近況報告 (沼田 吉治) -2003. 8. 1-
しばらくです。昭和35年卒業以来44年、永い年月の間に皆さんがそれぞれ社
会の中で充分活躍されたご様子を読ませていただいて、私の今までをお話する
のも何故か気が引ける思いです。
大学を卒業する時になって、駒王中学でやった教育実習の体験から教職を目指
す気持ちになり、県立高校に赴任も決まっていたのですが、人生の大きな転機
はチョットした手違いから起き、結局は読売新聞の広告を取り扱う水戸の小さ
な会社にコピーライターとして入社しました。しかし現実には営業、デスクな
どと経験し後半はデザイン部の責任者として取締役に抜擢されたのがまた大き
な転機の始まり、当時社内にできた労働組合との折衝で、身分は会社側、気持
ちは組合側というジレンマに悩み、34歳で退職しました。
その後、親会社が建設関係のサービス業の小さな会社に広告企画担当として入
社し、右肩上がりの高度成長期に乗って、社業も順調にホームセンター、郊外
型レストラン、ドライブインと30数店まで拡大しました。しかし、あの寒い夏
を契機としたいわゆるバブル崩壊の影響をもろに受け、親会社も銀行管理にな
り、新しい業態への転換策から58歳でまた小さな子会社の社長で出向、生来の
気弱さがここでも現われ、心身ともに特に心の方がやられ、敢え無く半年でリ
タイアしてしまいました。
在職中は、休まないことが美徳のような社風でしたが、それでも週1回くらい
やりくりした休日は、海釣り、山歩きと十二分に活用し、退職後も暇を持て余
すことはなかったのですが、中途退社の不利益その他から老いの生活費の一部
稼ぎにと3年前からこれもまた小さな電機メーカーでアルバイト、退職後に覚
えたパソコンで新製品のパンフレット作りなどをしている現在です。それでも
残業ナシの時給商売、休みは好きなだけ、何よりも売上など気にしなくていい
気楽な稼業で、思い切り仕事以外のことに精を出している毎日です。
29歳の時に結婚、娘二人は嫁ぎどちらも近くにいてたびたび帰ってくるのはい
いのか悪いのか、女房は大学の後輩で美術科、ずっと油絵をやっていてこの地
域では私なんぞよりずっと名が知られており、「沼田さんの旦那さんです」と紹
介されるのには参ります。住まいは27年位前から水戸の郊外に小さな家を建て
て住んでいます。
現役時代の仕事がすべて途中放棄で完結しなかった負い目から、今はいろんな
ことに挑戦し、少し趣味を整理する必要性に迫られている状況です。山歩き、
海釣り、温泉めぐり、俳句の会、カラオケ、10坪ほどの市民農園、石ころ絵、
また水戸市観光ボランティアとして偕楽園で観光客の案内などもしています。
振り帰ってみますと、すべて中途半端な今まででしたが、お陰様でこれといっ
た大病もすることもなく、ここまで来れたことに感謝し、これからは残り少な
い時間を、束縛されることなくいろんなことに挑戦しながら走り続けようと思
っています。
しかし、戻れることならあの「白亜節」の時代のスタートラインにもう一度立
ちたい………。(了)