1月も末になってくると、大学入試センター試験も終わり、
高校や大学では本格的な入学試験の時期を迎えている。
もちろん、筆者が受験をしていた時代は既に遠い昔の事となり、
最近では忘れてはいけないことまで、簡単に記憶から抜け落ちていく有り様である。
とは言うものの若い頃から記憶ものが苦手で、歴史の年号などがさらさら言える人や
電話番号を直ぐに覚えてしまう人が不思議でならなかった。
人の記憶の仕組みは、「短期記憶」と「長期記憶」に保持されて想起されると言うモデルがよく使われる。
短期記憶は数十秒で失われる情報であり、数字で7士2桁程度の容量しかないと言われている。
さしづめ、筆者などは数字を5個も覚えると―杯になってしまうのでないかと思われる。
一方、長期記憶は反復や学習を伴って定着していく記憶であるが、これも時間とともに忘れられていく。
忘却曲線という有名な実験心理学の成果があるが、これによると同一条件の記憶であれば、
睡眠を取った場合の方が覚醒時よりも忘却の進み方が遅くなる。
確かに徹夜の一夜漬けはあまり効果がなかったような気もする。
また、記憶は覚えた時と同じ状態にした方が思い出しやすくなる。
英語の歌詞のみを言う事は難しいが、歌えば思い出すという事である。
さらに、覚える際に記号とかイメージ等の状況依存で記憶すると想起しやすく、
忘れる速さも遅<なると言われている。
長期記憶のもう一つの捉え方として、「顕在記憶」と「潜在記憶」という区分がある。
前者は通常の経験した出来事で、直ぐに想起されるものであり、
後者の潜在記憶は、言葉の意味とかシンボル化した知識とか
「泳ぐ」とか「計算する」と言った動作的な手続きに関する記憶が該当する。
その意味では、日常生活で最も多<利用しているのが、潜在記憶の部分であり、
勉強した成果の多くはこの記憶に保存されることが期待されている。
ただし、学校を卒業するとすぐに懐かしい思い出だけになってしまうのは、
顕在記憶に留まっていたためかも知れない。
記憶の機能自体は、コンピュータのメモリとのアナロジーで理解することができるが、
脳の中で記憶を司っている物理的な場所は分散しており、気分に依存した記憶を再生することが多い。
一般の人にとって記憶は、自分の人生の様々な出来事について感情を伴って思い出すものであり、
また、自分が作り出したり、選んだりした情報を記憶すると効率的に思いだせるものである。
あまりに記憶力のよい人は何かを思い出す時には、一緒に関連する情報やイメージも引き出してくるので、
本を読んでも集中できないことがあるらしい。
逆に悲惨な体験を持った人は、いわゆるトラウマとなって情動を伴った通常とは異なる仕組みで記憶される可能性もある。
必ずしも記憶の維持能力が高いのが良いわけでもなさそうである。
新しい多<の情報をスムーズに記憶に収め、いやな記憶を消し去るために、
記憶が忘却の河を渡り、新たな再生を期すのは、人がうまく生きていくために必要不可欠な仕組みである。
(了)