お仕事奮闘記
飲料メーカー ダイ○ー○リンコ
当時勤務していた会社は、自販機をメインにして、全国展開している飲料メーカーであった。
そうは言っても、飲料メーカーはたくさんある。
メーカーでは珍しく、自販機を有償にて貸し付けを行っていた。
勿論、無償貸し付けも行っているが、それだけ自販機の差別化に自信を持っているのだ。
60セレクションという多種類のアイテムをセッティングできる自販機があり、160ml・タル缶がセット可能である。
A社では、160ml缶の販売はされている。
またU社では、店頭などでタル缶が販売されている。
しかし、両社とも自販機のセットは行われていない。
160ml缶やタル缶などは、セッティングする場合、不安定で缶立ちを起こし易い。よって自販機内のラックをアジャスターのようなもので、支えておかなくてはならない。
最近ではずいぶん見られるようになってきたが、少し前までその会社とC社くらいしか、200V(三相電源)の飲料自販機は設置されていなかった。
このC社は、一部の地域で、売切・故障等を営業所やトラックに知らせる TIME・d というシステムを導入し試験的に行っている。自販機にPHSを内蔵し、管理しているらしい。自動車メーカーとの共同開発とのことだ。
決算で I
社は、売り上げ実績の伸びを飛躍的に見せつけた。ヘルシー志向が強い現代人からのニーズからであろうか。お茶ブームはまだまだ去ることはないだろう。
また、A社はノンシュガーでも売れ筋ではあるが、ノンシュガーの甘味料を押さえているのは、K社である。一時K社が甘味料を出し渋り、A社某商品が品薄となったこともあった。
簡単なメーカーの見解や近況などを述べたが、これからの課題は自販機を所有している飲料メーカーは、500mlペットボトルのセッティングであろう。
実際、コンビニに500mlペットを置けば、それだけで売れる。よって市場なる自販機でもその現象は起こりうるのである。
セッティングとひとくちに言うが、自販機の技術的な面だけでなく、その背景には条例やリサイクルといった環境問題が絡んでくる。
しかしながら、一部地域での試験的販売も終わり、ある程度のペットボトル回収システムが確立されたのだろうか、昨今では軒先などに随分セッティングされている自販機を見ることができる。
-------事務員として働くわたしには、ほとんど関係ない話題だった(^^;)
4月下旬、暇と底をつく預金を心配してか新聞の折り込み広告をながめていたのだ。
市内の営業所にたった1名の求人募集である。今ほどの不況じゃないものの、もう女子には就職という氷河期が到来していた。
週明けの月曜日に、電話にて面接を取り付けることができた。
木曜日に面接が予定され、それに合わせて一度場所をチェックしようと車で確認した。
当日は、年老いた課長と係長なる方の2人の面接であった。
わたしの前に面接を行っていた若いコを見て、落胆した。
履歴書を渡し、とりとめのない普通の面接のみであった。
係長が「女子は、転勤はありませんから」と言ったのを今でも覚えている。
しかし、このあとわたしは2回、転勤の辞令を受けたのであった。
なにを勘違いしたのか、およそ1週間したのち採用の電話が留守電に入っていたのだった。
それと同じ日に、人材派遣のキャリア○タッフからも「ご希望のお仕事が見つかりました、・・・・」と連絡が入っていた。
電話の順番とネームバリューであろうか、飲料メーカーを選択してしまったのだった(もし、キャリアに勤務していたら、運命がまた変わっていただろう)。
わたしより5歳若い事務員との共同なる仕事を行ったのである。
わたしの嫌いなタイプだった。しかし、仕事の上では先輩であり、女性2人きりで勤務時間を過ごすのである。
彼女のイイところもあって、それなりに叱られながらフォローしあいながら仕事をしていった。
仕事さえ覚えてしまえば、有給を有意義に使おうということで交代で休暇をもらったものだった。
1年と8ヶ月が経過し、支店から電話が入った。
5時過ぎても、帰らないで待っているように・・・と。わざわざ内示するために、係長が知らせにきたのだった、というより決定じゃないようで「今、通勤時間は何分かかる?」といった感じに牽制してきたのだった。
わたしも若干飽きてきていた頃だった。
次なるは、県庁所在地のある市内にて勤務するに至った。
派遣が長かったせいか、勤務地の移動はさして気にならなかった。
通勤時間が40分といくぶん長くなったものの、それは苦痛と感じなかった。
女子事務員2人とパートのおばさんが1人の3人で、事務仕事を消化していくのであった。
毎日の残業、日々の仕事の忙しさに嫌けがさす。
いくぶんかわたしの仕事量が多いのではないか、とさえ思ってしまった。
電話を取るのも決まっている訳ではないので、なんとなくそれさえわたしが応対しなければならないようだった。
2Fのお偉いさんたちの目も、かなり気をもむ要素であった。
支店長などの目の届かないところでは、公然と行われているちょっとした規則もなんのそのだったが、ここではそうはいかない(^^;)
独立採算性ではないが、営業所ごとに売り上げ/経費を管理している為、定期的にまたなんの連絡もなく内部監査が入ることがあった。
東京の事業部の監査課なるとこの人がやってきて、伝票やらいろいろな帳票類をチェックしまくるのである。
その作業は、3日〜5日続けて行われるのである。
新米くんの場合は、ちょろまかすことなんて訳ないのである。
しかし、神経質で有名な課長はそうはいかないのであった。
何度目かの内部監査の日、わたしはウトウトと居眠りをしてしまい、あろうことかそれを見られてしまった。
というのも、そんな大切な時期だというのに毎晩ストーカー(謎)に自宅及び電話を攻撃されていたのだった。
ある時は、朝目覚めると自家用車が止めてあるはずが、忽然となくなっていたときがあった。
電話は、コードを抜けば済むことだったが、自宅をドンドンとノックされる音はどうにもならない。
そうして、わたしは課長から目をつけられ、直属の上司にも咎められたのであった。
またわたし自身のプライベートと、このことが発端で、遠い勤務地への転勤を強いられることとなったのである。
ここまで来ると左遷以外のなにものでもない。
しかし、根性で通勤した。電車での通勤も考えたが、駅までの道のりや乗り換えを考えてもトントンだったので、車で通勤することを選んだ。
通勤費は3万5千円以上手当として、支給されていた。
ここは、相棒の事務員も出産明けの転勤で嫌や思いをしている。
内容は違うものの、左遷先といったとこだと思った。
お互い渋滞しているときは、1時間半かかっても着かないときがしばしばあった。
嫌なことばかりかというと、それがそうでもない。
研修や出張で、普段は電話で会話しているあちこちの事務員と親しくなることもある。
一番の旨みは、清涼飲料の配給であろう。
暗黙の了解と言ったところであろうか、季節の変わり目にセッティングを切り替えるときのおこぼれをもらえるのである。
千葉の勤務しているときは、仕事内容や流通の規模が大きい為、コンビニエンスからの変形缶が多量に在庫としてあるのだった。
当時の金額で、44円にて社販可能だった。
スーパーなどで特売をしない為、正缶での社販は88円と他のメーカーよりいくぶん高価だ。
お客のところから、こっそり引き上げてきてしまう営業マンからもらうこともあった。
この変は、いかに社内の方と親しくなるかに関わってくる。
退社したのちでも、わたしは飲料を求め通うことがある。
最近、営業所に顔出してないな〜。
まだ暖かく、迎えてくれるだろうか(謎)