「インターネットの向こう側」第二章
 
「カズ!見たぞ昨日」
 和宏は、ちょっと鼻が高かった。
 10日前作ったHPを、皆がほめてくれる。
「すげえな、お前」
 そして、HPのカウントを増えるのが楽しみで、宣伝しまわった。
 ネットで知り合った人、クラスメート、そして、小学校の時の友だちにも、年賀状で知らせた。
 冬休みは、HP作りで終わった。学校のある日と違い、冬休みは、親もそんなにぶつぶつ言わなかった。毎日、いろんなページを見ては、自分のページを直した。ボタンやラインや背景など、もっといい素材があると知ると、何度も何度も変えて確かめた。和宏にとって、こんなに時間をかけたのは、難しいゲームを攻略した時だけだった。
 いつもは、あんまり目立つ方ではなかったが、自分のページの中では、主人公であった。学校でのパソコン授業で、クラスの皆が競って、和宏のページを先生に隠れて見ていた。少し、鼻高々だった。
 和宏のページは、今までやったゲームの攻略方法と簡単な自己紹介、後は、好きなアニメの番組や好きなキャラクターの声優さんのページに行けるリンク集があった。そして、一番苦労した、掲示板が和宏の自慢だた。可愛いキャラクターがぴょんぴょん動いている。
 何度も何度も、掲示板のデータを作った人の所にメールを送って、わからない所を教えてもらった。掲示板の一番初めの訪問者は、その人だった。
<......がんばれよ。掲示板は、管理が大変だから>
 そう書かれた文章を、和宏は、他の人に見られるのが恥ずかしくて、数日後消した。そして、掲示板は、たくさんの友だちの言葉に埋められていった。
<今、佐藤(先生)の授業だよ〜ん。こっそり、書いてる>
<かず、ちょっと、すごくない。攻略法、参考にさせてもらうわ>
 初めは、誰に書かれているか大体わかった。しかし、人数が増えるにしたがって、わからなくなる。
<かったるいよ、授業。誰か今、見てる人、書いてよ。返事書くから>
<おまえ、阿倍か、八木か?青山(先生)が、さっき見てたぞ>
<やべ〜>
 無駄話が増える度、掲示板のページを新しく作っていく作業をしなければならない。
<なんだ、更新してねーじゃん>
 更新すれば、カウントが増えるが、しないと、少しづつ減っていく。テストの前の日であっても、和宏は、なるべく更新をするようにした。
 親も、最近の夜更かしの理由が、HPの更新だとわかると、いい顔をしなくなった。
「いいかげんにしなさい」
 母の声が寝不足の耳に届く。朝一番の挨拶。頭がキンキンしてきた。
 何も言わず、パンをくわえる。隣の父親は、冷たい視線だけを向けていた。
「お父さん、なんとか言ってよ。和宏ったら、昨日も、遅くまで起きていたんですよ」
 和宏は、一生懸命口の中のパンをのどの奥に送った。
「勉強もしたさ」
 父の顔をちらっと見て、牛乳を飲み干した。
「昨日のテストの結果、今までで一番悪かったわよ」
「うるさいなあ、俺だって......」
 そう言いかけて、和宏は、席を立った。
 その日は、学校でも、家でも、パソコンをいじらなかった。母に言われたことは、確かにあたっていた。和宏は、ほんの少し反省したつもりで、早く寝た。久々にその日に寝た。
 
 翌朝、スッキリするのかと思ったら、いつもより長く寝たのに、まだ眠たい。
「なんだ、昨日も寝なかったのか」
 そう父に言われ、腹が立った。
 
 学校は、いつものように過ごした。和宏は、先生の前では、あまり、自分のことをひけらかすことをしなかった。HPのことを知られた時、授業中の掲示板の書き込みがバレ、和宏だけ怒られそうな気がした。実際、ホントの名前さえ残さなきゃ、書き込んだのは誰かわかりはしない。だから、先生の鉾先は、和宏になる。
 今日は、静かな日だった。
 いつもは、何人かが必ず声をかけてきた。けれど......
 
「おまえ、HPを見たか」
 あんまり親しくない、隣のクラスの篤志に言われた時、和宏は、何か悪い予感がした。
『まさか........』
 その言葉を聞いてから、落ち着かなくなった。
 悪い予感------
 和宏は、授業が終わると、誰にもあいさつせず、走って飛び出した。誰かがにやにやしながら走っていく和宏を見ているような気がした。
 
「和宏、帰ったの?」
 母の声を後ろで聞きながら、階段を駆け上がった。
はあ、はあ、はあ......
 パソコンの電源のボタンを入れ、呼吸を整えた。パソコンの画面が広がる。
 自分のHPを開く。
はああああぁ......
 和宏の息は、ずっと吐かれたままだった。
<五組のNくん、周りからなんて思われているか、知ってんのか>
<最近、ちょっと、タカぴーだよね>
<ばかばかばかばか>
<Nくんは、数学38点でした>
<え〜、それも、横の子のテストを見ていたんですよ>
<うっそー。それって、香奈ちゃんの見てたってこと>
<あったり〜>
<Nくんは、中根和宏でーす>
<ばかじゃないの。中根。ちったあ、勉強しろ>
<あほあほあほ〜。先生にばらすぞ>
 こんな文章がずっと続いていた。それ以上、和宏は読むことができなかった。涙が溢れて、文字がハッキリと見えなかった。
『なんで......』
 
「和宏〜。阿部先生から電話よ」
 母の声が聞こえた。
 和宏は、涙を拭った。母の足音が近づいてくる。
「和宏、何やってンの。また、パソコン?」
 何も言わず、手を伸ばすと、母が、バトンを渡すように、ぽんっと手の平にのせた。
 受け取って、受話器から聞こえる『エリーゼの為に』を止めた。
「はい、中根です」
「すまないな。放課後、話そうかと思っていたら、急いで帰ったと聞いたから」
 和宏は、受話器を20センチぐらい離しても聞こえる阿部の声に答える気力がなかった。
「お前のHPのことなんだけど」
 案の定、HPのことだった。
「少し前から、授業中アクセスがあるから、先生達の中でも気にしていたんだが、小川先生がな......」
 それ以上、言われたくなかった。
「はい、知っています。......わかりました。気をつけます」
 和宏は、答えながら、がんがんする頭を振っていた。
『なんだ、どうしろってんだ』
 
 その夜、久々に、掲示板の作成者に連絡をした。メールで、さり気なく相談してみた。返信のメールは、すぐ来た。
<見てきました。やられましたね、荒らしに。今度から、IPアドレスという個々のコンピュータについているナンバーを表示できるのにしますか。それとも、もっといろんなことが表示できるタイプにしまうか?とりあえず、最初の頃教えた、削除の方法で、嫌なコメントは消すことができるからね>
 やさしい言葉にまた、涙が出てきそうだった。
『なんで、俺のこと、見たことがないお兄さんの方が、やさしいんだ』
<......よくあることさ。がんばれ>
 和宏は、そのメールの返信を送った。
<ありがとうございます>
 他に、言葉がでなかった。
 
 和宏は、阿部の言葉を思い出していた。
「書き込んだメンバーがわかるんだったら、教えてくれないか。小川先生も、授業でネチケット(ネット上でのエチケット)の話を授業でしたいから、参考にしたいんだそうだ」
「僕は、知りません」
「そうか、だいたいは、学校からアクセスしていると小川先生はおっしゃっているんだが」
『今日は、三組と四組がコンピュータの授業があったはず、そうすると、書き込んだのは、そのふたクラスの奴らなのか......』
 データを削除しながら、和宏は、時間をチェックした。
『やっぱり......』
 その時間は、四組の授業の時間だった。
『でも、誰なんだ、俺が38点取ったことや、隣が水野香奈だということをうちのクラスの誰かが言ったに違いない』
 和宏は、少し茶髪の(彼女は、天然の茶髪だった)目がくるりと大きい香奈に少し憧れていた。
『あの書き込み、香奈にもばれているんだろうか』
 その翌日、コンピュータの授業は、阿部の言葉通り、ネチケットの話だった。そして、皆、それは、和宏の掲示板の事件と関係あることも、知っているようだった。
「いいか、コンピュータには、色々記録が残るんだ。インターネットは、色々な所にも行けるが、外からも色々な接触がある。いい出会いもあるが、犯罪に巻き込まれることもあるんだ」
 和宏のページには、その日から、目に見えるように、アクセスが減った。
 そして、和宏も、学校で、人と話をしなくなった。香奈には、身の潔白を話そうと思っていたが、目があった時、避けるようにそっぽを向かれた。
 
<どうした?掲示板閉めちゃって>
 そう、メールをくれたのは、掲示板の製作者の人だった。
<HPも引っ越そうかと思います、新しいアドレスは、下記に書いておきました。ハンドルネームも新しくしました。ゲーリーって言います。よろしく>
 和宏は、返事を書いた。
 悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。
 それから、和宏は、学校に行くのをやめた。友だちは、ネットの中だけでいいと思った。

 
第二章おわり

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 第2章どうでしたでしょうか。
第3章は、キャンプの話です。
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