夕方6時15分成田を離陸して8時間後、東の空に水平線が見え始め、日の出の接近を 教えてくれる。なんと美しい朝空の芸術、飛行機の翼に陽光が灯る幻想的な大空の芸術。 興奮を抑えながら窓際のゆっくりした座席をフルに活かしデジカメのシャッターを押す。
 今回の団体旅行は珍しいことに往路のチェックインは各自銘々にすることになっていたの で、トイレに便利なところを希望すると、二席並びの席を後尾に確保をしてくれた。間も なく神奈川の農協団体のお客が右隣席に座ったが左側には十分な空間もあり誰に遠慮する ことなく新聞を広げたり、脚を伸ばしたりのんびりと11時間の旅を楽しむことが出来た。 眼下に陸地が見えてくる。地図通りの入り江が現れ、ニュージーランド南島上空に差し掛 かっていることが直ぐ分かり、ほっと救われた気分になる。暫くすると冠雪した山脈が朝 日を浴びいっそう美しく見えてくる。そしてその東側は黒味を帯びた雲海にすっぽり覆わ れていた。ニュージーランドは秋になりつつあることは知っているが、山脈についての知 識はほとんどなかった。空港の入国検査を済ませ仲間待ちをしているとき、迎えの運転士 から昨日まで三日間山に初雪が降ったことを知らされ驚く。

 ニュージーランドは動植物の検疫が非常に厳重である。添乗員から靴についての事前注 意は何もなかったが、入国検査直前になり靴の検査を受けるよう指示され検疫所のほうに 並ばされたのには驚いた。靴は一応掃除して行ったので検査は無事すんだがついでに手荷 物の中まで調べられた。しかし検疫を申告せず一般口から出ることも可能のように思われ た。日本山岳会会員の本田さんはよくよく絞られたとぼやきながら一行より一足遅れ、顔 を赤らめ待合ロビーに現れた。たぶん汚れたままの登山靴が入っていたのであろう。それ にしても添乗員は日本を出る前になぜ靴についてひと言注意してくれなかったのであろう。

 クライスト空港の手荷物受取所でたまたま麻薬犬の活動振りを見る機会があった。二人 の女性警官に伴われた犬はただ無言のママ鼻をクンクン させ客の手荷物を嗅ぎまわる。怪しいものを嗅ぎつける と手荷物の中に鼻を入れお座りしてしまう。そこで警官 がお客に言葉をかけ荷物の中を調べさせて貰うという段 取りになっている。別グループの日本人で嫌疑をかけら れ取り調べられたが何事もなく本当に良かった。犬もと きとして過剰反応することもあるのであろう。

クライストチャーチの朝9時はひんやりとしていた。機内でほとんど徹夜に近い夜を過 ごした直後の市内観光はどうも気が乗らない。修理中の「追憶の橋」、大聖堂に立ち寄り、 世界で六番目に大きいと言われるハグレー公園を半周し、3年連続ガーデンコンテストに 入賞した個人宅の庭園見学(4章でまた触れる)に向かう。公園の木々はまだ緑、先端に 若千秋の気配を感じさせる程度である。でもなぜかタイサンボク、アジサイの花がまだ咲 いていた。

    2.道路事情

 ニュージーランド(簡略化のため以下なるべくN.Z.と省略)の広さは日本の七割、そし て平地が多く、人口は僅かの380万人。でも地下鉄のない北島の最大都市オークランド (人口約110万人)では朝夕の交通ラッシュが大問題になっている(東京並かもしれな い。土浦ではとてもお目にかかれない大渋滞を目の当たりにしびっくりした)。しかし南島 一番の都市クライストチャーチ(人口約35万人)には朝9時半頃到着、市内観光をした 限りではそんな渋滞はないようであった。

 南島はどこまで行っても片側一車線の国道が延びている。市街地、集落を一旦離れると 前後に車を一台も見かけないときもしぱしぱ、そして路線事情により100キロまで飛ば すことが出来る長閑な田舎道である。N.Z.に高速道路のない理由は一目瞭然。オークラン ドにハイウエーと呼ばれる片側二車線の「高速道路」はあったが料金所があるわけでなく 一般道路との違いは全く感じられない。閑散とした南島を走っているとき、交通法規、交 通違反などの存在を疑うほどであったが、北島に行くと厳しい「酔っ払いは犯罪者」の標 識などもあり事情は一変した。ワイトモ鍾乳洞ヘツチボタルを見に行った午後のオークラ ンドヘの帰りはあちこちで道路わきに停車を命じられ速度違反の取調べを受けている車を 見かけた。ここでは市街地、集落に入る手前では勿論のこと、カーブでも細かく速度制限 の標識が立っているがこれを無視し気持ちよく走行していると御用となるらしい。さすが 観光バスの運転士は安全第一、標識に忠実に運転してくれるし、オークランド市内の大渋 滞をたくみに避け走ってくれた。

 南島の街路樹、道路わきの木々はやっと黄葉し始めたところ。山岳地帯に近づくにつれ 柳、ポプラ、楓などの黄葉が人目を引くようになる。渓流に沿って茂る柳が透けるような 淡い黄葉を装っている風情は実に清楚で魅力的である。このへんにさしかかると道路わき に縦横150x100センチくらいの無地の白看板が目立つようになる。気になり添乗員 に尋ねると、彼女も分からず、運転士に聞いてくれる。積雪情報、落石注意、交通止めな どの連絡版に使用されること、ついでに道路両側約100メートル置きに立っている長さ1 メートル、数センチ角の金属性ポールについても教えてくれた。思わぬ親切な説明に添乗 員も大喜び、「私も初めて知りました」と前置きし私たちにわかり易く説明してくれた。左 側のポールは上から約15センチから下へ10センチほど赤く塗られ、その中央部分はポ ールの先端から40センチほど縦長に反射塗料が塗られている。これは街灯の全くない道 路を安心して運転できるように路肩を表示する標識であった。また右側にも同じようなポ ールが立っているが、こちらの中央部分はオレンジ色で、道が左にカーブすることを教え てくれるとのことであった。

 旅行7日目は朝8時クイーンズタウンのホテルを出発、10時間かけ東海岸のダニー デンヘ移動する日であった。ダニーデンは南島第2の都市でかつてはスコットランド人の 入植し栄えた町で歴史的な建物も残っているが、現在ではオタゴ大學のある学園都市にな っている。途中、予約客だけお相手の農場レストランに立ち寄り、昼食をとってから、最 後の行程、タイエリ渓谷鉄道に乗り込むことになった。国道から舗道の切れたでこぼこ道 に入り砂塵を舞い上げ20分行くと始発駅のプケランギに到着。
 待つこと20分、客を 運んできた列車によじ登り(ホームも脚立もない)、他の団体客数十人と一緒に指定車両に 乗り込んだ。ゴールドラッシュ時代は唯一の人間、物資資材の輸送ルートであったが、今 日ではその大半が取り壊されサイクリングコースに模様替えされ、プケランギからダニー デンまでの最終区間(走行時間1時間45分)だけを一日二往復の観光用鉄道として保存 している。雄大な渓谷の中を走る8両編成の小さな列車は、ときに最徐行し観光客にカメ ラタイムを与えてくれる。終着駅に近づくにつれ線路脇には黄色に咲き誇るエニシダが多 くなり疲れた乗客を慰めるのに充分であった。

 カメラタイムと言えば、道路標識の一つに「撮影地 速度に注意」というのがあり、シ ャッターを押したくなるような場所のあちこちに 立てられていた。団体バス観光客の私は恨めしく この標識を何度も見過ごしてきたが、自家用車利 用の観光客にとってはなんと優しい心遣いであろ う。羊などが群れ遊ぶN.Z.の典型的な牧場、新雪 を頂く南アルプスの山々を私たちは撮りたいから 適当な所で停車していただけないかと直接運転士 にお願いしてみた。ハイ分かりましたと笑顔で承 諾してくれ、二度ほど停車してくれたが運転士との観点のずれ、道路事情もあり残念なが ら私の好みのポイントではなかった。

 山岳地帯に近づくにつれ、道路に野うさぎ、ときにポッサムの轢死体が目立つようにな る。野うさぎが元気に山野を走り回っているが、ポッサムは夜行性のため実物を見ること は出来ない。ポッサムはウサギより小ぶりの有袋類ネズミで、毛皮が珍重されるとのこと である。この小動物は嫌われ者で、ニュージーランド人は道路にこの死体を見つけると「万 歳、ざまみろ」と喝采を挙げるそうである。ヨーロッパ人が最初ウサギを運んできたが繁 殖しすぎ、山野を荒らすので、この退治にイタチとポッサムを導入した。ところが期待さ れたウサギの天敵は苦労せず飛べない簡単に捕獲できる鳥を襲撃するようになった。その 結果進化論的にも貴重な野鳥の中には絶滅したのもいるとのこと。山に入るとあちこちに イタチ、ポッサム捕獲わなを仕掛けた場所を示すリボンが人間の目の高さに吊るされてい た。金網のわなを一度だけやっと見つけることが出来たが人目に付かないところに設置し であるらしい。しかし関係者はリボンの目印を頼りに周期的に捕獲結果を調査に来ている とのことであった。

 国道はどこも牛、馬、羊優先であるが、マウントクック国立公園のフッカーバレーに行 くとき、運悪く(?)私たちの先を行く羊の群れが橋を渡りかけていた。堂々と前進する 羊、後退するもの、道路の右、左に下りていくもの、正に右往左往の大混乱。羊飼いは数 等の牧用犬を連れ群れの後尾についているだけで何の指示も出していない。ただ一頭の牧 用犬が群れの左右、背後に走り回り盛んに吠えたて橋を渡り前進するようにと誘導してい る。誠にお見事な手さばきである。橋の反対側にも自家用車が静かに温かく羊の橋渡りを 待っていた。始めてみる光景に皆大喜び、運転士席に近寄り、写真を撮るという楽しいハ プニングがあった。また旅行第9目目の夕方、オークランドの市街地と海の大パノラマを みるため中心街から約10分、噴火口跡の残るイーデン山に行った時、放し飼いの馬がバ スの行く手を遮りゆっくり散策しているのに出会ったこともある。

 市街地は別であるが、国道にかかる橋は道幅より狭く自動車が上下線を同時に二台走り 過ぎることは出来ない。多分橋は荷馬車時代のものと思われる。経費節約のため、あるい は何とか現状のままで間に合うので後生大事に使っているのであろう。「現状のままで間に 合う」には注釈が必要である。橋の立地条件により、橋のどちらか側の手前に対向車の通 過を待つよう白線で待避位置が指示されている。十年後はどうなるか知らないが、今のと ころはこの程度の処置で不便を感じないほどの交通量だということである。確かに前後に よその車を見かけず私たちのバスだけが走っていることも度々であった。
 N.Z.には国産車がなく自動車は皆輸入車で、その大半は日本車である。テカポに一泊し た翌朝早く、カメラを持って外に出ると人影のないホテルの玄関先で数人が日本車のビデ オ撮りをしていた。このビデオはテレビ放映用で売り出し宣伝にその内使用しますとのこ と。当地で一番人気のある日本車との質問に「スパル」とは意外であった。しかし彼らの 乗っている車はアコード。ベンツは街中で一二度見かける程度であった。

    3.動植物と風景

 N.Z.は他の大陸から約8,000万年も隔絶されたままになっていたため、動植物学的 に貴重な島である。世界有数の多雨地帯だけに2,000種ものシダが生い茂っている。 「渦巻きマーク」の国、航空会社のシンボルは裏側が銀色に光る銀シダの若芽をあしらっ たものである。マウントクック国立公園・フッカーバレーを6時間余歩いたときネパール 人のガイドから最初に教えられたのがなんと 銀シダと白シダだった。
 彼は日本に留学した ことも来たこともないが結構立派な日本語を 話すし、英語のガイドも務めるとのことでし た。彼から枝にぶら下がっているコケの一種 old man's beard(老人のあごひげ)、日本のコ ーンフリーの葉に似たold man's tobacco(老 人のタバコ)、ツワブキに似た葉をもつ Mt.Cook lily(マウントクック百合)、トゲを持った潅木のwild Espanola(野蛮なスペイン 人)、白い花をつけるリンドウ・・・など沢山教えてもらったがとても覚えきれない。日本の ジシバリ似た花があちこちにたくさん咲いているので、花の名を尋ねてみると「タンポポ」 と教えられたがどうも腑に落ちない。いずれにせよ両者はキク科の植物でありごく近い親 戚なのであろう。残念なことに春夏、綺麗に咲き誇っていたであろう野草の花はもう屍を 残すだけであった。白リンドウがトレッキングコースの道端のあちこちに見たとき仲間は 皆一様に驚いたが、野草に白い花が多いのは、夕方、受粉の仲介役をする蝶に目立つよう 長い年月をかけ自然に変化したと説明を受け、自然の偉大さ を再認識させられた。同じようなことはダチョウにも言える とのこと。昼間抱卵するメスは白色、夜抱卵するオスは保護 色の黒だから敵から身を守りやすい。おまけに雌雄の区別が 簡単で人間にとり非常に便利である。私たちが氷河の破片が 流れている川辺での岩に腰を下ろし、気持ち良い涼風を浴び ながら昼食弁当を食べている間に、ガイドは岩陰で湯を沸か し私たちの希望に応じ紅茶、コーヒーのサービスをしてくれ た。またいつの間にかすくい上げた20キロほどの氷河片を 私たちのところに持ち運び、氷河の密度、重さ、光沢を実体 験、さらに氷河を砕き味見までさせてくれた。流れに浮かぶ2〜300キロ級の氷河も一 週間ほどで溶けてしまうだろうとのこと。

 クック山は太平洋プレートとオーストラリアプレイトが互いに重なりせり上げて作られ た山で標高は富士山より20メートル低い3,754メートル、N.Z.最高の山である。温 泉が南島になく北島だけにあるのはプレートの重なり方が違うためらしい。また氷河が溶 け流れ込む湖水の色が見事な紺色、トルコブルーに輝き、闇の中でもうっすらと銀色に染 まっているのは、ロックフラワーという岩の成分が含まれているためらしい。

 5日目。クイーンズタウンからフィヨルド国立公園内で二箇所停車し、絶景を眺め、写 真を撮りながら約6時間後の午後1時、腹ペコになりやっとミルフォード・サンドに到着。 景観に心踊り、観光船内でのんびり弁当昼 食を食べている余裕はない。さっさと甲板 に出、カメラのシャッターを押す。
 藍色の海、遠くに望むクック山、氷河の侵食によ って形成された三角の山々、深い入り江。 北欧をしのぐ壮大なフィヨルドと言われて いるがノルウエーの実物を見てない私には 判断の仕様もない。両岸の岩山は金銀など の貴金属を多く含有しているが、国立公園 のため発掘はご法度である。この日は運良く十数メートル先に数頭のアザラシが岸辺を遊 泳しているのを見かけたが、私たちの船が接近すると海中に姿を消してしまった。絶景を 堪能し船を下りると、約4時間また同じ国道をバスで戻ることになったが、羊、馬、牛が ゆうゆう草を食んでいる牧場、山、林の夕景色もまた観光に値する一駒であった。オプシ ョンの軽飛行機(所要時間45分、料金12000 円)で帰ったリッチな仲間は6名だけだった。

 旅行第6日目はホテルからバスで1時間、標高差 300メートルのルートバーンの一角を約6時間歩 いた。前回のフッカーバレーと違い、樹木が多くい かにも熱帯林の中を歩いている感じがした。様々な 種類のシダ、コケが岩、倒木の上に逞しく美しく生 きている姿は魅力的である。岩にしがみ付くように、あるいは岩を抱え込むように大小さ まざまな樹木が生い茂っている。途中で保護鳥のヤブ駒鳥に出会う。人から危害を与えら れないことを十分知りつくしているせいか、カメラを向けでもほとんど逃げない。赤い靴 紐が美味しいえさに見えるのか、靴に登って紐をついぱむほど人なれした野鳥には誰しも 心和まされる。少し進むとベルバードというヒヨ鳥よりスマートで一回り小さい鳥が頭上 から名調子で歌のサービスをしてくれた。5名と人数制限のある、華奢でよく揺れるつり 橋を4つほど渡るのはちょっとしたスリルであった。ここでも野草はすっかり秋の装い、 白い綿毛をつけたアザミ、ガイドに尋ねてみたが思い出せなかった衣服によく付くいが状 の草の実(センダングサに似る)などが目を引いた。これだけ厳しい自然保護の管理・保 護が続く限りは悪名高いセイタカアワダチソウの進入はおそらく不可能であろう。
木陰の突出した大きな岩には一面にコケが青々と密生し、小さな木も生えている一方で、 まだらな赤模様をつけた岩、まだなんの変哲もない丸裸の岩が陽を浴びている。この赤味 はある種の地衣が岩に生活し始めたことを意味し、何百年、何十年後にこの地衣の本拠地 へ緑色のコケ類が浸入、続いて各種の植物が住み着いてくるらしい。

 第7日目、クイーンズタウンからダニーデンヘ向かう道すがら、白い寒冷紗で覆われた 葡萄畑、指揮者のように各列の先頭に咲く赤いバラが印象に残る。単調な広い畑にアクセ ントを付けるため、いや観光客を喜ばすため意識的に植えられたと理解できる。どんどん 広野、山岳地帯を進んでいくと黄葉したイチョウを思い出させるポプラ、渓谷沿いに鮮や かな赤い実をつけた潅木、白い花などが眠気を覚ましてくれる。二面川に囲まれた果物の 町クロムウェルは朝霧に包まれ、まるで墨絵を見るようだった。時速100キ回で走るバ スのフロントガラスにスズメくらいの野鳥が激突し、無残にもあっという間にバスの右側 に弾き飛ばされて行く。

 私たちの一番身近にいるスズメ、カラスが見当たらないので、休憩時間を利用し運転士 のピーターさんに質問してみた。「確かにカラスはいませんが、スズメはたくさんいますよ」 との返事だったが、スズメの姿が確認出来ず不満であった。どうやらここのスズメは群ス ズメで牧場辺りが生活圏で、民家周辺にはいないことが分かってきた。またツバメ、ツル、 白鳥といった渡り鳥も来ないと教えられた。しかし北島に渡りオークランドに行った時、 市街地でスズメを一羽、また郊外の川面を楓爽とツバメの飛翔しているのを見たとき、数 日間悩んだ難問を解決したような喜びを一人密かに味わうことが出来た。

 ワシは道路の掃除屋として歓迎されているようだ。道路に放置されている野ウサギ、ポ ッサムの轢死体をきれいに始末してくれるからである。ある山中の駐車所では日中堂々ご 馳走をむさぼるワシを車のほうが親切に避けてやる光景を見かけた。野鳥と人間の信頼関 係もここまでくればN.Z.も「鳥獣天国」の名に相応しいと断言できる。

 山岳地帯50、岡30、平地20%といわれるN.Z.各地の牧場では羊、牛、馬そして最 近ではアルパカ、ダチョウなども飼育されている。しかし多雨のため牧場のぬかる西海岸 地区ではこれに耐えられる足腰の強い牛が、そして東側では羊が飼われる傾向があるとか。 また最初は専ら羊を飼っていたが、灌灘用水路の普及につれ飲料水を必要とする牛の飼育 が容易になったという。蛇も猛獣もいないN.Z.の家畜に牧舎はなく放し飼いである。夕暮 れ時の羊の群れは広野に咲く大輪の薄墨色の花、時には点在する小さな岩に見えたりする。 これらの羊も夜になると仲良く木々の下で寄り添って横になるそうだ。

 第9目目、実質上の最終目、ホテルから車で2時間半、ワイトモ鍾乳洞へ神秘的な光を 放つツチボタルを見学に行った。鍾乳洞そのものは小規模で、今まで見たうちで最低であ る。珍しくもない鍾乳洞についての説明を受けながら洞内を2,30分も進むと、ツチボ タルの解説が始まった。これはクモの一種で粘り気のある30センチほどの糸を天井から 吊るし、虫を捕獲して食べますと言いながら、フラッシュライトで天井を照らしてくれる。 が無数の糸がぼんやり見えるだけで肝心のホタルは二、三鈍く光っているだけでがっかり する。しかし見せ場はそれからであった。5分ほど今来た道を戻り、順番待ちで手漕ぎの ボートに乗り込む。移動中は写真撮影、大声での会話も禁止。上を見上げるとテカポの星 空観察ツアーで見たあの身のすくむような広大で真っ白に光り輝く「天の川」を再度見る 思いがした。いやそれとは比較できない虫の創り出す光の傑作芸術である。真っ暗な洞窟 の天井に青白く輝く神秘的な無数の光に観客は感動し、ため息を漏らすだけだった。

 星座観察ツアーとはN.Z.旅行最初に宿泊したテカポで夕食を済ませ、一休みした9時に 二台の四駆に分乗し出発した。牧場になっている丘の頂上に小さな星座観測用のドームが ぼんやり見えた。数名の日本人星座観測愛好者がクラブを結成し、牧場主の使用許可を得 て、趣味と研究、それにツアーアルバイトを加 え活動しているとのこと。とにかく星座観測に は打ってつけの理想的な立地条件を備えていた。 車から降りた途端、「天の川」と叫んでしまった が、自信が揺らぐほどスケールが大きく見事な 星座であった。数十年前の少年時代に見た天の 川とは別物に感じられるほどであった。視界を 遮るものが何一つないこの乾燥した地ならでは 体験できない、まさに天からの贈り物である。南十字星、ニセ十字星、サソリ座、地平線 に沈んでゆく月などを肉眼で、また木星の横縞を望遠鏡で観察しながら冷え冷えする夜の 一時を夢心地で過ごすことが出来た。
 眼下の黒い林の上にはほんのりとテカポ湖が銀色に 光って浮かんでいるように見えた。 N.Z.でも星空の美しい町として有名なこのテカポには 世界最南のマウント・ジョン天文台が設置されているが、そのドームは数百メートル離れ た丘の上に静まり返っていた。

 秋四月は果物の季節である。日本を出る前から新鮮な美 味しい果物をたくさん食べてこようと願っていた。第4日 目テカポからクイーンズタウンヘ移動する途中、果物生産 量N.Z.一位というクロムウェルの果物店(観光バスの関 所)に立ち寄った。店一杯に食欲をそそるようにリンゴ、 洋ナシ、ブドー、モモ、ネクタリン、スイカなどが盛りだ くさん陳列されている。見慣れぬヒョウタン型の洋ナシと モモをさっさと一個ずつ買い求め、外のバラ、ラベンダー の庭園を見て回った。二、三日後順次食べてみたが甘さ、 風味,舌触りなど申し分なかった。これに味を占め、同じ 店を通りダニーデンに行くとき同じ果物を買って翌日食べてみたが熟しが不十分で美味し いとは言えないが、空腹時だったのでまあまあであった。

    4.ガーデンコンテストと庭園

 3,4月はN.Z.の秋。この時期になるとさすがのガーデン王国も花の盛りは過ぎ淋しい。 クライストチャーチ到着後、名だけの市内観光を簡単に済ませ、市の中心からバスで10 分、ある平屋建ての個人宅を訪ねた。ここは3年連続でガーデンコンテストに入賞した方 の庭園で、門には入賞のプレートが貼り付けてあった。青々と茂った芝生の庭園の各所に まだまだ鮮やかな色の花をつけた草花が疲れ気味の私たちを元気に迎えてくれた。ダリア、 ルピナス、ゼラニューム、アジサイ、ホクシャなどが。花の栽培で一番注意するのは何で すか、水やり、剪定、肥料・・・と質問すると、「コンポスト。化学肥料は一切使いません」 と即座に返ってきた。この地に入植後庭作り十年というベテランの夫人は自信満々だった。 主人は専ら農作業。庭中央にある金魚三、四匹が遊泳できるほどの小さな池が庭園にアク セントをつけている。また片隅にはトマト、キウリなどの野菜コーナーもあった。

 ニュージーランド人は庭造りに熱心で、各地で個人、ストリート、工場など各部門別に ガーデンコンテストを毎年一、二回実施しているとのこと。また庭造りは健康づくりにも 非常に良いと言われている。花の祭典中、観光客はもちろんのこと地元住民もガイドブッ クを書店で手に入れ見学に訪れるそうである。日本のように狭い庭ではこの絵のように美 しいガーデンコンテストヘの個人参加は夢のまた夢であろう。

 ダニーデンヘ移動中、立ち寄った予約客があるときだけ開店するという農場レストラン にもいろいろな花が綺麗に咲いていた。驚いたことに日本でみられる草花、木が主流であ る。国道から離れ、狭い牧場の道に砂塵を上げ昼食にやって来るのは日本人観光客だけな のであろうか。カエデ、ツゲ、ボケ、ヒメリンゴ、ボタン、イチハツ、オダマキソウ、シ ュウメイ菊、ミント、ラベンダーなどなど。またこの牧場では生産できないチキン、バタ ー、ジュース、ワインなどをわざわざ店から買ってきて私たち日本人のサービスに努めて くれた。

 次の日の14日、ダニーデンの郊外でオタゴ湾を見下ろせる丘の上に建つラーナック城 を見学した。ラーナック氏は19世紀末銀行業、木材業、牧畜業を営み巨万の富を手にし た実業家で大臣にもなった傑物である。だが結局は事業に失敗し、世界各地から超一流の 資材・家具類を集め建築した城を手放すことになった。現在はバーカー氏所有の個人邸宅 になっており、週末には来客を招きパーティを開くこともあり、ときには自分たちの宿泊 所にもしている。彼は入場料を徴収しそのお金で建物を修復・維持し一般に公開している。 当時の億万長者の豪華な生活ぶりを垣間見ることのできる格好の博物館である。大木の枝 に横たわるライオン像に一瞬はっと息を呑む観光客の姿も微笑ましい。

 湖を見下 す丘に作ら れたここの 庭園もまた 立派であっ た。大きな ホクシャ、 背の高いジキタリス、アマリリスに似たベルドナ 百合などがひときわ美しく咲いていた。大きな蕗 に似た葉をもつ植物は細長い筒状の実をつけ ているだけだったが春にはピンクの大輪の花を咲か せとても綺麗だとそこに働く庭園師から教えられた。 またヤマモモ似たオレンジ色の実がとても素敵だっ た。仲間のあるカップルが口にし「甘酸っぱくて食 べられそうだ」と言いながら吐き出す。すると庭園師が「それは毒だよ。ではサヨウナラ を言いましょう」とおどけ通り過ぎていった。彼の言 葉を通訳するとカップルは一瞬真に受け唾液まで吐き 出す始末。私も美味しく色づいたのをもぎ取り、齧っ てみたが問題はなさそうだった。先ほどの「グッドバ イ」は多分小鳥達の楽しみにしている餌を横取りしな いでという間接的な注意かもしれない。

    5.ホテル

 「N.Z.は全般的にホテルがクラシックタイプで、お湯が出ない、鍵が固い、部屋の大き さ、調度品、内装が部屋によって異なることもありますがご了承ください」と「旅のしお り」にあったから、一度ぐらいの不都合は覚悟して いた。最初の宿泊地テカポでは添乗員から「全部湖 の見えない部屋になってしまいました」と残念そう に言い訳しながら鍵を手渡してくれた。しかしどう であろう部屋に入ると部屋は湖に面し、調度品は一 流とは言えぬが、キングサイズのダブルベッド、シ ングルベッドが一基ずつありびっくりする。一人部 屋利用を申し込んだのに何かの間違いではと一瞬思 ったほどである。ダブルベッドには中央で左右別々に温められる電気毛布が入っていた。
 ここのホテルは小さな小さな石造りの「善き羊飼いの教会」の近くにあり、本館は三階建 て、隣接して二階建ての別館もあるが外観はパットしない。でも内部は一応満足であった。 コーヒー、紅茶などのサービス設備はどこのホテルにもあった。ただ困ったのは水道の湯 が右蛇口から出ることであった。これをホテルの従業員に質してみると、これがN.Z.の標 準だと云っていたがそうでない事実をあちこちのトイレやホテルなどで体験した。テカポ の中心街は片側に十軒の食堂、喫茶店、パン屋、土産店、ヘリコプター申込所、ガソリン スタンドなどが並ぶだけで静かな田舎町である。ホテルの前には手持ちぶさたの消防署も あった。

 次に三泊したクイーンズタウンのAラインホテルはワカティプ湖、市内を見下ろせる高 台に建っていた。本館のほかに山小屋風のアネックス、地下三階の五階建てアネックス(私 たちはこ こに宿 泊)など 結構広い ホテルだ った。こ こもベッ ドはキン グサイズ、 調度品は前回より一ランク上、プレッサーもヘヤトライヤーも備えられていた。心配され たデジカメラのバッテリー電源はどこのホテルでも使用できる所が洗面所にあり大いに助 かる。ただ部屋が大通りに面していたので夜遅くまで結構車の音がうるさかった。最初の 夜、夕食後、歩いて十分というホテルヘー人ぶらぶら帰ることにした。昼間と町の様子は 変わり道が分からなくなり、角の店に立ち寄り道を尋ねる羽目になった。坂道を登り、そ れから二度ほど道を尋ね、約30分後やっとホテルにたどり着くという思わぬハプニング があった。これならお土産あさりの仲間に同調し、店のバスで送ってもらったほうが賢明 だったのか?朝食はどこもビュッヘスタイルで誰からも歓迎されていたようである。この 後、二箇所のホテルでは日本食も用意してあった。

 三番目に一泊だけのダンーデンあたりでひょっとするとお湯の出ない最悪のホテルに遭 遇するのではないかと危倶していた。だが実際はクオリティホテルという名に相応しい立 派なホテルでほっとした。別荘地、丘の見える気持ちのよい極めて静かな部屋であった。 でも幸か不幸か夕食まで3時間余の待ち時間。風呂を浴び、洗濯を済ませ、テレビを見ながら ワインをチピリチビリやっていたがそれでも間が持たず、暫くベッドに横になっていた。 相変わらずもったいないことにダブルとシングルのベッドが備わっている。

 四番目、最後のホテルは人口110万の大都会オークランドのザ ヘリテージ(伝統)。 その名の示す通り伝統を持つ大きなホテルであった。そしてガウンまで備えてある部屋で あるが、非常に奇異に思えたのは長期逗留できるように調理道具一式とキッチンが設置し であることである。このホテルには本館と同程度のアネックスがあるとは知らず、夕食後 別館に迷い込んでしまった。仲間にもホテルが大きすぎ自分の部屋を探すのに一苦労する とぼやく人もいたほどである。

    6.主な訪問都市

 テカポから車で約3時間半、黄金に彩られるワ ナカを期待して行ったが、まだその時期にはなっ ていない。ワナカ湖畔でバーベキューの昼食を取 ってから45分近く、カメラの対象物を探し続け たがたいした獲物はなかった。こんな風光明媚な 山間での雷はどうなるか急に気になり、メイドさ んに尋ねてみると、雷は冬になりますとの意外な 返事に、冬に雷の多い新潟地方を思い出す。

 ここから2時間余、ゴールドラッシュで栄えた歴史の町アロウタウンに出た。しかし数十メート ル足らずのお土産屋だけが並ぶ通りに自由時間30分で放り出された。当時をしのばせる 物は何もな い。これは おかしいと 思い、街並 みを出てみ るとすぐ古 い小屋が見 えてきた。 半信半疑坂道を下り近づいてみると、そこは140年前の中国人の入植地であった。 当時の苦労が偲ばれる小さな住居が数軒、土台だけが残っている家が二軒ほどトラストによっ て保存されていた。
 これを見学しないでこの町に来る意味がどれだけあるのだろう。駆け 足で集合時間までにやっとバスに戻り、この発見を居合わせた仲間に話すと、皆残念がっ ていた。「なぜこの歴史的建物の存在を教えてくれなかったか」と添乗員に大声で文句を言 うと、「皆さんお土産が買いたかったのではないですか」の返事には開いた口が塞がらなか った。なんと観光客を小ばかにした言葉であろう。なるほど定刻に遅刻する女性が二人い たが。

 三番目の宿泊地ダニーデンはクイーンズタウンから約200キロ東の港町でゴールドラ ッシュ時代に金、資材などの積出港として繁盛した。
南島ではクライストチャーチに次ぐ 第二の都市、古い建物を残す歴史的な町であるが、今は大学町として有名である。このオ タゴ大学の学生、教員などで町人口の六分の一を占めるといわれる。通りに面したレンガ 造りの二階建て学生寮は現在も使用されている。
 N.Z.の輸出はオーストラリアにつぎ日本 が二番とあ って、外国 語学部では 日本語学科 が一番人気 があるらし い。ここの ガイドは日 本人でガイド業の個人経営者。元日本の高校英語教師でダニーデンに短期留学中、現地の 女性と親しくなり結婚し在住7年になるという活発な方であった。参考までにどのくらい の経費でこの町に一ヶ月滞在できるか訪ねてみると、少し考えてからマンションと食費代 あわせ20万円ぐらいでしょうと意外に安い返事が返ってきた。ちなみに三泊したクイー ンズタウンでは最近の不動産ブームで郊外の一戸建ては4,5千万円するらしい。お隣の オーストラリアでも住宅の値上がりは現在大きな話題になっているようである。

 最後のオークランドは二晩とも夜が遅く市内をぶらつ く気力・体力もなく、とりたて書き記すこともない。純 白の帆が彩る国際港町と謳われていても、夕方ハーバー ブリッジをバスで往復しそこから紺碧の湾内に停泊する 数百艘のヨットを眺め、それから中心地のイーデン山、 標高183メートルに行き、市街地を見下ろしただけで はその実感は全く湧いてこない。綺麗な夜のスカイタワ ーと最初で最後のお土産を買った免税店ぐらいしか思い 出に残っていない。それに1章で述べた大渋滞ぐらいか。 そうもう一つ書き足したいことがある。それはツチボタ ル見学から戻るとき、オークランド手前40キロあたり から中央分離帯2,3キロにわたりコスモスが綺麗な花を咲かせていたことである。花は どこに咲いていても旅行者ばかりでなく一般人の疲労回復、また健康管理・増進にとり最 高のセラピーである。

 雨が多いから雨具、レンコートは忘れないようにと出国前、また天気が変わりやすいか ら雨具の用意をと毎日のようにくどいほど注意されたが一日も雨に遭うことがなかった。 旅行中ずっとこんな最高の天候に恵まれることは珍しいと添乗員も今度の旅行を絶賛して いた。本当に幸いな旅であった。(了)