ニオイの記憶


 自分が思っているよりも、嗅覚による記憶が確かだ、と 感じたのは、おそらく中学生のときだったと思われる。 その当時の憧れの先輩がつけていた、よくわからないが、 ニオイのするもの。整髪料か、はたまた、コロンか。 そのニオイであった。今でもなんのニオイかは不明だが、 先輩が卒業してのち、街(町?)でそのニオイを感じたときに 「あ!これは**君のニオイだ!」とすごい勢いで思い出した。 それまでは嗅覚をあまり意識したことはなくて、 自分でも予想外の正確さに驚いたりしたのを覚えている。

 人間、最後まで残る感覚は味覚らしい。 よぼよぼのおじぃおばぁになっても、味だけはわかるらしい。 母の実家は海の側なのだが、もう十何年か前に亡くなった 母方の祖父が、他界する直前までやはり味覚がしっかりしていたそうだ。 病院食で出される魚には口をつけなかったのに、 母が地元で買った魚を出すと、あまりはっきりしない意識のなか、 美味しそうに食べたそうだ。普段は視覚聴覚のみ意識しがちだが、 やはり五感なのだな、とか思ったりして。

 一度会っただけの人でも、なにかしらニオイがすると、 それは記憶として留まっている。あくまでもニオイ、匂いである。 臭い、ではないので、あしからず。初めて会ったときなどは、 あ、ニオイがする、という程度にしか感じないが、 後日会ったり、また、同じニオイを感じたときに 「あ、これは**さんのニオイだ」と、その人を認識するのである。 自分の記憶のなかに、ある特定の人物や物のニオイとして 埋め込まれるのである。

 そのニオイは様々で、整髪料やシャンプーであったり、 コロンであったり、はたまた、その人の体臭であったり。 そのニオイを感じると、ああ、この人なんだ、この人が ここにいるのだ、と安心する。確認作業を無意識に行っている。

 仕事帰りにふと思ったのだ。いろんなニオイがある、と。 八百屋のニオイ、ちょっとした果物の甘い香りがする。 花屋のニオイは、鼻を心地よく刺激する植物の匂い。 自転車のとおりすがりのオニイチャンのタバコのニオイ。 おっさんのしみるような整髪料のニオイ。 定食屋の前はほのかな醤油と出汁のニオイ。 川縁は水と緑色のニオイがする。 私はそうやって自分の周りを確認する。記憶の照合をする。

 貴方のニオイは甘いシャンプーと、身体のニオイ。 次は、いつだろう。胸が苦しい。 そのニオイが私に届けば、きっと、ばからしいくらいに 落ち着くのに。




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