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昨日のよもぎ追悼、お焼香メールを送ってくださった 皆々様に感謝いたします。ちぇりちゃんのトコから飛んできて くだすってた方が多かったご様子で、見慣れない方や、 チーンチーンチーンと連打してくだすった方、 きゃぁ!こんな方まで!という様々な顔触れ。嬉しゅうございました。 よもぎもうかばれることでせう。よもぎから、サヨナラメールが きました。仕事場で泣きました(苦笑)。感謝感謝。 ちぇりちゃんに送ってあげたらまた泣いたそうです(苦笑)。 ポスペに泣かされる二人。 昨日、9月16日は私の母方の祖母の命日だった。 何年経ったか覚えていなくて、仏壇にお線香立てながら お母さんに「何年になったんだったかなぁ」と聞いたら、 「もう丸15年よ」と感慨深げな声で返してくれた。 たしか日曜日だった記憶がある。私はまだ小学生だった。 もうその頃祖母は腎臓などを 患っていて(詳しい病名や病状は覚えていないが)透析などを していて、入院をしていた。入院先が近かったのもあって、 よくお見舞いに行っていた。前日、9月15日は敬老の日だった。 もうその頃は母に云わせると、あまり頭の方もハッキリ してなくて、そろそろなのかな、という感じだったらしい。 しかし、私たちがお見舞いに行ったその、敬老の日は 意識もハッキリしていて、幾つか言葉を交したのを 私は今でもとてもよく覚えている。あのときの光景を とてもよく覚えている。逆光の病室。祖母の笑顔。 その翌日、私の記憶では日曜日。新聞を眺めていたら、 母が誰かと電話をしていて、あれ?と思った。 何か良くない言葉が耳に入った気がした。私が不信そうに していたら、母は「あのな、夜中におばぁちゃんが亡くなったんよ」と、 とても冷静に、しかし悲しそうに私に告げた。 そうなのか、と私は気丈なフリをしたけれど、 私の読んでいるフリの新聞には涙がパタパタと落ちた。 その前年に祖父を亡くし、自分も後を追いかけるように、 祖母は力尽きたのだと思った。私が大好きだったあの 祖父母のいる夏の風景は一生私の目の前には現われなく なってしまった。私の中で大切な思い出が、本当に 思い出の中だけのものに変った瞬間。そのときまだ存命だった曾祖母は ポツリと「私より先に逝くなんてねぇ・・」と呟いた。 あれから15年。祖父母のいた家はもう建て直し、 あのときの面影はほとんどない。しかし、今も私は鮮明に 思い出すことが出来る。支柱のはげた白いペンキ。 変った模様の入ったグラス。パンダの柄のついたお箸。 あの棚の奥には黒飴がある。ちょっと狭かった台所。 お風呂にいっつも置いてあったメリット。タライ。 洗面所の子供用のイチゴ味のハミガキ粉。あまり 入ったことのなかった待合室と診療室。 蔵の2階につながってるちょっと変った造り。 全部が今でも私の中に残っている。 祖父母の笑顔と共に私の中に残っている。 もうあの風景はないんだね、と母と涙を流した。 本日の一枚:サニーデイサービス/愛と笑いの夜 |
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