『インターネットの向こう側』
文:kerokero-pi 
絵:夢工房 
    

第一章 亮介の場合

 亮介は、学校へ行くのがおっくうになった。

 毎朝、ふとんの中で、一人、格闘していた。

『行かなければならない』

 そう思うと、頭がくらくらしてくる。

「みんな、頑張って、学校に行っているのよ」

 亮介も、そう思う。けれど、結果はいつも決まっていた。

 

「亮介、先生がいらっしゃったわよ。下りていらっしゃい」

 母の声は、いつもより、柔らかく聞こえた。そのせいか、亮介は、ふとんの中で再び格闘し始めた。

『先生、なんて言うのかな?』

 そう考えると、もう、何もかも面倒になる。

 

 そのうち、一階から足音が近づいてきた。

 母ともう一つ別の足音。母の足音は、いつも、聞いているとおりだった。

 とんとんとん......

 そして、その中に

 さぱっ、さぱっとスリッパが床と密着しては離れる音が聞こえてきた。

 ばさっとドアが開いた。

 亮介は、許可なしの侵入者たちに腹を立てた。

 

「亮介君、今日は、頑張って、学校へ行こう。クラスのみんなが待っている」

 担任の平野の声が、すぐ側から聞こえてきた。

『もう、取り囲まれてしまった。今日は、降伏せねば』

 

 亮介は、ふとんからもぞもぞ出た。髪の毛は、アイスクリームの様に立っていた。

「それでは、お母さん、二人で話しますから......」

 平野の、いつもより半分の以下の音量の声が、耳に響く。

 ドアの閉まる音。

『ああ、とうとう、平野と二人っきり』

 

「おい、きちんと、ふとんから出て来い」

 平野がふとんに手をかけた。ふとんに引っ付いて、離れないようにもできたが、亮介は、自分から、ごそっごそっとイモムシのようにはい出した。

 目が合った平野は、やけにニヤニヤしていた。亮介は、それが気に入らなかった。

「三日目だぞ、今日休んだら。これ以上休み続けると、学校に来れなくなってしまう......」

 平野の言葉は、がつんがつん、亮介の頭に響いてくる。が、その割には、頭の中に入ってこない。

「今日は、多少つらくても、がんばって学校に来い」

『「がんばって」か......』

 亮介は、ため息がでそうだった。

 平野の言葉は、確かなのだ。平野は、先生という仕事がきちんとできる人なのだ。

『でも、でも、自分でもどうしたらいいのかわからない、僕の気持ちなんか、きっと、理解してくれない』

 亮介は、うなだれた頭をいっそう深く垂れた。その頭を、ぐいっと、少し持ち上げた。

『うなづいたように見えただろうか』

 そんなことを気にしていたが、平野は、さっと自分の世界に向かって行ってしまった。

「じゃ、待ってるから。どうしても、教室に来れなかったら、保健室か、相談室に来いよ」

 そう言って、部屋を出ていった。

 亮介は、少し、寂しかった。

『どうして、平野は、自分の目をきちんと見てくれなかったのだろう......』

 

 体は、行きたくないと悲鳴をあげていたけれど、亮介は、二本の足で、自分の体を支えながら、制服に着替えた。母は、何ごともなかったように、朝食を用意してくれた。もう、この時間に行っても、絶対遅刻だとわかっていたけれど、母は、何も言わなかった。亮介は、いっそう体が重く感じた。しかし、今日は、少しはがんばろうと、朝御飯にはしをつけた。

 

 

「2の2の山本亮介くんね。平野先生には、あとで、連絡しておくわ」

 保健室の先生にそう言われると、亮介は、帰りたくなった。

『もう少し我慢しよう......』

 保健室のイスにもたれて座っていても、保健室の先生は、何も言ってくれない。

「風間先生!おはよう」

 3年の女の子が一人飛び込んできた。亮介は、声の大きさに驚いた。

 亮介は、保健室の先生が、<風間>という名であることをはじめて知った。

「おっす、梨花。今日は、遅かったね」

 梨花と呼ばれた生徒が、亮介におかまいなしに、保健室をずかずか歩き回っている。

「な〜んだ、今日は、先約有りか......」

 亮介の側に来ると、やっと気付いたように、亮介の話題に触れた。梨花は、ぽんっと、ベッドに鞄を投げると、出席のチェック表を写していた風間の側にすりよっていった。

「ねえねえ、今日も貸してよ、先生。さっき家で見てたページの続きが見た〜い」

 少し、甘えたような声と、風間の腕に取り付いている姿。風間は、ペンをくるりと回すと、『しょうがないわね』と、ため息をついた。

「10分だけよ。私用で、インターネット禁止なんだから」

「おっ、ありがとう。いい、いい。10分でも」

 風間が、机の横に置いてあったバッグを机の上に置くと、中から、黒くて、四角いモノを取り出した。

「ちょっと、待ってよ......。はい、これで準備完了」

 風間が、コンセントと、もうひとつの線を差し込んで、パカッとふたを持ち上げた。横のスイッチを入れると、画面がパッと光る。亮介は、ノート型のパソコンをはじめて、身近で見た。

 梨花は、風間が置いたパソコンの前に座ると、かちゃかちゃ動かし始めた。梨花の右手に握られたモノが動く度に、画面がすっ、すっとかわっていった。

『マウスって、これか』

 だ円の黒い固まりは、細かく左右上下に動く。

「ここ、ここ」

 梨花は、喜びをわかってもらいたいのか、備品の数を数えている風間の方を振り向いた。

「ほんとに10分よ」

「はいはい」

 梨花は、風間に興味がないとわかると、画面を見ながら、両手を細かく動かした。

 亮介は、梨花から少し離れていたが、一生懸命、文字を打っている事だけはわかった。

 梨花の手が動くと、パソコンの画面に文字が並んでいく。

「ほいほいっのほい」

 梨花の言葉とともに、ぽんっと右手のマウスの上の指先が踊る。

 画面は、目まぐるしく変わっていく。

 亮介は、それを、ジッと見つめていた。

「よし、これで、終了!」

 ポンっと、梨花の指先がキーをはじいた。

 梨花は、早々と、パソコンのスイッチを切るために、マウスを動かした。

 亮介は、その速さについていけず、画面に何が書かれていたか、読むことができなかった。

 

「こら、時間だぞ。まったく......。これはね、大事なデータが入っているんだからね」

「わかってます。だけど、掲示板に返事をどうしてもカキコしたかったの」

 梨花は、大きな声で怒鳴ったが、その顔は、とてもスッキリしていた。

「じゃ、今日は、ちょっと、教室の方へ行ってみるかな」

 梨花は、鞄を抱えると、風間の顔をうかがった。

「いってらっしゃい。また、放課においで」

「あいっ」

 梨花は、自分の方を見てくれなかったことがちょっと不満だったようだった。部屋を出る前に、風間と亮介の方をもう一回、確認するかのように見た。亮介と目があうと、ふんっとして、部屋から飛び出した。

 亮介は、自分がいたため、梨花は、居場所を失ったのだと思った。

 

「あなたは?ここにいる?」

 風間は、梨花が行ってしまった後、亮介に聞いた。亮介は、じっとベッドの端に座っているだけだった。

 何も答えない亮介を無視するかのように、風間は、仕事の続きをするために立ち上がった。

 亮介は、自分が、何をすべきなのか、頭の中に何もないことに気づいた。でも、風間は、そんな亮介を見て見ぬふりをした。そのことで、亮介は、気持ち悪くなった。

『やっぱり、逃げたい......』

 

 その日、亮介は、教室に行くことはなかった。風間もそれを強要はしなかった。顔色の優れない亮介に、風間も何も言えなかったのだろう。亮介は、一人、他の生徒から隠れるように学校から出た。

 

 街をふらふら歩く亮介の目には、周りの景色は、ただ、映画のように流れていくだけだった。映画の方が、まだ、ましかも知れない。亮介は、ビデオでも借りて、家で見ようかなと思った。毎日毎日、何が楽しいのか、わからない。街の中に解けてしまいそうな気持ちで、亮介は、とぼとぼと、足を、ただ前に踏み出している。

 亮介の足がぱたっと止まった。目は、窓越しにちらっと見えた画面に釘付けになっていた。

『パソコンだ』

 今日、梨花という少女が、楽しそうにいじっていたパソコンが展示してあった。店に入っていくと、おじさん達がうようよしていた。いままで、お昼のお店といったら、女の人が多いのに、ここは......、ここは、自分より年上の男の人が多い。皆、いろいろな商品を覗き込んだり、マウスにつかんでは、画面とにらめっこをしていた。

 亮介は、店に入って、ただ、きょろきょろするだけだった。パソコンなんて、触ったことがない。若いカップルが、デモンストレーション用のパソコンで遊んでいた。亮介は、じっと、その二人の動きを見ていた。

 画面の文字の上へ矢印が動く。すると、矢印は、手のマークへ変わる。

 カチッ

 気持ちよいリズムで、マウスが音を立てる。

 すると、画面には、別の映像が、さっと広がる。絵が動き、音楽が鳴り始める。様々な絵と文字と音が画面上に舞っていた。

 

「やってみたい?」

 亮介は、後ろからの声に驚いて、反射的に振り向いた。

 そこには、店のエプロンをつけた、店員が立っていた。

「えっ、あ、いいです。ぼく、いじったことないんで」

「大丈夫、大丈夫。あっちのマシンが空いているから、あっちでやってみようよ」

「あ、はい......」

 痩せているせいか、笑うとしわが口の横にしっかり入る男は、軽く亮介の肩にふれると、追い立てるようにポンポン押した。店員が、パソコンのスイッチらしきところを押すと、画面が、ボワンと現われた。

「まずは、インターネットで、どんなページへ行きたい?」

『どんなって......』

 亮介は、何がいいのか、浮かばない。

「じゃ、アニメのページに行きたいとするとね。まず、色々なページさがしてくれる機能がある検索のページを出して、この中で、自分が行きたいアニメの名前を入れて......」

 一応、ネクタイをはめているけれど、シャツはよれていて、清潔な感じから程遠い店員は、亮介の顔を何度も見ながら、マウスを動かしていた。亮介は、その店員の楽しそうな顔を見て、また、胸の奥が、悲鳴をあげているようなそんな苦しさが込み上げてきた。

「どお。今度は、やってみる?」

 店員が、口の横に目一杯深いしわを浮かべながら、亮介の方を振り返ると、亮介は、こちこちに固くなっていた。

 

「どうした?なんか、気に入らなかった?」

 やさしい声が、亮介に迫ってきた。

 亮介は、目をつむって、鞄を抱えて走り出した。

 後ろでは、さっきの店員が立ち尽くしていた。

 ブァ〜ン

 自動ドアの音と共に、亮介は、駆け出した。

『なんで、逃げなきゃならないんだろ』

 一人、半べそになりながら、最初の角を曲がった。もう、店からは、見えないだろう。

 亮介は、自分が、なぜ、飛び出したのか、よく判らなかった。それでも、一つわかったことは、とにかくその場にはいたくなかったということだった。

 それから、亮介は、学校へは、行かなくなった。

 

 亮介は、一人家に、そして、ほとんど、自分の部屋で24時間を過ごすようになった。

 昼近くまで、寝る。ドアの外から、何度も母に呼ばれても、出る気はない。そのうち、母親の方が、諦めて、部屋の前に、ご飯を置いていくようになった。

 母は、四日めから、何も言わなくなった。

 担任の平野も一週間で、来なくなった。たまに、電話がくるが、亮介は、ただ、小さく、

「はい、はい......」

と、くり返すばかりだった。

 

 一ヶ月も経ったある日、父親は、大きな箱を車から降ろしていた。

「どうだ」

 いままで、無視しているかのように、何もしなかった父親が突然動き出した。亮介は、驚いたが、ふとんの中に潜ったままだった。

「パソコン、買ってみたんだ。父さんは、会社で、使っているから、少しぐらい教えられると思う」

 珍しく長い父の台詞に、亮介は、驚いた。

 最近、やっと、父親もなんとかしなければと思い出したようだ。期末試験が近くなったせいだからと、亮介は、思った。

 父は、一人で運んだ。階段も一人で。一階から、母と妹の声が届く。

「お父さん、大丈夫。足を踏み外さないでね」

 その言葉に答える父。三人の姿だけだと、本当にほのぼのした家族だ。

 亮介は、自分の部屋に運び込まれる、その四角い塊を、部屋の隅から傍観していた。

 本に書かれている通りに、指で、確認すると、亮介の父は、箱から出た黒くて細い線を一階まで、引っぱりながら、運んでいった。そして、階段の途中、何箇所か、上る人の邪魔にならないように、隅っこの方に、線を引っ掛けながら、綺麗に壁に沿わせていった。

「来いよ。亮介。インターネットだぞ」

 父は、精一杯、亮介に声を投げ掛けていた。

 亮介は、隙間から、その父の姿をほんの少し見ることだけが精一杯だった。

 反応があまりないことで、父親は、少し気落ちしたのか、その後、言葉を発することはなかった。しかし、ごそごそと、キーボードを自分の前に持ってくると、前傾の姿勢で、文字を打ち出した。その動作は、かなり長い間続いた。かたかたという音だけが、部屋に響く。父の体が、こんなに小さいなんて、初めて気づいた。

 亮介の父は、手を止めた。そして、寝る子を起こさぬようなぐらい、そっと、部屋を出ていった。

 

 亮介は、ずっと、ずっと、ふとんの中で、気配を隠していた。階段を下っていく足音を、ずっと、耳をすませて聞いていた。音は、戻ってくる様子はない。

 ばさっと、ふとんを自分の体からはずすと、亮介は、パソコンの画面を見た。まだ、電源がつきっぱなしの画面には、字がぎっしりつまっていた。

 

<まずは、電源の入れ方。横長の四角がコンピューターの本体。その本体の前についているボタンを押す>

 父の言葉は、まだまだ、沢山続いている。

<まず、右の方にある小さくて、だ円なのが、マウス。これが、文字や、図形が入る位置に点滅するマウスポインタを動かすことができる。マウスポインタを気に入った場所に持っていったら、人さし指で、カシッとマウスの前の部分をを押す。普通は、一回。開けごまの合図を出したいときは、カシッカシッと二回。画面の上のバーには、いろいろ書いてあるけれど、一番左端のファイルのところにマウスを持っていくと、 メニューが出てくる。その中で、『印刷』を選ぶと、今、この画面に書かれていることが、印刷できる>

 亮介は、画面上のバーの中のファイルという言葉の上にマウスの差す矢印を持っていった。そして、説明の文をプリンターで打ち出すことに、成功した。

 これが、亮介のパソコン第一日目のできごとだった。

 

 二日目は、メールやインターネットの設定を、説明書どおり、本を見ながらやってみた。父は、もう、前から計画していたのか、ネットを繋いでいるプロバイダの会社とも、契約して、すぐ使えるようになっていた。

 メールの設定ができた時、亮介は、受信のボタンを押してみた。誰も、自分の住所(メールアドレス)を知らないのだから、一通も来るはずはないと思っていた。しかし、予想に反して、ブルーの文字が画面に現われ、メールの到着を知らせていた。

 パソコンの会社から届いたメールともう一通、父からのメールだった。携帯電話から送ってくれたようである。時間を見ると、お昼休みの休憩に送ってくれたことがわかった。亮介は、その文字を見た時、とても、ほっとした。いつも、そんなに自分のことをかまってくれることがなかった父からの初めての手紙......

<......このメールを見れたってことは、メールの設定はできたみたいだな。次は、インターネット。検索のページに来たら、文字を空欄に入れてみろ。なんでもいい、いきたい所の言葉を入れてみろ>

 その父の言葉のとおり、亮介は、言葉を入れた。ローマ字は、小学校の時、一生懸命覚えた。覚えた時、友だち数人と暗号文と称して、交換していた。そう言えば、手紙も、その頃から、ずっともらったことがなかった。

<友だち>

 亮介は、文字を入れた。検索のボタンをポンっと押す。もう、マウスの扱いも、昨日より、うんと慣れた。

 出てきた文字は、たくさんの、ほかの人と出会えるページ、メール友だち募集のページ、そして、掲示板のページ。その中で、一つの文が気になった。

<『友だちをつくろう!中学生。悩み多き少年・少女よ、話し合おうぜ』>

 たくさんのページの紹介の中、その、『悩み多き』という部分が、気になった。

 亮介は、そのページをクリックした。その先は、青い空の色のページだった。タイトルの下に、長々と、なぜこのホームページを作ったか、書かれている。

<......私は、自分の悩みは、同じ年の人しかわからないと思う。だから、みんなに、自分の思いを書き込んでいって欲しい>

 その文章の下には、『チャットの部屋へ』と『掲示板へ』と書かれていた。亮介は、上の段の『チャットの部屋へ』という言葉の上にマウスの矢印を持っていった。手の形になったところでポンっとクリックする。

 会話のように、色々な人が、言葉を書いている。見ている間、会話は、どんどん増えていった。

>「死にたくなっちゃうときもある。とっても、さみしくて」

>「なんで?ここには、他の友だちもいるじゃん」

>「学校にも行けず、家にこもっていていいのかな。こんなんじゃ、友だちできないよ。さみしい」

 

 亮介は、どきどきした。

>「友だちって、側にいなきゃだめ?」

>「そう、いつも、そばにいなきゃ」

>「だって、そんなの、すごく、苦痛にならない」

>「かもしれない」

>「じゃあ、それを他の人がするの?」

>「だって、欲しいじゃない」

>「あなたの側には、いつも、お母さんがいない?」

>「家には、いるわよ」

>「おかあさんじゃだめ?」

>「だめなの」

>「なんで」

>「いっしょに、遊べる人がいい。いっしょに学校行って、一緒にお昼食べて......」

>「俺は、いやだな。そんなにいつも、くっついていたら、いやになっちゃうぜ」

>「いやになったら、また、新しい友だちつくるもん」

>「それじゃ、命令聞いてくれるロボットでも、いいんじゃない?」

 会話は、どんどん進んでいく。亮介は、早さについて行けない。

>「さっきから、だれか、いるよね」

>「はいっておいでよ」 

>「初心者、歓迎」

>「あなたは、今の話、どう思う?」

 画面には、確かに参加人数と  ロム(見ているだけの人)人数が表示されていた。

 『ロム1』とあるのが、自分のことであると思った。

>「おい、見ているだけじゃなくて、入ってこい」

 自分の存在は、ばれている。

>「嘘の名前でもいいから、入っておいでよ」

>「『入室』をえらべば、入ってこれるよ」

 人から誘われること、最近はなかった。みんな、自分のことに忙しくて、亮介のことなんて、見ていないみたいだった。

 亮介は、名前を考えた。部屋を見回す。パソコンの箱に、電気屋の名前がローマ字で入っていた。

 『KIRIYAMA電気』

 地元の小さな電気屋さんだ。

 『KIRIYAMA』そう、書き込み、『入室』のボタンを押す。参加者の中に、入ってみた。思ったより、簡単だった。

>「KIRIYAMA参上!」

そう、画面に出ると、もともと、その部屋(?)にいた3人が、次々に歓迎の挨拶をしてくれた。

ブチキャット>「はじめましてKIRIYAMAさん、私は、ブチキャット」

ゲーリー>「はじめまして、ゲーリーです」

 そして、三人目。

リカ>「ちわ〜。リカです。ここの主かな?KIRIYAMAさん、中学生なの?」

 亮介は、皆の反応に、少し驚いた。返事を言いたくても、キーボードから、文字を探すのが大変で、思っていたことがなかなか書けない。けれども、三人は、亮介の遅い返事を待ってくれた。

KIRIYAMA>「はい。今日、インターネットはじめてです」

 その言葉に、すぐ、リカが反応した。

リカ>「え〜、KIRIYAMAさんは、今日が、ネットデビューなのか」

ゲーリー>「じゃ、ちょっと、たいへんだろ」

KIRIYAMA >「たいへん。みんな、はやい」

ブチキャット>「これも、慣れなんだけど」

 亮介のスピードにあわせて、皆、会話を進めていってくれる。それが、亮介にとって、嬉しかった。

 一通りの自己紹介。みんな、あんまり、学校に行っていないらしい。でも、ここにくれば、だいたい、誰かがいるようだ。そのボス的存在がリカで、ここのチャット(こういうのが、みんなで、おしゃべりをするチャットという部屋だということも、亮介は、初めて知った)の運営は、彼女が仕切っている。時間と、ルールは、大体彼女中心だという。

リカ>「やよね。私、ボスでもないのに」

ゲーリー>「いいじゃん。リカはばんばん、言ってくれるから好き」

リカ>「リカさん、でしょ」

ゲーリー>「すみません。リカさん。KIRIYAMAさんも、気をつけてね。ここでは、一応、呼び捨て厳禁」

ブチキャット>「そう。まあ、親しき中にも礼儀ありってとこかな」

ゲーリー>「そういうの嫌う奴らもいるけれど、大人と同じルールで、チャットしたいっていうのがリカの考え」

リカ>「リカさん!!」

ゲーリー>「リカさん、すみません」

ブチキャット>「KIRIYAMAさんも、学校行かずに家にいるの?」

KIRIYAMA>「うん」

ブチキャット>「いつも近くにいる友だち欲しいよね」

KIRIYAMA>「わからない」

リカ>「みんな、誰かの持ち物じゃないんだから。私は、そんなともだち、いらない」

ゲーリー>「リカさん、言い切らないで。話進まないから」

ブチキャット>「リカさんは、強くていいなあ」

リカ>「強くないよ」

ゲーリー>「まあ、まあ。ブチキャットさんも、人を勝手に判断しないで」

ブチキャット>「そうね。もう、こんな時間。じゃ、帰るわ。バイ」

>「ブチキャットさん、また、あした!」

 そう、メッセージがでると、参加人数がひとり減った。

ゲーリー>「ブチキャットさん、ばいばい。KIRIYAMAさん、また来てね。オイラも帰るわ。では、明日」

>「ゲーリーさん、また、あした!」

 同じ、メッセージが出た。さっきまで、このパソコンの向こうに、誰かがいたと思ったのに、もういない。

リカ>「先に帰りなさい。一人残るのもさみしいから。明日も、1時、ここにいるから」

 リカは、気を使ってくれているようだ。皆が、一目を置いているのも、うなずける。

KIRIYAMA>「さようなら、リカさん」

>「KIRIYAMAさん、また、あした!」

 亮介は、一旦出たものの、そこの部屋から、出ていきにくかった。初めての自分に、同じくらいの年令の人が、気を使ってくれる......。

リカ>「KIRIYAMAさん、早く、出ていってね。今日は、見送るから」

 亮介は、その部屋から、別のホームページへ移動した。

『もう、一度、戻ろうか。今、戻れば、リカとだけ話せる......』

 『戻る』のボタンで、前のページに戻った。そこには、誰もいない。さっきの会話だけが、残されていた。

 参加者は、ゼロ。そして、この部屋にいるのは、亮介一人だった。

 

 その日から、パソコンの電源を入れると、まず、メールを受信して、『友だちをつくろう!中学生。悩み多き少年・少女よ、話し合おうぜ』(みんなのなかでは、『友中(ともちゅう)』と呼ばれていた)に行くことが、亮介の日課になっていた。亮介は、毎日、この部屋に通った。ここは、午後二時頃、みんなが集まるようになっている。そして、リカは、毎日、そこにいた。亮介は、何人かの仲間と知り合いになれたが、リカと二人っきりで話したいと思っていた。誰にも、わかってくれなくても、リカならわかってくれるかも......。しかし、なかなか、二人っきりには、なれなかった。そう思って、早めに来ても、必ず誰かがいた。そして、そいつがリカと、二人っきりの話をしていた。

 父は、毎日、亮介宛にメールを出していた。ほとんどが、パソコンの使い方、次は、今日、何をやっていたかの質問。しかし、メールは、返信のボタンが押されることなく、いつも、父親からの一方通行だった。

 

 ある日、亮介は、いつもより早めに、パソコンの電源を入れた。

 メールは、来ていた。父が、昼休みに送ってくれたのだろう。

 そして、『友中(ともちゅう)』へ行く。誰もいない。でも、その日は、亮介は、誰もいないその部屋に一人入ってみた。いつもは、誰かがいないと、絶対入らない。パソコン上の部屋なのに、一人っきりが嫌で、いつもは、誰かを待っていた。

>「KIRIYAMA参上!」

>「リカ参上!」

 亮介の数秒、遅れで、リカが入室した。

 やっと、訪れたチャンスだった。

KIRIYAMA>「こんにちは、リカさん」

リカ>「ちわ〜、KIRIYAMAさん」

KIRIYAMA>「リカさんは、こんな時間にいつも来れるってことは、家にいるの?」

 いつの間にか、亮介のキーの打つ速度は、速くなっていた。

リカ>「ないしょ。KIRIYAMAさんって、いつも、人のこと気にしているね」

KIRIYAMA>「そんなことないよ」

リカ>「じゃ、気にするな」

KIRIYAMA>「リカさんは、悩みないみたいじゃない」

リカ>「そう見えるだけ」

KIRIYAMA>「他の人と違って、アニメやゲームの話もしないし」

リカ>「つまんないの。みんな、現実味のない話ばっかりで」

KIRIYAMA>「楽しいよ」

リカ>「私は、楽しくないの。外で、空気吸ったほうがおいしいもん」

 亮介は、リカが自分とは、違う人なのだと思った。

 亮介も、ゲームが好きだ。『友中(ともちゅう)』のあとは、パソコンでゲームをした。他は、インターネットで、芸能人とかテレビ局のページに行って、面白いのを探した。

KIRIYAMA>「ぼくは、他の人と違うのが恐いよ。こうして、学校にいかないこととか」

リカ>「みんな、そうだよ。でも、自分の大事なものをわすれちゃいけないと思う」

KIRIYAMA>「大事なものって」

リカ>「自分のほんとの気持ち」

KIRIYAMA>「ほんとの気持ち?」

リカ>「KIRIYAMAさんが、他の人と違うのが恐いっていうのも、ほんとの気持ち」

>「ゲーリー参上!」

リカ>「ゲーリーさん、こんにちは」

ゲーリー>「ちょっと、ハードな話題でしたね」

リカ>「んなことない。でもさ、私、学校行こうかなと思った」

 亮介は、リカの言葉に驚いた。次の言葉が浮かばない。

ゲーリー>「凄いじゃん」

リカ>「ちょっとだけ。すぐ、戻って来ちゃうかもしれない」

ゲーリー>「かまへん、かまへん、いつでも、お待ちしておりまっせ」

 ゲーリーは、変な大坂弁を連発していた。

リカ>「うん、決めた。KIRIYAMAさんと話せて、よかったわ」

>「リカさん、また、あした!」

 突然、リカは消えていってしまった。

 その後、リカは、『友中(ともちゅう)』に来なくなった。

 

 亮介は、がくぜんとしたまま、その日は、ゲームをせずに寝た。いままで、何が楽しかったのだろう。ゲームは、本当に楽しかったのか?ただ、『友中』のみんなとゲームの話ができるから、ゲームしていたのだろうか。

 学校で、他の人と話があわなくなった時、何を話たらいいのか、苦しかった。今は、ゲームやアニメのページへ行けば、話し相手になってくれる人が、何人かいる。だから、話に入れない人のこととを考えている気に、なったことがなかった。リカは、そんな自分達に愛想をつかしてしまったのだろうか。

 

 何日か経って、ゲーリーと二人っきりになった。

ゲーリー>「KIRIYAMAさん。一度会って話したいね」

KIRIYAMA>「会う?」

ゲーリー>「現実で」

KIRIYAMA>「どこで?」

ゲーリー>「キャンプ」

KIRIYAMA>「キャンプ?」

ゲーリー>「そう、親がさ、申し込むっていうんだ。不登校の子どものキャンプ」

KIRIYAMA>「不登校の子どもの......」

ゲーリー>「一人ぼっちっていうのは、どうも、苦手で」

KIRIYAMA>「親に聞かないとわからないな」

ゲーリー>「こういう、企画は、多少、お金がかかっても、不登校の子どもの親って賛成だからさ」

KIRIYAMA>「そうかな」

ゲーリー>「なんかさあ、リカの言葉、今頃、思い出すことが多くて」

 亮介は、その言葉に驚いた。突然消えてしまったリカ。亮介も、その後、『友中』で、リカの存在が忘れられつつあるのが、何かさみしかった。あれだけ、『友中』に入り浸って、みんなを励ましていたのに、十日ちょっとで、もう、忘れられたかのように、話題に出なくなってしまった。自分だったら......自分だったら、一日で忘れられてしまうかもしれない。こうしていても、自分のことを注目している人なんて、ほんとは、誰もいないかもしれない。

ゲーリー>「掲示板のほうにさ、メールアドレス書いてあるから、よかったら、メールちょうだい」

『ゲーリーは、ほんとに、まじに誘っているのだろうか』

ゲーリー>「信じてくれなくてもいいから。なんしろ、ネットでつながっているだけだから」

 ゲーリーにしては、言葉の調子が、いつもと違う。

『他の人かな』

 亮介は、きちんと、返事ができなかった。ゲーリーだって、ネットで信じることがどんなに難しいか知っているはずだ。特にここは、『友中(ともちゅう)』。結構、言いたいことを言って、荒らしていくことが楽しい奴がいて、掲示板はよく閉まっている。今日のこの言葉も、ゲーリーであるとは、証明しにくい。

 二人は、この後、ゲームの話をさんざんしてから、チャットの部屋から出た。そのせいで、画面上に、キャンプの話は、もう、残っていなかった。ゲーリーは、それを見越して、ゲームの話をしていたのだろう。亮介は、掲示板の方へ行って、できる限り、ゲーリー本人であるカキコを探した。

 6月21日。リカが最後に『友中』に来た翌日。ゲーリーの名前で、書き込みがあった。

「お〜い、リカ。明日は、来いよ」

 たぶん、これは、ゲーリーだろう。メールアドレスもちゃんとあった。亮介は、ゲーリーに、メールを出すことにした。いつもは、父に貰っているばかりで、出したことがなかった。

 

「ゲーリーさんへ。KIRIYAMAです。キャンプの話、詳しく聞かせて下さい」

 亮介は、手紙なんか書いたことがなかったので、何を書いたらいいのか、わからなかった。とりあえず、それだけを書いて、 メールを送信した。

 亮介は、すっと消えていってしまったメールを見送くった。ゲーリーは、本当に、返事をくれるのだろうか。

 

 ゲーリーと何度もメールで、話し合った。どうやら、二人は、そんなに、遠くないことがわかった。キャンプの話は、なかなか、言葉では、親に言えなかった。最初は、父へ、メールを送った。

『キャンプか、面白そうだな。今日の夜、資料を見せてくれないか』

 亮介は、インターネットで、ゲーリーの教えてくれた所へアクセスした。その夜、なかなか、言葉に出来なかったが、部屋にやってきた父に手渡しした。

「これ......」

 父は受け取ると、亮介の前で、紙をペラペラめくっていった。亮介がキャンプについて書かれていたページを印刷したものだ。

「じゃ、母さんと相談してみるよ」

「うん......」

 心なしか、父の階段をおりる足音は、弾んでいた。

『ありがとう』

 言葉は、浮かんできても、声にはならなかった。

 

「ゲーリーへ。親から、OKが出たよ。ぼくは、申し込みます。会えるといいな。KIRIYAMAより」

 

 キャンプまでは、楽しかった。ゲーリーとの細かい打ち合わせのメール。一日、数回行き来することもあった。母に、声をかけれるようになった。必要な物を買いに行くため、外出もするようになった。いつの間にか、外は、夏になっていた。蝉の声がうるさくなった。日ざしが強い日は、冷房の効いている店に、何軒もよって、休憩した。ずいぶん、体力がなくなっていたことに気がついた。

 

「KIRIYAMAへ。明日だよな、出発。荷物は、全部揃ったけれど、ちょっと、心配。明日からゲームが出来ないので、ゲームをやりまくってます。新しいあのゲーム、面白かった。最後まで頑張っちゃうと明日に支障があるので、12時までにしておくつもり。(がまん、できるかな)では、あした。ゲーリー」

 

 ゲーリーのメールを受け、亮介は、胸がドキドキした。『あした』---という言葉、この言葉で、不安が広がった。三泊四日、ほんとに、野外生活ができるんだろうか。夜は、なかなか眠れなかった。ちらっと見た時計は、一時近かった。

『ゲーリー、まだ、ゲームをやっていたりして』

 部屋の隅にある黒い影を見つめながら、亮介の心は、また、揺れ始めた。

  

 朝、早く目が覚めた。というより、ほとんど寝てなくて、明るくなったから、起きたと言うべきか。亮介は、また、学校へ行けなくなった朝のような、胸を握られてるような気分になった。

 今、止めると言ったら、家族は、どう思うだろうか。ゲーリーは。

 でも、体は、また、ふとんの中に縛り付けられていた。

 時間は、刻々と過ぎている。

 もうすぐ、母が起こしに来るだろう。父は、今日、亮介の為に会社を遅れていく予定になっていた。

 母が、一階でごそごそしている。お昼のお弁当を作っている。

 行かなくてはならない自分がいたけれど、気持ちは足踏みしていた。心はどんどんベットに追い詰められていった。

 ベッドのふとんから、ちらっと見えたパソコン。亮介は、間に合わないけれど、形だけゲーリーに謝っておきたかった。

 パソコンの電源を入れ、画面にいつもの絵が出てくるのを待った。ゲーリーは、亮介の家よりキャンプ場から離れていたので、もう、出かけているかもしれない。

 いつも、見なれたパソコンの画面の壁紙、そして、メールのソフトを起動し始めた。

 ぱっと、飛び込んで来た青い文字。そこには、ゲーリーの名前が出ていた。

「KIRIYAMAへ。急に行きたくなくなっちゃったけど、頑張っていくよ。俺の名前は、中根和宏。あっちで会ったら、声かけろよ。ゲーリー」

 一人ではないと思った。

『ありがとう。ゲーリー』

 亮介は、部屋から出ていく決心がついた。

第一章おわり

二章に続く


 
 新しい試みで書き始めました。
四章そろったら、どんな作品になるか、
自分自身楽しみです。
おかしい部分がありましたら、御指導お願いします。
mail 
home