「インターネットの向こう側」
第三章 キャンプ場は、曇りのち晴れ

 その匂いは、まるで、太陽にいぶしだされたようだった。草の香り・・・・・・でも亮介には、この青臭い匂いがたまらなく嫌になってきていた。多少、平地より、高いこのキャンプ場は、朝夕は、涼しさを感じたが、昼間の太陽は、情け容赦なく、亮介達の頭の上で、ぎらぎらしていた。
『まったく・・・・・・』
 亮介は、すでに、今朝帰っていった数人のことを、「こんなこともがまんできないのか」と、ののしることもできない。
 整備されてない山の中の道を、ただ、黙々と歩いていた。後ろでは、へたばって、しゃがみこんでいるヤツもいる。でも、止まることもできない。ここで、弱音を吐いたって、最低、ここまで来た道を自分の足で帰らなければならないのだから。
「ひまわり班は、あそこの木の下で、休憩するぞ」
 亮介が所属している、ひまわり班のキャンプカウンセラーのコダマチャンが叫んだ。このキャンプは、5人ごとに班が分かれており、コダマチャンのような大学生やフリーターのお兄さんお姉さんのキャンプカウンセラーが、キャンパーの世話を焼いてくれている。
 コダマチャンは、少し、小太りの青年で、大学3年生なのだそうだ。コダマチャンは、小太りだが、腕の筋肉は、ちょっとモリモリしていて、スポーツ選手といった感じだった。太い腕がしゃがみこんでいたヤツに伸びる。コダマチャンの下半身に力がはいる。
 ざざざー
 後ろを見ながら歩いていた亮介の前足が乾燥した土の上を滑った。
「亮介、気をつけろ」
 コダマチャンの声が飛ぶ。
 亮介は、また、足元を見ながら、一歩一歩進んだ。人がよく歩くところは、草がはえていないが、土の表面が乾燥しているため、滑りやすい。人が歩いてないところは、草が茂っていて、その上、バッタや蜘蛛の巣が顔にばっと飛び込んできたりするので、亮介は、なるべく、乾燥した土の上を歩いていた。同じ班の中には、そのバッタが珍しいのか、大きいバッタを見つけるたびに、捕まえているヤツがいた。
「ふー」
 まだまだ、目的地は、上なのだが、その休憩場所は、ちょっとした峠で、木々がまばらで開けていて、周りの山々を見ることができた。風の通りも良い場所だった。
背中に汗をかいていた亮介は、風があたると、ほんの少しひんやりして、気持ちがよかった。冷房の部屋の方がいいなと思いつつ、この風が、服の隙間をすり抜ける瞬間も、捨てがたいと思った。
『もっと、風が吹けばいいのに』
 コダマチャンは、大きく肩を上下にさせながら、亮介の後を追いかけてきた。コダマチャンの腕は、さっきしゃがみこんでいたヤツの腕をつかんでいた。
「はあー、気持ちいいなあ。おい、少しお茶飲んでおけよ」
 コダマチャンは、隣のヤツに声をかける。亮介は、その様子を見ながら、いつもならきっと根をあげて、ふらふらになっているのは、自分のような気がしていた。でも、なぜか、今日は、ほんの少しだけがんばって、かっこつけていたかった。
『ゲーリーが見ているかもしれない』
 ゲーリーというのは、亮介のインターネットで知り合った人だった。初日のバスの中、名簿を見ていた亮介は、不登校のキャンプをいっしょに参加しようと持ちかけてきたゲーリーの本名『中根和宏』の名を見つけた。同じ班でないことも知った。誰が、ゲーリーかわからないが、ゲーリーが見ていると思うと、亮介は、少しがんばれた気がした。
「さっ、出発だ」
 コダマチャンの少しかすれた、元気のいい声が響く。
 亮介は、下ばかり見ていたので、大きく首を振った。周りの山は、すべて緑の木々がぎっしり詰まっていた。空は、憎たらしいくらい青く、太陽の光を、いっそう強くしているみたいだった。
「がんばれよ」
 へたっていた少年の横を通るとき、亮介は、声をかけた。なぜ、声をかけたのかわからない。きっと、コダマチャンの元気が少し乗り移ったのかもしれない。
「ほれほれ、頂上は、後少しだぞ」
 後ろから、コダマチャンの声。
 不思議だと思う。自分が今、ここにいることが。何が楽しいかわからない。でも、いつもと何かが違っていた。
 頂上近くになったせいか、左右の木がまばらになってきて、風通しが良くなってきた。さっきまで、汗でびしょぬれだったシャツが、今は、ひんやりの元になって、ありがたく感じた。
 コダマチャンは、相変わらず、へたったヤツの面倒を見ていた。登りにくいところは引っ張り、歩きやすいところは、冗談を言っている。
「あと少しよ」
 道の分岐点に、三つ編みのお姉さんが立っていた。
「どうする、ここで待っているか」
 コダマチャンは、傍らに座り込んでいた人に声をかけた。その周りに、ひまわり班のメンバーの8つの目が見守っていた。
「行きます」
 帽子のツバの下は、赤い顔をしていた。
「よし、行くぞ」
 コダマチャンは、背中を押して立たせた。
「ひまわり班、行くぞ」
 声には出さないが、皆ホッとした。今度は、コダマチャンが先頭に立って歩き出した。
「歌歌うぞ」
 コダマチャンは、上機嫌だ。
「雨、が、ふれば」
 山賊の歌だ。
 みんな、声に出さないけれど、心の中で、コーラスしていた。亮介も、心の中で歌った。
『ヤッホ、ヤホホホ』
 コダマチャンの背中は、汗で、大きな模様が浮き出ていた。道は、急になって、ますます、足がすべる。しかし、ひまわり班は、進んでいった。
「ついたぞ。ばんざーい」
 朝食の片づけが遅くて、ハイキングの出発が、他の班より遅れたひまわり班は、到着もドベだった。しかし、コダマチャンは、とてもうれしそうだった。
 亮介もその理由はわかる。全員たどり着けたからだ。
 コダマチャンは、叫んでいた。亮介は、コダマチャンの名前の由来は、小太りからだと思っていた。
「やっほぉー」
 頂上で、コダマチャンは、何度も叫んだ。コダマチャンの声のこだまは、幾重にも響いた。 
 

 ひまわり班は、最初から、こんなに順調ではなかった。
 電車に乗ってたどり着いた集合場所の駅で、亮介は、静かな連中に不安を覚えた。覚悟はしていていた。なにしろ自分もそうだから。中には、うるさいヤツもいたが、それは、家に帰りたいと騒いでいたヤツらだった。
 キャンプ参加者は、25人。5人で一つの班。そして、5つの班に分かれた。待ち合わせの駅で、すぐに、それぞれの班に分けられて、そこからバスに案内された。
「よろしく、君達のひまわり班で、一緒にキャンプするコダマチャンです」
 元気のよさに驚いたが、コダマチャンという名にも驚いた。でも、それぞれの班のキャンプカウンセラーたちは、皆、あだ名のような名を名乗っていた。そして、その名がわかるように、幼稚園児のような絵入りの名札をつけていた。
 亮介の所属しているひまわり班は、コダマチャンが主に、そして、さらに、サブで一人ずつつくことになっていた。サブの人たちは、いろいろ全体の準備をしたりするので,なかなか班の活動に来ることができないようだった。
「ひまわり班のもう一人の仲間は、あそこの三つ編みのリカチャンです」
 女のキャンプカウンセラーは、3人。リカチャンは、その中の一人で、このキャンプの責任者スズキサンの手伝いで、始終動き回っていた。
 バスの中でも、静かなだった。その中で、バスの前から、キャンプの詳細が書かれている紙や冊子が送られてきた。少し、年配のスズキサンが、キャンプの説明を始めた。
「今回のキャンプは、みんなで楽しみながら、過ごしたいと思います。グループでの時間をとりたいので、食事は、なるべく作る回数を減らしてあります」
 しかし、メニュー表を見ると、今晩のご飯は、自分たちで炊くことになっている。
「今晩は、ご飯と味噌汁を作ってもらい、後は、キャンプカウンセラーが、バーベキューをします」
 ご飯といえば、小学校のキャンプの時、失敗をして、固いご飯を食べる羽目になったことを、亮介は思い出した。
「二日目は、ハイキングがあるので、朝昼は、簡単に、夜は、カレーライス・・・・・・」
『カレーライスか・・・・・・』
 しゃびしゃびのカレーは、いただけなかった。ジャガイモやにんじんが固かった。
 亮介は、駅でごねていたヤツ等の気持ちが、何となくわかってきた。一人だったら、帰りたかった。でも・・・・・・
 配られたキャンプのしおりに、アサガオ班に見つけた中根和宏の名。インターネットのチャットで知り合ったゲーリーは、本当にいるんだと確信できた。
『誰、なんだろう』
 亮介は、アサガオ班らしき人の集まりを見ていた。
『ゲーリーには、自分の名前、名乗ってなかったな』
 亮介は、少し、ドキドキし始めた。
『もし、ゲーリーが誰かわかった時、なんて声をかければいいんだ・・・・・・』 
 バスを降りたあと、キャンプ場までの道のり、亮介は、考え続けた。
『向こうも、探しているんだろうか、俺のこと』
 そう思うと、少し恥ずかしい。黙々と歩く一団の後ろについて、亮介も歩いた。
「おい」
 背中をぽんっと叩かれ、亮介はビクッとした。
 振り向くと、コダマチャンが立っていた。
「ひまわり班だけ、こっちね」
 どうやら、ひまわり班は、水場をはさんで、他の4つの班と反対側のテントらしい。亮介は、コダマチャンに軽く頭を下げると、コダマチャンの後ろをついていった。
 名前だけ名乗る自己紹介の後、ナイフを使っての簡単な食器作り。竹の器、はし・・・・・・。コダマチャンの手を借りたりして、それなりに盛り上がった。
「それじゃ、夕飯の支度を始めようか」 
 コダマチャンに言われたとおり、軍手と新聞紙をも持って、再び炉の前に集まった。
「じゃ、飯ごう班とお味噌汁班に分かれよう。どっちをやる?」
 皆、顔をあげない。コダマチャンは、何も言わない。
「ご飯作らないと、腹減るぞ」
 あまりにも、無言の状態が続いたので、コダマチャンが飯ごうにお米を入れた。
「ハイ、和也と文明(ふみあき)は、お米を研いで。研ぎ終わったら、手を入れて、手のこの辺まで水を入れて持ってくること。剛(つよし)と達彦は、お味噌汁の具を切って、なべに水を入れて持ってきて。亮介は、俺と炉を作って、最初の火をおこすぞ」
 コダマチャンは、少しトーンダウンした声で支持を出した。きっと、率先してやって欲しかったのだろう。
 亮介は、一人割りを食った感じだった。
『火の番か・・・・・・』
 いかにも、暑そうだ。
 コダマチャンは、黙々、炉のブロックを置き直して、なべがかかりやすい形に直した。そして、太い木で、きれいな井桁を作った。
「細い木を取って」
 亮介は、コダマチャンに言われるがまま、渡す。コダマチャンは、木の皮をはいでまた、細くしてから、木を組んだ中に入れた。
「木を井戸の井の字みたいに組んだのはね、風が通りやすいためなんだよ」
 コダマチャンの言うように、最初に燃えやすくするために入れた細い木や木の皮は、マッチの火を受けると、激しく燃え出した。
「さあ、火がついた」
 しかし、飯ごう係も、お味噌汁係も来ない。
「遅いなあ」
 コダマチャンは、水場の方に走っていった」
 すぐには、コダマチャンは帰ってこなかった。亮介には、何があったか、細かいことはわからなかったが、顔を赤くして戻ってきたコダマチャンの様子で、何となく察しがついた。
 どうやら、4人は、何もしてなかったらしい。ひまわり班は、サブのリカチャンが、他の事で、来ることができなくて、コダマチャン一人でがんばらなくてはならなかった。コダマチャンは、水場で怒ったらしい。他の班のサブ、ハッシーがついて来て、だんまりを決め込んだコダマチャンの代わりに指示を出し始めた。
 何とか、夕飯はできた。でも、みんなバツが悪そうで、何もしゃべらない。
「あーん、食事が始まったら、教えてねって言ったのに」
 リカチャンがやってきた。
 コダマチャンは、ごめんと手を合わせた。
「どう?ご飯のできは」
 皆黙っていた。
 ご飯は、手伝いにきていたハッシーが、ほとんど作っていた。火の調整から、炊き上がった後の、飯ごうをこするのも、ハッシーがやった。コダマチャンは、何もしないひまわり班のため、結局、急いで味噌汁の具を切って、味噌汁を作った。皆は、その脇で突っ立っていただけだった。亮介も、どうしたらいいのかわからず、立っていた。
 リカチャンも、何かを察してか、コダマチャンの代わりにしゃべりだした。
「明日の朝、お昼用のご飯炊くんだからね。大丈夫かなー」
 静かな森の中、ヒグラシの声が寂しく聞こえていた。
「明日は、みんなで作ろう、ね」
 リカチャンは、やさしい目をしていた。

 その夜、コダマチャンとリカチャンが飯ごうを洗っていた。亮介は、トイレの途中その姿を見た。
「まあまあ、コダマチャン、焦らないで」
 コダマチャンの頬には、涙がこぼれていた。
 コダマチャンは、それでも、涙をぬぐわず、飯ごうを磨き続けていた。
 亮介は、テントに戻り、皆に、コダマチャンの様子を伝えようと思った。でも、それは、思うだけで、ただ、眠れぬ夜を過ごす羽目になった。
 夜中、目が覚めた。ずっと眠れずうとうとしていたが、いつの間にか寝ていたらしい。テントの外に出て、トイレに向かう。トイレの電灯に虫が集まって飛んでいた。
「うわっ」
 その虫を避けるように、トイレから飛び出て来たのは、同じ班の達彦だった。
「あっ・・・・・・」
 名前を覚えていなくて、なんて呼んだらいいのか、亮介は迷った。それは、相手も同じようだったようだ。
「五十嵐達彦っていうんだ」
 達彦は、虫が怖いのか、灯りに向かって飛んでくる虫を手で払いながら、虫の動きを、始終気にしていた。
「俺は、山本亮介・・・・・・」
 他に何も言うことがなくて、亮介は、言葉に詰まった。
「あっ」
 達彦が大きな声を出した。
「流れ星だ」
 キャンプ場の周りは、木に囲まれていたが、キャンプ場の真上の空は、見たことがないくらい星が瞬いていた。
 亮介は、まだ、生まれてこの方、流れ星を見たことがない。
「すごい、天の川だ」
 達彦は、トイレから離れ、暗闇の方へ進んでいった。亮介は、流れ星が見たい一身で、達彦の後についていった。目を凝らすと、達彦が言うように、細かい星々がふわっと天を横切っている。
 二人は、キャンプファイヤー場に向かった。周りが暗い闇になるほど、星の明るさが、いっそう増していった。
「ああ」
 亮介は、ぱっと光ったと思ったら、すっと斜めに流れて消えていったのを見た。
「すごいな、流れ星の明るさ」
 亮介は、空の星が一つ消えてしまったように、明るく流れていく星の筋に驚いた。
 二人は、しばらく、天を見続けた。なかなか次の流れ星は、来なかった。そのうち、肩と首が固くなって、これ以上続けていたら、動かなくなってしまいそうになった。
「痛いな、今日はこのくらいにするか」
 達彦は、首をもみ出した。どうやら、達彦も同じだったらしい。
 二人は、テントに向かって歩き出した。
「コダマチャン、怒っているよね」
 達彦がボソッとつぶやいた。亮介は、達彦の方を向いた。
「どうしたらいいのか、わからなくて。みんな、何もできなかったんだ」
 その気持ち、亮介にもわかった。指示に従えばいいだけなのに、でも、それだけでもできない。そして、できない自分が苦しい。
 その時、二人に懐中電灯の光が照らされた。懐中電灯の主は、コダマチャンだった。
「よかった。二人とも無事で」
 走って下りてくるコダマチャンは、何度も転びそうになりながら、二人に近づいてきた。コダマチャンの顔がすごくホッとしていた。
「テントを見に行ったら、二人ともいないから」
 コダマチャンは、テントまで送ってくれた。
 コダマチャンが帰るとき、
「コダマチャン、ごめん」
という達彦の言葉を、亮介は聞いた。コダマチャンは、ただ、うなずくだけだった。
「おやすみ。明日、ちゃんと起きて、もう一回飯ごう炊飯するぞ」 
 翌朝、亮介は、炉に木を組んで、火を点けた。達彦は、コダマチャンに、飯ごうのやり方を聞いていた。
 少し、おこげのあるご飯は、いい匂いがした。亮介が手にいっぱいご飯をつけておにぎりを作っていると、のりつけ係の文明が、のりをつけながら握りなおしていた。文明が握りなおしたおにぎりは、きれいな三角になっていた。
「まあまあ、だな」
 できあがりを見ていたコダマチャンの目が、細くなって線になった。
 その後ろを荷物を背負って、スズキサンに連れられて帰っていくヤツらが通り過ぎた。もしかしたら、ゲーリーがこの中にいるんじゃないかと、亮介は心配になった。


 ハイキングの後、近くの川にみんなで入った。水が冷たくて、泳ぐことができなかったが、気持ちよかった。コダマチャンは、足を滑らせ、何度も川の中で転んだ。リカチャンは、仕事の合間なのか、突然やって来て、水鉄砲で、攻撃してきた。(水着でなく残念)
 他の班は、二日目になって、帰ったヤツがでたそうだが、ひまわり班は、コダマチャン中心に、何となくいい形にまとまってきた。ハイクでバテていた剛。上手に三角のおにぎりを作ることができた文明。バッタを捕まえるのがうまい和也。星のことが詳しい達彦。
 夕食の班対抗のカレーでは、コダマチャンの『バナナを入れようという案』は、皆のひんしゅくを買った。少し甘いカレーは、なんか変な味だった。 
「少し、曇ってきたね」
 コダマチャンの代わりに、食器の片付けにきていたリカチャンが言った。
 不思議なことに、山の雲は、生き物のように、動きが速い。いつの間にか、頭の上の空までやってきていた。
 ごー
 どこか遠くからの雷の音。お腹が鳴ったように、小さく響いた。辺りは、いつもより早く暗くなり、少しひんやりして、雨が降りそうになってきた。
 ぽつり、顔に水滴が落ちてきた。
 ごろごろ
 雷の音は、遠いけれど、音が続くようになった。
 コダマチャンが走ってきた。
「少し、早いけど、キャンプファイヤーをやることになったから」
 ぽつり、忘れた頃に、しずくが、顔に落ちてくる。
 皆で、ファイヤー場にかけた。まだ、近くなら、顔の判別ができるほどの明るさだった。しかし、すでにファイヤー場の真ん中には、大きな井桁が組まれていた。
 円形になって座って待つ。そして、3人のキャンプカウンセラーが、火を運んできた。
 遠い山の頂に、雷の光が見える。 
 ごろごろごろ。
 光と音との間には、随分時間差がある。かなり遠い雷だ。しかし、だんだん、暗さが増してくると、雷の稲妻の走ったぎざぎざラインがはっきりしてきた。
 ざわわ、ざわ
 風が強くなってきて、細い枝も揺れ始めた。
 空を走る光は、無数に駆け出す。
「きゃー」
 女の子たちが、騒ぐ。
 火を運んできた、キャンプカウンセラー達は、井桁の三方に立った。雷の音が聞こえる中、火が点火された。火は、一気に大きくなり、周りを明るく照らした。
 楽しいゲームや歌の中、亮介は、雷をずっと見ていた。向こうの山々に落ちていく数本の光。縦や斜め、時には、真横に走る。
 大きく光る度、輪のあちこちからざわめきが聞こえた。出し物は、大急ぎで進められていく。
「それでは、今日のキャンプファイヤーの最後の出し物『火の舞』を、コダマチャンとアッチャンがやります」
 紹介の言葉の後、コダマチャンの持っていた木に火が点けられた。コダマチャンは、もう一人のアッチャンと、真ん中のキャンプファイヤーを中心にして、対称の位置に歩んでいった。
 コダマチャンの顔は見えないが、コダマチャンは、持っていた木を左右同時にゆらゆらさせ始めた。
『すごい』
 コダマチャンが木をまわすと、火の輪が二つ回りだす。
 ぶーん、ぶーん
 木が空気を切る音が聞こえてくる。
 火の輪は、左右対称に、互い違いに、体の前や後ろに・・・・・・それは、生き物のようだった。
 亮介は、コダマチャンの動きを見ていると、失敗はしないか、ドキドキ心配になっていた。
 っからがらがら
 雷の音も近づいてきた。
ぶーん、ぶーん、ぶんぶんぶんぶんぶん
 火の輪を見ていた亮介は、駅まで送ってくれた父の言葉を思い出した。

 面と向かってしゃべる気がない亮介と、気を使っている亮介の父は、ずっと、しゃべる機会を見つけられず、車内は静かな空間であった。
「お父さんもな、学校に行きたくないときがあった」
 荷物があるからと後ろの座席に座っていた亮介は、外を見るのをやめた。
「ほんの2、3日なんだけどね。小テストに自信がなくて、行きたくないなあと休んだら、次の日、休んだ日のことを聞かれたらどうしよう・・・・・・とやっぱり行きたくなくなって」
 亮介は、自分がなぜ学校に行きたくなくなったか、考えてみた。部活のこと、テストのこと、友達のこと・・・・・・多分、最初は些細なことだったのに、どんどん積み重なって、どうにかしようと考えると、体の調子まで変になっていった。
「その時、『お前が学校に来ないと給食係の仕事が大変だから、来い』って、友達に言われたんだ」
 ウィンカーが鳴り、車が右折し、亮介の体が、少し傾いた。
「大した理由じゃないのに、自分が少しでも必要とされているのかって思ったのか、その言葉で学校に行けるようになったんだ」
 信号が赤になり、車は、止まった。 
「後でわかったんだが、意外と、皆、そんなに、お父さんが休んだことを深く思ってなくて、悩みすぎて、損したと思った」
 父は、少し頭をかいた。亮介を安心させたいと思った話が、うまくまとまらなかったようだ。少し、沈黙が流れたが、車が駅に着く直前、父が再び口を開いた。
「お前にとって、このキャンプが、何かのきっかけになるといいな。母さんも、お前が、キャンプに行く気になったこと、すごく喜んでいた」
 亮介は、返事をせず、外を見ていた。

 オレンジ色の輪は、きれいな円を描いていた。コダマチャンの棒を回す手の動きが速くなる。その勢いで、腕を大きく振った。左右の輪が交差する。拍手が鳴り響く。
 ぶんぶんぶん、ぶーんぶーん、ぶーん、ぶーん
 だんだんゆっくりになっていくと共に、火の輪は、ただの火になっていった。
 終わると、コダマチャンは、ファイヤーの火の側に近づいた。顔がしっかり見えた。満悦の笑み。亮介も、知らぬ間に、微笑んでいた。
 その後、雨も降ってきたこともあり、キャンプファイヤーはお開きになった。皆は、早々、テントに戻った。
 亮介は、消燈前にコダマチャンとすれ違ったが、「よかった」の一言が言えなかった。
テントに入って、横になる。否応なしに、テントに落ちる雨の音が聞こえてきた。
 ぼとっ、ぼとっ
 テントを叩くような雨音が気になって、亮介は、眠れなかった。
 いつの間にか、音が消え、今度は、テントの中から寝息が聞こえてきた。亮介は、そっと一人、テントを出た。
 空を見上げると、雲が流れ、星がちらちら現れ始めていた。亮介は、水場の光に向かって、ゆっくり歩いた。水場からは、何人かの人の声が聞こえた。どこかのテントのキャンパーが、数人、たむろしているようだった。
 亮介は、何気なく通り過ぎようとした。
「おい、きりやま」
 亮介は、立ち止まった。振り向くと、水場にいた4人が、亮介を見ていた。
 呼んだのは、4人いたうちの一人だった。亮介は、目をぱちぱちさせた。
「俺、中根和宏」
 一人の少年が、自分を指差して、亮介に話し掛けた。
「中根・・・・・・?」
 亮介は、はっとした。中根・・・・・・そう、ゲーリーから最後にもらったメールには、そう書かれていた。
「あっ、ああ」
 亮介は、その後の言葉が出なかった。和宏は、にこりとしていた。

「よかった、声を掛ける事ができて」
 亮介と和宏は、キャンプファイヤー場の周りの土手にいた。雲はすっかり流れて、頭上は、降るように星が瞬いていた。
「うん、名前を名乗ってなくて、わからぬまま終わってしまうかと思った」
 亮介は、暗くてあんまり相手の顔がはっきり見えないのが、逆にホッとできた。
「そっか・・・・・・君は、名前が出ることを知らないんだ」
「えっ、名前って?」
 和宏のから、メールには、送信者の名前が出ていて、亮介の場合は、「NAKANE」となっていたということだった。多分、亮介の父が設定したまま使っていたので、本名がそのまま出ていたようだった。
「キャンプカウンセラーから、『中根』という名の人が、ひまわり班にいるって聞いていたんだけど、なかなか声を掛けれなくて」
 和宏は、思っていたよりも、背が高く、髪が長く・・・・・・
 すっと、和宏は、立ち上がると、
「おっ、流れ星だ・・・・・・」
と叫ぶ。
「すごいな、誰か大物が死んだのかな」
「えっ」
「ほら、よく『巨星落ちる』って、将軍や軍師が死んじゃった時なんかに、言うじゃない」
 和宏は、ゲームの話を持ち出した。二人は、これをきっかけに、キャンプが始まる直前に出たゲームの話をした。
「なんだ、結局、ゲームしたんだ」
「うん、なかなか眠れなくて、3時まで」
 少し、恥ずかしそうに、和宏は言った。前の日の夜、支障になるからやめておくと言っていた。
「ホントは、出かける直前も、行きたくなくなっちゃって、やめようと思っていたんだ」
 和宏は、ずっと空を見上げていた。次の流れ星が見たいためなのだろう。
「でも、KIRIYAMAに、行けない理由を書いたメールを出そうとしたとき、もし、KIRIYAMAがこのメールを見なくて、キャンプに来たら、どう思うだろって。それを考えたら、やっぱり行こうと思った」
 亮介は、涙が出そうになった。我慢するため、星空を見上げた。
『よかった。もし、ゲーリーのメールを見なかったら、俺も、キャンプに来るのやめてた』
 言葉にできない思いを、胸に貯めて、星を見ていた。
 
 後ろから、懐中電灯の光が向けられ、亮介と和宏の薄い影が、キャンプ場に並んでできた。
「おい、また今夜も、星を見ていたのか」
 コダマチャンのちょっと、高くて、ハスキーな声が静かな闇から聞こえてきた。
「すみません」
 和宏の言葉に、亮介は頭を下げた。
「あっちで、コーヒーと焼きマシュマロ作っているんだ、来いよ」
 二人で話したいことは、いっぱいあったが、今の亮介には、これ以上時間があっても、言葉にはならなかった。和宏は、どうだったか知らないが、これ以上、コダマチャンに、迷惑をかけることはできない。亮介と和宏は、うなずきあって、コダマチャンの後について行った。
『火の舞、よかったです』
 その一言がなかなか出ない。さっき水場にいた連中とキャンプカウンセラーが、談笑しながら、棒にマシュマロをつけて、炉の残り火であぶっていた。
「はい、やけどしないようにね」
 リカチャンが、一本の棒を亮介に差し出した。やわらかくて、甘い。ただ、マシュマロを温めただけなのに。
「おいしいでしょ」
 リカチャンは、亮介と和宏にコーヒーを差し出した。何も入っていないコーヒー。少し苦いが、砂糖が欲しいだなんて、言いにくい。
「コダマチャンの火の舞、かっこ良かったよね」
 リカチャンが亮介に話し掛けた。
「う、ううん」
「やっぱり、よくなかったか」
 亮介の中途半端な返事を聞いたコダマチャンが、わざとしょぼくれた声を出す。
「あ、そんなことないです。よかったです」
 亮介は、小さな声でコダマチャンに言った。
「そう、そっか、亮介、ありがとう」
 コダマチャンは、立ち上がって、炉の方に行ってしまった。
「コダマチャン、初めて披露の火の舞だったから、みんなに感想を聞いているのよ」
 リカチャンが笑って言った。
「はい、褒めてくれたごほうび」
 コダマチャンが、新しいマシュマロを持ってきてくれた。マシュマロの甘さが、コーヒーの苦さを我慢していた口の中を癒してくれる。

「また、メールくれよな」 
 お開きになり、各自テントに戻る時に、和宏が亮介に言った。
「うん」
 亮介は、テントに戻っていく和宏の後姿を見送った。

 翌日は、毛布や荷物の片付けをして、パンとゆで卵、それと昨日の夜、カウンセラーの人たちが下ごしらえをしていたスープを食べた。
ご飯が終わると、スイカ割をした。亮介は、初めてだった。くるくる回ると、方向がわからなくなり、皆の声だけが頼りになる。亮介は、失敗だったが、和宏は、スパッときれいにスイカを割った。亮介の班は、剛が思い切り棒を振って、粉々にしてしまった。
「もうちょっと、力を抜いて叩けよ」
 コダマチャンは、粉々になったスイカの破片を集めながら、剛に言っていた。
 閉村式で、班それぞれ違った賞を貰った。ひまわり班は、『初めてなのにがんばったで賞』。初めてキャンプカウンセラーをしたコダマチャンが、自分とそれを助けてくれたひまわり班のキャンパーのために、作った賞だった。キャンプ場に落ちていた木で作った小さな人形をコダマチャンは、一人一人に手渡しした。不器用っぽいコダマチャンがどんな思いで彫ってくれたんだろうか。亮介は、そっと握り締めた。

 バスが走り出すと、亮介は、窓から何度も何度も振り返った。あの暑苦しい緑の蒸れた匂いが懐かしく思える。


最初に集まった駅で、解散した後、亮介は、もう一度和宏に声をかけたくて、和宏の姿を探した。和宏は、電車の時間のせいなのか、すでに、立ち去った後だった。
『ホントは、もっと、話したかった・・・・・・』
一人立ち尽くしていた亮介の背中が、誰かにぽんっと叩かれた。
「がんばれよ、また、次のキャンプでも会おう」
 コダマチャンが手を出してきた。日焼けしたコダマチャンの、白い歯がきれいだった。
「ありがと、コダマチャン」
 亮介は、コダマチャンと握手をした。
 すぐには無理かも知れない。でも、なんだか一歩踏み出せる勇気をもらったような気がした。亮介は、カバンを背負うと、家に帰る電車が停まるホームに向かって歩き出した。
 第三章終わり
 

 第四章へ続く


 
 三章目、どうでした?次は、最終章です。
何か、ご意見、感想がありましたら、掲示板かメールでお知らせください。
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