「インターネットの向こう側」

第四章 リカ RIKA リカ RIKA

 亮介は、今日もパソコンに向かっていた。キャンプ後、いくつもの長いメールをゲーリーと交換した。ゲーリーが学校に行かなくなった理由。キャンプで、流れ星を見たこと。暑かった事。キャンプの間、ストレスがたまっていたのか、駅で解散した後、すぐに、トイレに走ったこと……。2人は、実際会って、話ができなかった分、メールで会話を楽しんでいた。
 学校には、相変わらず行けなかった。亮介の母が、不登校の子が集まれる場を探してきて、学校に行けなければ、とりあえず、そこへ行かないかと言ってきた。亮介は、夏休み明けに見学に行くことだけを母に約束した。それ以来、母も、少し安心したのか、あまり、くどくど、何か言わなくなった。
『ゲーリーは、学校に行くんだろうか』
 亮介は、そのことは、なかなか聞けなかった。でも、ある一通の長いメールがきっかけで話すことができた。
<こん(こんにちは)!KIRIYAMA。今日のメールは、スペシャル長い。気になる文章を見つけたんだ。KIRIYAMA、リカをおぼえているか。友中(ともちゅう)のリカ。昨日、友中から、リンクたどって、ネットサーフィンしていたら、ある女の子のページにたどり着いた。そのページが、「リカのおうち」。リカって名が気になって、読んでみた。もう、閉鎖寸前のページだった。ちょうど最後の日記が、お前が、リカと話した最後の日のあたりだったから、特に気になって。最後の日の日記を、コピペ(コピー&ペースト、文書や画像を複写し、別のページに貼り付けること)しておくから、読んでみて。
********************ここから
6月19日 
 今日は、いろんなことがあって、何から書いていいのかわからない。でも、今日、書かなきゃ。そして、きちんと、けじめをつけなきゃ。 
ここのページは、私の日記を公開していました。でも、この日記は、私だけの日記ではなかった。私ともう一人のRIKAの日記でした。今日は、もう一人のRIKAの話を書きます。
 私とRIKAは、ネットの、あるページで出会いました。同じ名前だったので、興味を持ちました。RIKAは、自然のすばらしさや学校の楽しさとか、他の人とは違ったことをいつも、掲示板に書いていました。私は、その頃、学校が嫌いになって、行ったり、行かなかったり。でも、RIKAの言葉を聞いていると、外の世界は、キラキラとても輝いているように思えました。めげると、RIKAの言葉を聞いて、はげまされ、学校に行って、また、少し、疲れたり。そんな時、私は、RIKAの書き込みの後に、「やっぱり、学校へ行くのは、つらい」と書きました。そのあと、RIKAから、メールが来ました。
「ホームページを作ろうと思っています。もしよかったら、二人でやらない?」
 あまりにも、突然で、ちょっと、驚きました。でも、RIKAのことをもっと知りたい、友だちになりたいと思って、メル友(メール友達)になるいい理由かなと思って、RIKAとホームページを作ることにしました。
 RIKAと私は、ネットの中でも、2人で一役をしたりしていました。RIKAは、パソコンを自由にやる時間がないので、私が、メールやホームページを担当しました。私が、RIKAにメールを出して、いろいろなことを聞くと、一日後に、RIKAから、メールが来ました。日記も、お互い、お互いの内容がめちゃめちゃかけ離れないように、一日おきに、お互いの内容を見て、自分の分を書きました。そんな、二人羽織のような日記は、約1年続きました。
 今年に入ってから、RIKAのメールが二日おきや三日おきになって、毎日の日記にならなくなりました。文章も短くなりがちになり、私は、少し心配になりました。でも、間隔が空いても、ホームページの更新は、続けていました。そして、RIKAからのメールを待つ日々が続きました。メールは、一週間、2週間と空いていきました。メールの長さも短くなっていきました。それでも、私の生活の中での唯一の楽しみは、RIKAからのメールでした。RIKAからは、
「今日は、桜の花のつぼみが膨らんで、もうすぐ咲きそうでした。先週は、まだ、固いつぼみだったのに。明日になれば、あのつぼみは、もう少し開きます。一週間たつと、満開でしょう。そして、また一週間たつと、花は、ほとんど散っているでしょう。また、一週間たつと、葉が出てきて、いつの間にか、桜の木は、若い葉におおいつくされていきます。桜の木は、毎日見るのがとても楽しみです。……」
いつも、いつも、私が気づかずに過ごしていることがつづられていました。
 ある日、お母さんへの手紙がありました。
「お母さん、いつもありがとう。私は、何もかもが当たり前だと思っていました。でも、本当は、いつもいつも、同じことを繰り返してくれるお母さんが、いつも、側にいてくれていることに気づきました。……」
そのお母さんへの手紙の日記を読んで、私も、不登校ことで、心配をかけているお母さんに、ほんのちょっと、ありがとうが言いたくなりました。その翌日は、頑張って、学校に行ってみました。(でも、途中で帰っちゃった)
 RIKAからの最後の日記は、せみの声を聞いたという話でした。6月はじめだったので、私は信じれなくて、RIKAへのメールに「本当?」って書いて送りました。でも、その後、どれだけ待っても、メールは来ません。私は、いつも、RIKAからのメールが来るまで待つのに、今回は、待てずにメールを毎日送りました。
「どうして、最近は、メールが遅いの?」
 私は、RIKAから嫌われているんじゃないかと思っていました。それでもメールは来ません。そして、三日前、突然メールが来ました。
「いつも、メールをありがとう。気づくのが遅くなってすみません。リカさんは、どこに住んでいるのでしょうか。一度、お話がしたいです」
 私は、すぐ返事をしました。RIKAとは、会ったことがなかったから、すぐにでも会いたいと思っていました。
「リカさんの住んでいるところは、遠くないですね。私の方は、いつでもいいです。御希望の場所と時間をお知らせください。詳しいお話は、そのときにしたいと思います」
 RIKAからのメールがうれしくて、そして、会いたい気持ちを押さえられなくて、二日後にRIKAの家の側で会えたら…….というメールを出しました。今から考えると、RIKAがどんな人かよく知らないのに、平日の昼間に、それもこんなに急な日を指定するなんて。でも、会いたかったのです。会いたい気持ちで、私の心は、一杯でした。その日は、何度も何度もメールが来ていないか、確認してました。そして、
「では、あさっての19日、午前11時に駅の改札口で待っています。私は、黒い帽子をかぶっています」
というメールを見たときは、胸が、どきどき、どうにかなってしまうぐらいうれしかった。それから、18日まで、駅までの電車の乗り継ぎやら、どんな服を着ていこうかとか、一人で盛り上がっていました。母には、「男の人だったらどうするの?」って言われたけど、私は、絶対、RIKAは、私の気持ちをわかってくれる人だと思っていたので、不安はありませんでした。
 そして、私は、今日、時間通り、駅の改札口へ行きました。小さな町の駅なので、改札口はひとつでした。ただ、改札口にRIKAだと思う人がいなくて、私は、ちょっと、不安になりました。
「あなたがリカさん?」
 目の前にいたのは、私の母ほどの年齢の人でした。確かに黒い帽子をかぶっていました。
『エー、この人がRIKA?』
 私は、驚きました。もしかしたら、声にでていたかも。その時、その女の人が、
「私は、RIKAの母です」
と、答えました。
「RIKAの代わりに来ました」
 その言葉の意味がよくわかりませんでした。そして、それは、だんだんどういう意味なのか、わかってきました。
 まずは、RIKAのお母さんの車で、町を走りました。私が住んでいるところより、小さな町でしたが、街路樹がたくさんあって、素敵な感じがしました。
「あそこなの」
 RIKAのお母さんが指したところは、家が建っているわけではなく、そこは、お墓がたくさんありました。RIKAのお母さんも、言いにくかったみたいでした。
「RIKAは、先週亡くなったの」
 私は、頭を何かで、殴られたようになりました。
「RIKAは、ずっと、病気で入院していて。この春から、調子が悪くなって……」
 おばさんの頬に涙が流れていました。
「春からは、RIKAに言われた言葉を、私が、メールで送っていたの。はじめは、文字を打つのも大変で、時間がかかってしまって。私も、病院へ行ったりきたりで、時間がなくて。ほんとにごめんなさいね」
 私は、RIKAのメールがなぜ遅くなったか知りました。
 RIKAのお母さんが、RIKAの病院を案内してくれました。RIKAの病室からは、桜の木が見えて、2年間、その桜の木を窓からよく見ていたそうです。学校は、病院の中の学校には、行っていたそうですが、みんなと通う学校は、病院に入ってから、通ってないそうです。だから、いつも、「元気になったら、学校に行くんだ」と言っていたそうです。
 RIKAは、インターネットで、学校に行けない子がいることを知ったそうです。
「何かできることがあるかもしれない」
 RIKAは、直接助けてあげれないけれど、何かできないかなと、いつも、考えていたそうです。
「ネット上で、何かできるかも」
 はじめは、病院にいるボランティアの人と、ホームページを作ろうと思っていたそうです。でも、私のことを知って、
「リカとなら、ホームページをうまく運営できるかも知れない」
と、私にメールを出したそうです。私のことは、前から気づいていて、
「同じ名前の子がいる」
と、おばさんにも、話していたそうです。
 
 RIKAのお母さんは、きっとすごく悲しかったはずなのに、
「あなたに会えてよかった」
と、帰りには、何度も握手をしてくれました。
 私は、帰りの電車の中で、考えました。
「私には、何ができるのだろうか……」
 そして、私は、一つ決心をしました。
『学校へ行こう』
 また、行きたくなくなってしまうかも知れないけど、行ってみようと思いました。思ったけれど、まだ、その勇気がなくて、きっと、明日はむりだけど、何日後になるかわからないけれど、行こうと思いました。
 そして、ここも、少しの間お休みすることにしました。でも、絶対、戻ってきます。もう少し、強くなったら。今の私は、何ができるか、わからないから。それに、泣きたくなったら、戻って来れる場所だもんね、ここは。
 それまで、少し、さようなら。そして、RIKAへ、「現実でも、会いたかったよ。でも、ネットだけでも、充分いろいろなモノをもらったよ。ありがとう、RIKA」

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KIRIYAMAどうだった?
意見待ってます。
ゲーリー>

 亮介は、もし、このリカがあの友中のリカだったらと考えた。
『強くみえていたけど、ホントは違っていたのかもしれない』
 
<ゲーリーへ、起きてるか?KIRIYAMAです。
メール読みました。リカは、友中のリカなんだろうかと考えちゃった。

ゲーリーは、学校に行くの?
俺は、ちょっと、無理なので、不登校が通う広場に行くことにしました。
でも、行けないかもしれない。
俺は、自分が行けない理由がよくわからないんだ。
人の目を気にしているのかも知れない。
(↑これは、昔、リカに指摘された。)
わがままなんだろうか、勉強のことも少しは心配だし、これじゃいけないって思っているから。
ゲーリーは?
じゃ。(^.^)/~~~>

<KIRIYAMAへ
>ゲーリーは、学校に行くの?
>俺は、ちょっと、無理なので、不登校が通う広場に行くことにしました。
俺は、行かない。
嫌な思い出があるし。
どうしても、みんなが、笑っているような気がして。

>わがままなんだろうか、勉強のことも少しは心配だし、
俺も俺も。
親が家庭教師をつけようかなんて言ってるけど、俺は、やだな。
わがまま、言っちゃいけないんだろうか。
つらいなあ。

不登校の教室って、どんなところなんだろ?
そこでも、仲間を作って、仲間はずれになるヤツがいるかもしれないんだろ。
やだやだ。

あの、リカのページにあった、
「自分に何ができるんだろう」
ってのは、マジで考えているんだけどなあ。

そうそう、うちの班は、メールやっているヤツが多くて、今度、メーリングリスト(会のメールアドレスにメールを出すと、会員全員にメールが届くシステム)作ろうって、うちの班のカウンセラーのゲララさんが言っていた。KIRIYAMA、参加しない?>

 ゲーリーは、どんな顔をして、メールを書いているのだろう。
<こんにちは、ゲーリー。KIRIYAMAです。
>でも、きっと、そこでも、仲間を作って、仲間はずれになるヤツがいるかもしれないんだろ。
>やだやだ。
そうだね。
でも、きっと、どこに行ってもそうなんだろうね。
みんな一人は、さみしいから。

>「自分に何ができるんだろう」
>ってのは、マジで考えているんだけどなあ。
俺は、何にもできないから。
何かできるようになりたいと思っているけど、
考えているだけで難しいね。

>そうそう、うちの班は、メールやっているヤツが多くて、今度、メーリングリスト作ろうって、
>うちの班のカウンセラーのゲララさんが言っていた。KIRIYAMA、参加しない?
いいよ。>

 亮介は、メールを打っている手を休めた。
『自分に、何ができるんだろう?』
『今、リカは、何してんだろ』
 ネットに来なければ、こんなことを考えもしなかったかもしれない。
 ネットの向こうは、何も見えないけれど、そこには、必ず人がいることを、亮介は知っている。
 亮介は、再び、手を動かした。
<ゲーリー、今度会ったときは、いろんなことを話そう。キャンプの時は、ごめん。m(__)m >
 
 そして、亮介は、送信ボタンを押した。

 

 第四章終わり


 
 一応、完成です。どうでしょうか。
何か、ご意見、感想がありましたら、掲示板かメールでお知らせください。
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