息も絶え絶え…女峰山(日光)
   (沼田 吉治) -2005. 6.28-



 日光連山を東側から見た場合、右の男体山の左側に連なる山並のピークが女峰山2483m、 栃木特産の苺の品種名になった山で男体山の女房の位置付けで付いた名前とか、 因みに男体、女峰2峰の子供として太郎山、大真名子山、 小真名子山の連山の名前があるといわれています。 あの地域に入るとイヤでも山容が目に入り、ぜひ一度と思っていたのですが、 梅雨の晴れ間の6月25日(土)やっと登攀の機会がありましたのでご報告。

 さてメンバーですが、近所に住む山の会の会長で82歳、 それに私と余り変わらない年代の女性ふたり、合計4名。 この時期 夜明けが早いので、自宅を4時15分に出て途中で乗り合せ、 早朝の空いた道路をすいすいと、7時には戦場ヶ原を走っていました。

 7時30分に悪路の林道の路肩に駐車して出発、もうここは1700mの標高、 一般的に高度1000mで約6度気温が低くなるといわれておりますが、 いくら涼しくても歩き始めればやはり噴出す汗、昨夜余り眠れなかったせいか、 出だしの体調最低、いつものように何とかなるとそれでも慎重に歩を進めました。 今を盛りのつつじ類、少し終わりの石楠花、そして栗田君の写真投稿にあったイワウチワの親戚、 イワタバコが満開、BGMは鶯と郭公…何とか元気付けられて10時10分唐沢小屋に到着、 ガイドブックでは120分くらいがなんと160分もかかりました。

 この頃からガスが立ちこめ始め、降りてくる人の話では頂上付近はガスの中、 西側太郎山側は晴天とか、 ここは霧の名所霧降高原に連なる場所だから地形的にも当たり前なのかも知れません。 さてこの唐沢小屋から山頂までが大変、ガレ場と急登で60分、 ガイドブックでは30分の筈ですが、 さすが元山男の会長も息が切れて何度か立ち止まって呼吸を整えていました。

 山頂は一面のガスの中、 時折すうっと一瞬ガスが晴れて回りの景色が見えるのも束の間、乳白色の世界です。 お定まりの昼食、帰りの行程を考えて冷えたビールもいつもより控えめにし、 約40分の滞在で下山を始めました。 ところで、当日出会った登山者2、30名ほどの年齢構成を見ると若い人が半分、 後は中年から私たち世代かそれより上、さすが会長の80歳代は見かけられませんでしたし、 女性も3割くらいでした。

 帰路も大変でした。延々と続く岩だらけの下り道、 よくこんな所を登ってきたなと感心しつつも、 だんだんと脚が がくがく、終いには攣り始める始末です。 後ろから聞こえ始めた雷鳴に急き立てるように車に戻った時は、午後3時を回っていました。

 帰りのハンドルも握らなくてはならなかったので、車に乗りこみしばらく走ったら、 さあ大変!右足が攣り出しました。 これから降りてゆく日光いろは坂の下りでブレーキペダルが踏めません。 途中で車を止めて湿布薬を貼りマッサージをしたりして何とか治め、 なんやかんやで午後7時になりましたが何とか無事に帰宅できました。

 さて、ここからが後日談、私は次の日は脚の痛みと身体のだるさで半病人、 脚の痛みは3日間続き、階段の上り下りで悲鳴を上げました。 82歳の会長は、「翌日、膝に少し違和感がありましたがサイクリングに出かけて調整しました」とか、 同行の女性も翌日仕事に出たとか、日課のプールで筋肉を調整したとかの話ですから参ります。 ここの所、楽な山ばかりだったからとか当日体調もいまひとつだったからなどと自分を慰めてはいますが、 自信喪失もいいところです。

 結論、山ではいままでの経験、普段の鍛錬で年齢の壁をはるかに超越できること、 悔しくても もう体力120%の山登りでなく、 余裕を持った80%くらいの自分に合ったコースを全うすればいいかと思うようにすること、 以上息も絶え絶えで登った女峰山の反省紀行でした。

 写真は、疲労困憊、山頂の64歳と斜面に咲くイワカガミです。(了)
山頂にて イワカガミ