ブドウ狩り、こんなに沢山!
      (中島 節) -2004. 9.10-


 昨年、沼田君からワイン作りを伝授してもらった。 それと相前後し農学校の同窓会で篤農家のS君に合った。 彼は巨峰を栽培し、隣人知人に無料で差し上げ、皆から歓迎されていると自慢話をしてくれた。 来年葡萄酒造りに挑戦する旨伝えると、 「どうぞ、どうぞ。好きなだけタダで挙げるから、絶対来てくれ」と暖かくて威勢の良い返事が戻ってきた。

 そろそろ「シーズン」到来かと9月5日夕、S君へ電話を入れた。 「よく覚えていてくれたネ。もう巨峰も盛りは過ぎたがワイン用なら十分間に合うよ。 明日は葬式だから7日に来てくれ」と例によって元気の良い声だった。

 当日は家内を同伴し8時40分、家を出た。 農村地帯の真ん中にある彼の家は初めての訪問だけに一抹の不安があった。 彼の電話案内通り、高道祖(たかさい)小学校先を右折したが道は狭く心配になった。 でも思い切って200メートルも進んで行くと大谷石の塀に囲まれたS家が見えた。 余りにも立派な構いの住宅に自信がなくなり、一軒先の門先に停車し様子を伺っていた。 するとS君がバイクで、程なく奥さんが自転車で戻ってきた。 直ぐ小型四輪車に乗り近くのブドウ畑に案内された。

 農家の屋敷に囲まれた奥行き25メートル幅10メートルぐらいの畑だった。 不思議なことにパイプの支柱だけでぶどうの木が見当たらない。 どうしたのか聞いてみると、 奥右手に樹齢15年、直径20センチくらいの幹を指差しあれ1本だけだという答えが返ってきた。 一本の幹から伸びた枝で畑全部を覆いつくしているのを目の当たりにしただ驚き、感動するだけであった。 硫黄合剤液を樹皮に滲み込むほどたっぷり塗りつければ、 冬季の樹皮剥きは不要、薬剤散布は収穫1ヶ月前から中止、1900個の袋かけより、 1900の房を一つ一つ、一粒一粒1/3程度に摘果する作業が一番辛い作業、 カラス撃退の秘策などブドウ狩り中に教わった。

 ブドウ畑の奥のパイプ支柱には白いショッピングバッグなぜか沢山置かれていた。 私たちは畑の入り口付近で3,4袋収穫しもうこの辺で十分ですからと申し出ると、 「奥の袋も全部持っていってくれ。事前に来て用意しておいたのだから。 ブドウを栽培し無料で頒布するのが俺の道楽だから遠慮はいらない」と言うばかりであった。 とにかく約20個の袋を重ならないよう荷台に載せ自宅に戻った。

 こんなに沢山はいらないからと辞退すると、 S君は「中島君、近所に友人、知人もいっぱいいるでしょう。皆さんに挙げてくれても結構ですから」という。 結局、後部トランク、後部座席の上、下、補助席の下とあらゆる空間を利用し慎重に全部詰め込んでしまった。 それから立派な応接間に案内され、奥さんの接待を受けながら、 暫しS君の趣味である写真、書道の作品説明に耳を傾けた。

 帰宅した時は既に時計は11時を回っていた。 50余キロのブドウをどう利用し、処分するか?嬉しい悲鳴に変わってきた。 房を袋から出し腐ったもの潰れたものなどを除外し10房くらい入れ一軒分の包みを作り始めたが、 これも結構な大仕事であった。 「かざぐるま」には持ち帰ったままのビニ袋を二つ持参し食べてもらうことにした。

 昼食もほどほどにし先ず葡萄酒用に2袋ほど使用することにした。 レシピ通り使用器具を熱湯消毒し、 房から外したブドウ粒を広口果実酒ビン(3リットルビン2本、2リットルビン2本)に入れ、 一通りの作業は終了した。 未処分の袋を眺め溜め息がもれる。 急遽インターネットで「ブドウジュース」の作り方を探し当てコピーし、ジュースつくりは翌日の仕事にした。 夕方 近所に車で「袋」を配り歩いたが留守の家もあり予定の6割しか処理できなかった。

 翌朝、再度ブドウ袋を配り、どうにか10数軒に届けることができ、大分肩の荷も軽くなってきた。 とにかく大きなボウルにブドウ粒を入れガスコンロで20分ほど煮込み レシピに従ってジュース作りを始めた。 ざる、布巾で濾し ペットボトルに詰め冷蔵庫に収めるまでには1時間余かかったでしょう。 しかし悲しいかな、他所に挙げるには見栄えのしない房がまだまだ残っていた。 今度は妻の発案で、ブドウのシャーベットを作ることにした。 大きめの粒だけをもぎ取り2,3分茹でると、簡単に皮がむけた。 試食してみると、乙な味、香り。早速これを金属盆に並べ冷凍することにした。 残りのブドーは房から外し どんぶり2個に入れ、自家用の房ブドウと一緒に冷蔵庫に収納した。 かくして甘酸っぱい芳香を部屋中に放っていたブドウの山は視界からすっかり消えた。 (了)