九月三十日


 午前6時54分頃、母に起こされる。一気に目が覚める。 どうしよう、仕事、と考える。姉と相談し、私は休むことに。 姉と階下に行き、部屋に行ってみる。涙が出た。 腕に触ってみたら、もう冷たかった。 張りがなくて、でもすべすべな肌だった。大阪の姉と、 在米の姉に電話をし、大阪の姉は今日夕方に、在米の姉は明日の夜には こちらに着くだろう、ということになった。父は電話をかけ続けている。 母は何かと動き回っている。ウサギだけだ、いつも通りなのは。 ピンクのパジャマから黒のシャツ、黒のパンツに着替えて、 新聞を読んだりしながら、9時過ぎたので仕事場に電話をし、 休む旨を伝える。年休になるのか、とちょっと舌打ち。 それから急いで美容院に行き、茶色すぎた髪の毛をもちょっと ダークにすることに。帰って見てみたら、思ったほど変わっていなかった。 帰りに薬局で自分の化粧品を買い、家に戻ると父と母は着替えをさせて あげて、綺麗にしてあげていた。なんだか楽しかった。その後、 また米の姉に電話をし、ちょっと、話した。笑っていた。 みんな、変にテンションが高くなってるみたいだ。

 友人などに少し電話をした。母が買い物に出かけている間に 父と二人の時間があった。少し話をした。ウサギはいつもと変わらなかった。 それが、なんだか羨ましかった。救われた気がした。数人の弔問があった。 犬がしきりに吠えたのでちょっと怒った。その後両親は出かけた。 次々に電話がかかってくる。今日は電話の多い日だ。 姉が仕事から帰ってくるのを待つ間、テレビを見て、爪を切った。 それから何度もお線香をあげた。 姉が帰ってきてから、コンビニにご飯を買いに行った。それを食べて 私たちも出発した。途中で食料などを買った。実家に着いたら もう16時だった。それから居間に掃除機をかけて、二階の廊下の窓を 開けて、下の廊下の雑巾がけと廊下と玄関の窓拭きをした。 思った以上に重労働だった。お父さんがタライの水を替えてくれた。 嬉しかった。台所の片付けをしていた姉の手伝いをして、 ちょっとご飯を食べて、そうしたら、もう19時過ぎていた。

 20時からは近所の人が集まって明日明後日の相談をすると いうので、両親は残って、私と姉は家に帰った。 色々話しながら帰ったが、普通だった。家に着いたのが20時過ぎだった かな。大阪の姉が犬とウサギの世話をしてくれていた。 部屋に行って、お線香を立ててあげた。冷房をガンガンに効かせた部屋で 姉と泣いた。落ち着いてから、姉と3人でビールを飲んだ。 なんだか美味しかった。23時過ぎに両親が帰宅。お化粧をしてあげる。 この年になってるから、こういうことしてあげられるんだね、と 思った。みんなで笑いながらお化粧した。なんだかすごく若返ったみたいで、 お父さんも驚いてた。そのあとみんなでなんだかんだと 話しながら、今後のこととか、相談しながら、明日みんな朝早いので、 ぼちぼち寝るという。私も早く寝なきゃなぁ、と思いながら、 あまり寝る気分じゃない。精神が高揚している。きっと家族全員 数日後には疲れ果てているだろう。仕方のないこと。 気がついたらポケステの電池が切れていて、ゲランが倒れてた。

 人の死というものについて色々考えた。それで、これで よかったのだと思った。同居していて、疎ましいと思ったことは 数え切れないが、それでもやはり家族だった。 優しくしてあげようとずっと思っていた。その気持ちは伝わって いただろうか。急だった。やっぱりショックだった。 父は現実感が湧かない、と何度も人に言っていたが、 私もそうだった。目の前にしても、何か特別な感情は出てこなかった。 奇妙なゲームのようでもある。ドラマのようでもある。 全ては現実。受け入れられていないわけではないが、 実感がないだけのこと。なんとも不思議。

 週末、天気がよさそうなので、ホッとした。 明日明後日と忙しくなる。疲れないようにしなければね。 無理だろうけど。せめて、気持ちよく見守ってあげよう。

 多分一生忘れないだろう。24歳の九月三十日。 九月最後の日だというのに、真夏日になったこの日。 お祖父ちゃん、漸く貴方の妻が傍に逝きました。




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