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まだ秋の涼しさが感じられません今日この頃。 昨日は祖母の十四日のお看經でした。姉と二人で車に乗って 実家まで向かったのですが、高速に乗ったとたんに 土砂降り。怖かった。高速降りたあとも、旧街道とかで細い道なのに 後ろの車にあおられたからと爆走する姉。命縮まる。 元々姉の運転は私は怖くて、苦手なのだけど、更に嫌になった。 もっと車間距離をあけてください。 蒸し暑い家の中で掃除などしながらテレビとか見てて、 拝みに来てくれたのは親戚のおばちゃん一人だった。 うちの家族が5人だったから計6人。お父さんが先達をしたんだけど、 なんかスピードが速くて大笑いしてしまった。 お経が終わってから、お茶とお菓子で、だらだら話す。 墓石の話とか、お骨の話とか。骨粗鬆症気味だとやっぱ 骨がスカスカだから焼いたあとにあんま残らないんだそう。 親戚の叔母ちゃんとこのお母さんが亡くなったとき、 頭蓋骨と骨盤と膝関節くらいしか残ってなかったらしい。 うちのお祖母ちゃんなんて、腕とかの骨もシッカリ残ってた。 骨太だったのね、とみんなで頷く。享年90とかの割には、 背も高かったし、脚も長かったのだ。 そんなのはだーれも遺伝しなかった。うちの姉妹はみんな 背も低くて脚も長くない。劣勢遺伝だったようだ。 一重瞼は優勢だったみたい。しく。 帰りは車にお祖母ちゃん(骨)を乗せて帰りました。 帰りは高速じゃなくて、下の道で帰った。 帰ってからカレーを食べたんだけど、 どうもずっとムカムカしてた。 私も死んだら焼かれて骨になるのかな、とか思った。 そうたいそうなことでもないんだけど。 それで木と竹のお箸で拾われるのだろうか。 誰が拾ってくれるのかしら。 母方の祖父は献体したので、焼き場には行かなかったのだ。 骨になって帰ってきたらしい。私はよく覚えていない。 何をもって死とするのか、そんなことも考えた。 意識がなくなってしまえば死なのか、とか。 こういう問題は論じ始めるとキリがないし、きっと 明確な答えは出ないと思うので、一生をかけて、 じんわり考えていこうと思う。きっと自分が死んでも わからないと思う。息をしなくなって、ゆっくりと 温かくなくなっていく祖母を見ながら思った。 本当に永眠なんだと思った。あれはまさしく死顔でなく寝顔だった。 永い眠りなんだと。 本日の一枚:LA-PPISCH/ART OF GRADATION ほかのにするのがめんどかった インド人に悩まされているらしい、精進しなさい |
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