに収めるのを忘れてしまった)。
気温、あるいは時期のせいかイチゴの熟成は指先が触れるだけでイチゴは直ぐ崩れ出す。
保管場所はなくこれは大変と大急ぎ、大きめなイチゴは生食用に、その他はジャム用にと分別に取り掛かった。
Yさん、Sさん、Aさん、Tさん、Mさん、Kさんと近所の方々に配布しながら早速ジャムつくりを始めた。
間もなく家の中はあの甘酸っぱいイチゴの香りで充満。
最後に届け終わったのは夜も10時近くになっていた。
S君本当に有難うございました。美味しいイチゴ、楽しいイチゴ摘み!
(了)