人の生き死にと…桜
   (沼田 吉治) -2004. 4. 8-


 桜の花の時期に逝きたいなと言ったとおりに亡くなった人のことを何かで読んだことがありますが、 またこの時期に訃報がありました。 私の大変親しくしていた人も半年の闘病生活後、 桜のこの時期に癌で亡くなった8年前を鮮明に覚えています。

 苛酷な冬が明けて新しい生命の息吹を象徴するかのように咲き誇る桜ですが、 私には何故か華やかさの中に死の影が見えてくるように覚える最近です。 日本人にとって桜ほど特別な感情で受け入れられている花はないと思います。

 ソメイヨシノをはじめとするいろんな桜は文化の熟した江戸末期に品種改良されたものが多く、 それ以前桜といえば「山桜」のことだそうで、 有名な「敷島の大和心を…」の歌も山桜花で終わっています。 もっともこの歌は、桜のようにパッと散るのが大和魂だと若者を特攻隊に仕上げるのに利用され、 敷島隊、朝日隊とかいう名前で多くの若者が散りました。

 そんなわけでもないでしょうが、 どうも桜の散る状況に命のはかなさを感じてしまうのでしょうか。 いずれにしても桜の時期に何故か落ち着かなくなるのは、 いろんな意味で私ばかりでないと思います。

 人の生き死には天命で、もうこの年になると順番の差だけと思ってはいますが、 それにしてもちょっと早すぎた… あの腕っ節、喧嘩が強くそれでいて男気のある斉藤正巳くんの順番が先だったとは… それも桜満開のこの時期に…

 最近、「生きているうちの辞世の句」という本を買いましたが、 その中に「告知あり介錯無用寒椿」という句があり、印象に残りました。 いざというときそんな落ち着いた心境になりたいと思っていますが、どうでしょうか。

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 餞に艶やかさの中に寂しさの漂う(私の主観ですが…)桜の写真を添付します。 水戸偕楽園の「寒緋桜」といいます。

 私にもいずれは来る順番ですから、 その時には黄泉の国で同窓会を盛大にやりましょう。どうぞ安らかにお休みください。(合掌)