一番長く乗った愛車
ダイハツ シャレード デトマソ
当時わたし自身が仕事などに恵まれていて、175万円のキャッシュで購入することができた車である。
(かっこイイ。あの時代のわたしはいづこへ・・・^^;)
実は、幼少期からずっと赤い車というかスポーツタイプに憧れていた。
もちろん、わたしの収入ではランボルギーニーカウンタックなど夢のまた夢。
せめて慣性の法則にのっとって、加速する瞬間に躰がグッと後ろに引っ張られる体感がしたくて仕方なかった。
最初から数えて、4台目であり最後のマニュアル車だということも印象に残っている。
もちろん、「新車」購入も初めてのことである。
5ギア、ハイトップというのも初である。
普通車への乗り換えも初体験(笑)
当時住んでいた、ワンルームマンションの1階部分下のガレージに駐車場があり、不動産屋の「無料」というご好意で確保していた(大家が遠方のために出来た裏ワザ)。
赤い車は、陽に当たって色あせ易いので今がチャンスと思って購入したのであった。
| 自分が欲しいと思う対抗車種だったので、価格競争に持ち込みたかった(排気量は1500cc)。 実家の母に見積もりさせたら、すんなり一発で175万円という割引した価格が掲示された(独り暮らしの女だと思って馬鹿にされたらしい^^;)。 スタイルとしては、オートラマのAZ−3のほうが大きくて気に入っていた。 が、検討の結果というか会社の後輩が乗っていたため断念する。 |
やっぱり名の知れたモノが装備されているのが気に入った。
1.レカロのバケットシート。
2.ナルディのステアリング。
3.タイヤとホイルは、ピレリである!
たかが3ドアかもしれないが、なかなか標準装備でここまで付いているものはそうそう日本車にない。
が、しかし!ステレオとエアコンがオプションであったのである(笑)
ステレオのスピーカーを4つにするか2つにするか迷い、エアコンをマニュアルにするかオートにするか迷った。
結局、バイザーを付けさせ、2スピーカーでオートエアコンをオプションに選んで見積もりさせた。
これからが見せ場(謎)となるところであろう。
若かったわたしは、当時交際中の彼氏に同伴してもらい交渉にあたったのである。
知人の車で見つけて依頼気に入っていた、フットランプをサービスで付けさせた。
同時にシガ−ランプも付けるよう指示した。
女が独りでフラフラするのだから、と言ってブースターケーブルなどセットされた工具一式(ジャッキは標準化)を用意させた。
フットマットも無償にさせた(バイザーとマットが愛車セットと名打っているディーラーもあるようだが)。
何度かその店にオイル交換をすることになったが、「私が責任を持ちます」と言った担当営業マンは退職していた(笑)
2年未満で3万キロを超えたので、タイヤはブリジストンに買い換えした。
(嗚呼、ピレリよ・・・)
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3年車検を目前にひかえたある日、帰社途中通い慣れた道にて・・・
そこの交差点は、わたしが通行する「青」の時間が短時間であった。
緩やかなカーブを描きながら、交差点へと侵入していくかたちとなる。
ABSも装備されていない車なのに、してはいけないことをしてしまったのである。
すべての条件が揃っている。
冬場で辺りはすっかり暗くなっており、雨が降り出したところであった。
信号機が黄色に変わる前にアクセルをふかして、緩やかなカーブへと突入していき、ハンドルをきりながらブレーキングしてしまった。
このまま対向車の1ナンバーのトラックに突進していくのが安易に予想できた。
思わずハンドルを逆方向にきってみたが、ロックして車体は180度方向転換して電信柱に激突してしまった・・・
赤信号で停車した車の中のおばちゃんがガラス越しに、「大丈夫ですか」と慌てて言っている^^;)
とりあえず、生きていたので「大丈夫です」と答えてみせるが、愛車のボンネットが歪んでいるどころでないのが躰のことより悲しかった。
携帯電話など所持していなかったので、斜め前がコンビニの公衆電話で連絡する(歩く手間が省ける)。
男性2人に破壊されたデトマソを移動してもらう。
コンビニの店員に断って、イってしまった愛車を一泊させることにした。
翌朝回送車にて、知人整備工場へと引き取ってもらうこととなった。
数日後・・・
修理代金の見積もり金額は、およそ60万円であった^^;)
もちろん、廃車依頼をした(前々から乗り換えを考えていて、下取り価格も50万円と知っていたため、車両保険をもらおうと思ったから)。
反省・・・
カーステはともかくとして、ナルディのステアリングとピレリのホイルは廃棄せずにもらっておくべきだった。時間があれば、もちろんバケットシートも・・・