五月のカメラ旅:富士五湖
   (中島 節) -2005. 6. 1-



 先月は私のカメラにとり大活躍の月であった。 先ず14日はカメラクラブの撮影会(参加者23名)で「みなとみらいよこはま」に行ってきた。 そして17〜19日は家内と富士五湖。 それから一週間足らずの25,26日は仲間7名と裏磐梯の撮影ツアーに参加。 もちろんこの他にも早朝の霞ヶ浦湖畔へ3,4回出かけている。 今回は富士と裏磐梯の二回に分け紀行文を投稿します。

 「山中湖へ是非行ってみたい」との家内の希望から今回の富士山撮影ドライブはスタートした。 私も富士五湖のうちこの山中湖だけは行っていないので直ぐ話はまとまった。 最初はジパング倶楽部の3割引乗車券を使って行くことを考えた。 都内通過恐怖症にかかっているからである。 仲間にこの計画を打ち明けると、高速、首都高を利用して行きなさいと強く勧められた。 それもそうだと思いなおし地図を広げ丹念に交差点、分岐点を調べ自分なりの概略地図を作り、 三郷、高速6号、高速4号、中央道へとどうにか乗り継げたときの喜びは格別であった。 初台の手前で新宿方面へ数メートル入ってしまう。 でも運良く道路は空いていたのでバックし4号線に戻るというハプニングもあったが。 とにかくこれで都内通過恐怖症も治まったような気がする。 お陰で道路情報でよく耳にする、加平、小菅、箱崎、千代田トンネル、初台などの所在を知ることが出来、 道路情報が一段と身近に聞こえるようになった。

 都内通過には1時間ぐらい覚悟してくださいと事前指導されていたので、 堀切あたりから始まった渋滞はあまり気にならなかった。 県北の小学生を乗せた観光バスと抜きつ抜かれつつのびり進んでいると、 渋滞の原因は小型自動車の追突事故によることが分かった。 一車線通行の現場を過ぎ両国あたりに来ると、車は順調に流れだした。 途中守谷と石川パーキングで小休憩をとり、出発後3時間少々の10時30分、河口湖駅前に到着。

 案内所でエリアガイドマップを頂いた。 嬉しいことにこの地図には撮影ポイントがカメラ印で表示されていた。 約40年前、日立一高生一行36名とキャンプした本栖湖に向かった。 緑に包まれた紺碧の湖を眺めながら若かりし往時を思い出し、ゆっくりと昼食弁当を食べた。 電車、バス、徒歩でたどり着いた本栖湖でのキャンプ。 よくぞ蛮勇を奮って35名を引率してきたものだと今更ながら感激、いや驚きに浸った昼の一時であった。

     西湖より
 写真を一枚も撮らず、湖を一周してから精進湖に出た。 本栖湖に比べると規模は小さく、回りの景色もあまり魅力的でなく、 ここでもシャッターを切るチャンスはなかった。 太陽の位置、あるいは興奮、疲れがそうさせたのかもしれない。ここを一周し次は西湖に出た。 湖にボートを浮かべ釣りを楽しむ情景、青・緑・赤のコントラストが写真になりそうで やっとカメラの出番となった。

     河口湖より
 河口湖を素通りし目的地の山中湖湖畔の宿に駒を進めた。 疲れているので定刻より30分早めのチェックインとなったが若い女性に快く迎えられた。 この宿は次男坊に設定してもらっていたお気に入り「直前割引格安ホテル」を利用し見つけたものである。 10室しかないペンション風の小奇麗な静かな宿、 時々コンサートを開く芸術的な香りのする宿(オーベルジュ山中湖テラス)であった。 2階の部屋からは富士山が眺望できる。 泊り客は私たちだけ、風呂はどの風呂を使ってもOK、そして洋食が美味しかった。

     部屋の窓辺より
 部屋に案内されと直ぐ風呂へ直行、汗を流してから、持参の「ふなぐち」で喉を少し潤す。 湖畔に下りたが夕景がもうひとつ物足らない。 涼しい夕風に当たりあちこちしている間に、幾分顔の赤みが引いているのが感じられたので、 カメラポント平野パノラマ台に車を飛ばすことにした。 走っている車はまばらである。 このパノラマ台は観光地図にもカメラマークが付いているし、宿の若い男もここを推奨してくれた。

     平野パノラマ台より
 迷いながら峠に到着した時は薄赤い雲が湖面に少し残っていたが、 カメラを取り出すうちに薄暗い単純な雲の漂う夕景に変化してしまう。 数名のカメラマンが陣取っていたが誰も無口。 風が冷たく30分ほどで、明朝を期待し下山。 冷たい体を風呂で温めから7時半、1階の食堂に下りた。 食事をサービスしてくれる感じの良い若い男女はてっきり夫婦かと思ったら、以外にもそうでなかった。 裏磐梯のペンションのように、食事は奥さんに任せ、 旦那さんは写真撮影のツアガイドをして集客してはどうですかと提案したときにそれは無理な話、 どちらも使用人の身ですからと答えてくれた。 彼は自分の作品を絵葉書にしフロントに展示し販売しているカメラマンであるのを知り、 いろいろ彼から教えを乞うた。

 翌朝4時半に目を覚ます。急ぎ身支度し平野に急いだ。 既に3人の富士山通、セミプロがカメラを構い写真談義をしていた。 彼らは一つの質問をすると三つ、四つも答えてくれる口も八丁の連中であった。 絵葉書のような綺麗な富士山は撮れたが、なかなか雲の具合がうまくいかず、 もどかしさを味わい1時間ほどして宿に引き上げた。

     河口湖ホテル
 朝食後、忍野八海を回り、河口湖に出て久保田一竹美術館(家内が富士五湖を所望した最大の狙い)、 河口湖ミューズ(与勇輝の人形展示)で芸術鑑賞をたっぷりした。 それから外観の素晴らしい昭和天皇が宿泊されたという河口湖ホテルへチェックインした。 旧館はすっかり荒れ果て昔の面影はない。 富士山の見える新館の部屋に泊まったが、ここも客離れが進んでいるようであった。 日本人の宿泊客は私達だけ、あとは30人位のタイ人団体客だけだった。 食事も外部から取り寄せもので、ボリュームはたっぷりだがお義理にも美味しいとは言えない。

 翌朝5時頃起床、三つ峠・天下茶屋(日航機墜落で有名な御巣鷹山の近く)に急いだ。 河口湖の見下ろせる所から朝陽に輝く純真無垢な清清しい富士を十分カメラに収めることが出来た。 でも惜しむらくは雲が足りない。

三つ峠・天下茶屋より(1)三つ峠・天下茶屋より(2)

 朝食後、西湖近くの紅葉台に登ったり、鳴沢溶岩樹型を見たりしてから帰途に着いた。 途中思いかけずに山梨リニアカー実験見学地に立ち寄りシャッターを切ったが物にならなかった。 走行距離560キロ、4時30分無事帰宅。(2005-6-1)