お仕事奮闘記

派遣OL その2 埼玉県江南町ZEX△EL


HIVAC(ヒーバック)開発といっただろうか、そこの部署名は(謎)

女性が少なかったことやわたしが若かったこともあってか、ここでもそれなりに可愛がられた。
わたしと事務のおばちゃんの、たったふたりダケである。
でもそこの部署は、ハズレ者の集団であるという風潮もその工場内であったようだ。

部長は、寡黙なロマンスグレーなるタイプだ。
そこにわたしと社長が赴いたときに面談したのは課長であった。この課長も早稲田卒のホントはデキる人らしい。しかし、「飲んだくれ」がたたってか出世コースから外れてしまったということだ。
事務のおばちゃんもデキたお方で、昔はもっと秘書部門でバリバリやっていたらしいという噂だった。
今は定時で仕事が終了するとこで、信用を得ながらもぬくぬく(謎)と仕事してるようだった。
わたしをロッカーに導いてくれた。給湯室の利用も簡単に説明してくれた。

この部屋には、わたしと同じ会社の人間しか「外注」として派遣されている人はいなかった。
なにも分からない新米のわたしもなんとかヤれそうだ、という配慮を社長がしてくれたんだと思う。
常にこの部屋に3人を派遣しているようだった。
工場内の他の部署には、まだまだ数名派遣しているとのことだった。

ここでもわたしは、多感なOL生活を送ったのである。
この工場内に勤務している同じ派遣元の会社の人と、恋に落ち交際していた。
ほとんど会うことは少なかったが、たまに食堂で食事をするときに見かける。
また、彼のデスクの近所ある大型コピーを要するときに会うのであった。

交際中の人と仕事場でしゃべるのは、なんとも恥ずかしくイヤなことだ。
たまにコピーをしていると、必ずわたしを見つけてからかうのである。
その付近の女性社員と親し気にしゃべりながらでも、わたしに話しかけてくる。
思い過ごしか、上場企業の彼女たちはわたしより可愛く思えてしまうのであった。
もちろん、嫉妬してしまう。これもちょっぴり自分を嫌にしてしまう。

彼はGパンにさせなければ、スタイルが良く見える。
スーツが良く似合うのである。
ストレートな髪もいいが、パーマを緩くかけた様もかっこ良く見えた。
軽い営業慣れしたトークも女性を揺るがす要素だったのかも・・・
嘘かホントかどっかでホストへの勧誘なる声がかかった、ときいたことがある。
ひとつ1つの仕草がなんとも、言い換えればキザでサマになっていた。

ある日のこと、課長と待ち合わせして東松山にある工場へと出向くことになった。
そこで社員に代わって端末入力の作業させてもらえるらしい。
設計やトレースとは関係ない仕事であるが、OA機器に目のないわたしとしては「いいかも」くらいに思った。
なによりも違った環境に出向しときどき仕事できる、ということが新鮮で楽しいと思った。
女性社員も丁寧に教えてくれた。その上司もホットなイメージである。

そこでの引継を終えて、工場にわたしの乗用車で課長と一緒に帰社することとなった。
なんともふたりっきりとは、ちと辛い。
助手席が土足厳禁にしてあったのを知らせることもできなかった。
課長はなにを思ったか、自分のことを話し出すのである。
お酒が好きなことなど・・・
少し前にわたしの歓迎会として、東松山にてお寿司屋とスナックに招待してくれたときの話題にもふれたのだった。
察するところ、わたしに好感を抱いてくれたようだ。
わたしもオヤジ臭くないスレンダーさなど、好印象だという記憶がある。
ただ、眼鏡の裏に何を考えているかわからない様子を除いては、である。

本格的に部として仕事の稼働が高まってきたのか、大型コピー機の導入がされた。
前回の出向で毎日つきあっていた、コピーと同じ仕様のものである。
ここで「紙詰まり」の処理を必然的に強いられた。
わたしの前の席にいる、新潟出身でおぼっちゃまらしい成蹊出の方についてトレースなどの仕事をしていた。
ここで初めてCADというOA機器を使用しての仕事をしていくこととなった。
ドラフターで描くことに鍛錬している男性陣とも、これなら一緒に仕事ができる・イケルといった感覚だ。
少しづつ操作を覚えていく。
隣りの部署には立体なる3Dが導入されているらしいが、限られた人しか触れないこと・難しい、と言われて残念でしかたない。

この会社での生活は、3ヶ月であった。
無理がたたってわたしの自己管理不足により入院してしまったのである。
それというのも、若さとバイタリティに過剰な自負を抱いて本業以外の仕事を2つ掛け持ちでおこなっていたのだった。


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