勘太郎一代 (沼田 吉治) -2004. 5.11-


 ペットを私自身が好きでないせいか、いままで飼った種類、年数が少ないのですが、 印象に残っていることを記します。

 上の娘が高校1年の時、 新しくできた友達の家から雑種のオス犬の子供を自転車の荷台の段ボールに入れて持ってきてしまいました。
 お定まりの言い訳…ちゃんと面倒見るからは最初の1週間、 下痢ばかりしている子犬の世話係りは家内、そして散歩の係りは私となったのはすぐのことでした。

 娘のつけた名前はなぜか「かんたろう」、 そう言えば音だけで漢字の命名はなかった気がしますが、 私には年のせいか「風か柳か勘太郎さんが〜♪」のメロディーが強く、 いつのまにか犬小屋にもしっかと勘太郎の名札がつきました。

 根が余り好きでないのを勘太郎は充分察知して、私には全然 懐きませんでした。 尻尾を振るのは朝散歩に連れていく時だけ、帰ってくれば知らん振りの現金なもの、 時には夜帰ってきた時に私に向かって吠えてきたりして、 いらいらしている時などは飼い主になんと言う態度だと本気で蹴っ飛ばしたりしました。

 散歩時の糞の始末…今いろいろと問題になっていますが、 何せ田舎のこと 私は小さなスコップ持参でその場に穴を掘って埋めました。 それにしても、臭かった、特に下痢の時などの臭いが強烈に残っています。(失礼)

 この勘太郎も3年ほどでフィラリアに罹り、 玄関に入れて看取ったのですが痙攣を何度も起こして壮絶な最後でした。 予防注射はしたのですが、獣医の話ではそれ以前の罹病で防ぎようはなかったとか、 症状が悪くなるたびに何度も獣医に注射を打ってもらい、 それが結果的に長いこと苦しませてしまったかもしれません。 やはり動物とは言え、死んでいくのを見送る別れはつらく、 その後我が家では犬を飼う話しは出ませんでした。

 それ以前、下の娘が幼少期に自分が大好きなウサギの分身であると思い込むような時代があり、 数年ウサギを飼いました。 一匹目は小さなうちに近所の飼い猫に噛み殺され、 もう飼うのはよそうねと言っていた矢先、猫の飼い主がお詫びにとまた子ウサギを持ってきてくれました。 この2匹目は大きくなってウサギ小屋まで造り、やはり3年くらい生きた記憶があります。

 それと手乗り文鳥、名前の通りよく慣れて一家の人気者、 すごく殖えたので何代目かは分りませんが、テーブルの下にいるのを私が気付かずに踏み付けてしまい、 泣いている娘に本当のことを白状できなかったことを覚えています。

 40代、50代と海釣りに夢中の頃、淡水常温ですが60cmの水槽にタナゴ、コブナなどを飼っていました。 ある時釣った黒鯛の子供「チンチン」を入れておいたら、 相当長い間生きていてその生命力の強さに驚きました。 死んだら塩焼きにと思っていたのですが、約1か月近く経ったのでさすがにやめました。

 因みに黒鯛は30cm未満位をカイズと言い、さらにそれより小さく掌サイズはチンチン、 秋口に海から那珂川、涸沼川と上がってきたのを生きた小エビで釣ります。 型は小さいながら、その強烈な引きは釣り人を魅了します。

 以上が我が家のペットの記です。 飼うことの煩わしさが嫌というのは、やはり本質的に好きではないのでしょうか。
 特に猫は好きになりません。あの目に何か隠れた怨念を見るような気がして…。 と言いながら河原の石ころに描く対象は、目で特長の出せる猫が一番無難なため、 どうしても出来た作品は猫が多くなっている現状です。(了)