「河原子の海水浴場」
(辻井 敏彦) -2003.11.17-
サラーリマンになってから10年を超えたころ、多賀の河原子海水浴場へ
昔 (中、高学生時代) の景観を想い浮かべながら訪ねたことがあります。
(海水浴シーズンではなくて確か5月でした)
そこには、期待した思い出とは違う海水浴場がありました。
昔は砂浜に、ところ狭しと多くの"海の家"が並んでいましたが、その付近には
立派な防波堤が設けられ、その分だけ思い出の詰まった白い砂浜が少なく
なったように思われます。
そして道路が海岸線と平行に横たわっていて幾台かの自動車が猛スピードで
走っていました。
河原子海水浴場の思い出は、お袋が握ってくれた海苔の巻いた梅干入りの
おにぎりを持参して、海水パンツに履き替えると太陽に反射しきらきら輝く砂の
熱さに堪えて水辺まで走り、そして引潮になると海岸から数10mほど沖に出現
する数多くの大小からなる磯(オオシマ)に渡り、そこでは蛸、緑と紫"うに"を採り、
様々な海草の揺らぎを見て、潮だまりに熱帯魚のような小魚が泳でいたことなど
なつかしく思い出は書き上げればきりがありません。
防波堤や道路の影響とは思いませんが、これらの思い出の幾つかは消えて
しまったような印象を受けました。
これに同じようなことが、あちこちに沢山あると思います。例えば
京都嵐山の
「渡月橋」について戦前と今を比較してすると、戦前は写真から
見ると自動車がやっと1台が通れる程度の幅ではないかと思います。
それに対して今の橋は両側に2m歩道が設けられ、そして大型バスがすれ違います。
"何かが生まれ便利になると、その代償として何かが消えてしまうのではないか"
これは、時代の流れなのか最近はいろいろと考えさせられます。(了)