『おばあちゃんの桜』 作:kerokero-pi
アイコの家に、おばあちゃんが来た。田舎でひとりで暮らしていたおばあちゃんだ。最初は、皆、優しい声をかけ、優しいまなざしで接していた。しかし、一週間も過ぎるごろ、いつの間にかおばあちゃんの存在がわからなくなっていった。おばあちゃんは、足を悪くして、ほとんど部屋にこもりっきり。アイコも、部活が忙しいと、おばあちゃんの顔を見ない日もあった。
「おばあちゃん、行ってくるね」
「ああ」
お母さんに言われて、一日一回は、おばあちゃんに声をかけるようにしているが、おばあちゃんの部屋の前から、大きな声で叫ぶだけだった。もちろん、アイコには、おばあちゃんの小さな返事は聞こえてない。
「少し休んだらどうだ?」
お茶わんを洗っていたお父さんは、椅子で休んでいるお母さんに声をかけた。
昼間、おばあちゃんをおいて、四時間のパートへ行っているおかあさんが、まず、体の不調を訴えた。午前中は家のこと、昼過ぎから夕方まで仕事、そして、走って帰ってきて、おばあちゃんの世話。おかあさんは、休む時間がなくなった。
「それでも、この仕事続けたいから」
お母さんは、がんばって毎日をすごしていた。お父さんも時間がある限り、朝と夜、家事を手伝っていた。
しかし、ある日、アイコと小学生の弟がお父さんに呼ばれた。お母さんが、頭が痛いと言って、早く寝てしまった夜に。
「どうだろう、アイコ。ちょっとの間、部活を休まないか」
「なんで、なんで、わたしだけが」
「シュンスケも、できるだけ早く帰ってきておばあちゃんの世話をして欲しいんだ」
アイコもシュンスケも、不満が一杯だった。そこで、お父さんは、表を作った。一週間をみんなで分けて、おばあちゃんをみよういうものだった。
「お母さんは、おばあちゃんのトイレの世話のために、急いで5時に帰ってきているのは、知っているだろう。これをみんなで、少し分けよう」
土日を除いた五日をアイコ二日、シュンスケ一日、お母さん二日に分けた。アイコはその日だけ、部活を休むこと......
「そんな勝手に決められたって」
「でも、おかあさんが倒れてしまったら大変だよ。おばあちゃんがこの家に来ることは、みんなで賛成して決めたんだ、できる限りみんなでがんばってみようよ」
アイコは、とても不満だった。部活では、やっと選手になれたのに、週二日も練習できないなんて......。
先生は、OKしてくれたが、アイコが一番嫌なのは、来年、三年生になって、やっと選手として試合に出れるのに、誰かに選手の座を取られる可能性があることだった。皆の練習を横目で見ながら、アイコは、走って家に帰らねばならない。
家に帰ると、昼、母がトイレの世話をしてから、ずっとトイレに行けないおばあちゃんが待っている。
アイコは、帰りに、一緒のクラスのミキに会った。
「あ、アイコ。今日の宿題、ちょっと、難しそうだよね」
ミキの声を無視することができなくて、ほんのちょっとおしゃべりをした。ほんのちょっと.....のだけのはずが、30分近く経ってしまった。
『しまった』
アイコは、走って帰った。しかし、おばあちゃんは、その30分待てなかった。ふとんは、濡れてしまっていた。
「なんで、きちんと帰ってきてくれなかったの。おばあちゃん、いつもがんばって待っているのよ」
かたづけが終わったお母さんは、怒鳴った。
「だって、わたしだって、学校でやることがいっぱいあるのよ」
アイコの気持ちも爆発した。結局、おばあちゃんは、おむつをはめることになった。
アイコも部活の練習にでれるようになった。また、おばあちゃんの声しか聞かない日々に戻った。
「アイコ、ちょっと、出かけてくるから、おばあちゃんの部屋に一時間ぐらいいて」
日曜日、買い物に行くお母さんが、アイコに声をかけた。
「いいよ」
アイコは、一週間ぶり、おばあちゃんの部屋に入った。
少し臭い。「おばあちゃん、障子開けてあげる」
アイコが障子を開けた。
部屋からは、家の裏にある街路樹が良く見える。
「ここは、木が少ないのお」
おばあさんの小さな声。「そうだね。おばあちゃんとこ、田舎だから、いっぱい木があるから」
二人で、外を眺めた。少し木の葉に色が付き始めていた。
「アイコ、桜、憶えとるか」
「ああ、おばあちゃん家のそばの大きいやつでしょ。あれ、きれいだったよね」
おばあちゃん家のそばには、しだれ桜の老木があった。アイコは小学生卒業まで、毎年のようにその桜の花の満開を見にいっていた。いつも、満開の日をおばあちゃんが知らせてくれたからだ。
おばあちゃんと桜を見に行って、花びらを拾い集めたり、それでかんむりを作ったりした。ひなたぼっこしながら、いろいろな話をしてくれた。「おばあちゃん、いつも、満開の日がよくわかっていたね」
「毎日毎日、見とるとね、花の時期がわかるんだわ」
そういえば、ここ数年、アイコは見に行ってなかったことに気づいた。 外をずっと見ていたおばあちゃんは、目を閉じた。
「花がな、散る時にな、ばっと散る日があるんだわ。それが、大雪がごそっと落ちてくるみたいでなあ」
アイコは、いつも満開の、ちらちら散る姿しか見ていない。
「そりゃ、きれいだわ。そんでもって、わし、おひめさんになった気になるんだわ」
おばあさんの目がきらきら輝いて見えた。アイコも、満開の桜を見て、同じように思ったことがあった。その桜の花びらが、大雪のように降ってきたら、どんなに美しいだろう。
「もう一回、見たいのお」
でも、こういういい日ばかりではなかった。おばあちゃんは、たまにわからないことを言う。
「今日は、畑に肥えをやらにゃあならん」
「おばあちゃん、今日は、お父さんがやってくれるから、寝ていていいんだよ」
お母さんとお父さんは、いつも話を合わせていた。アイコは、そういうことが、うまくできなかった。
寒い風が吹く頃、アイコはおばあちゃんと言葉をかわすことすらしなくなった。
『どうせ、おばあちゃんに言ったって......』
そのうち、アイコのことを忘れたのか、おばあちゃんは、アイコを見ても、よそよそしくなった。
「あんた、だれなん?」
そう言われた時、おばあちゃんは、自分たちと違う世界に行ってしまったのだと、アイコは思った。
テスト期間に入って部活が休みになった。アイコは、いつもの帰り道を一人で歩いていた。
道の両脇の街路樹は、すっかり、色が赤色や黄色になって、風が吹くたび、ダンスを踊りながら散っていた。『寒いな』
アイコがカーディガンの胸元をぎゅっと押さえた時、風が横切った。しゃらしゃらしゃら......
アイコの目の前の木から葉が一斉に放たれたように舞い出した。ふわっと浮かんだ葉っぱ達は、さささささあと風に流され、道の反対側に流れていった。
目の前の小さな女の子がはしゃぎまわっていた。
「ママ、すごいよ、まるで、きいろの雪みたい」
女の子は、風が吹く度、散っていく葉っぱと一緒になって踊っていた。アイコは、はっと、何かが頭に浮かんで、家に向って走り出した。
家に帰るとおばあちゃんがいつもと同じように寝ていた。
「おばあちゃん、おばあちゃん」
アイコは、寝ているのか、起きているのかわからないおばあちゃんに声をかけた。
おばあちゃんは起きてくれたけど、反応がない。アイコは、障子を開けた。
「おばあちゃん、今日、落ち葉がな、雪みたいにどっと散っていたよ。きれいだったよ」
アイコは、風が吹いてくれるように祈った。でも、さっきのような風は吹いてくれず、ちらちらと散るばかりだった。
「おばあちゃん、わたしも、わたしもおばあちゃんといっしょに、桜の花を見ている時、お姫さま気分だったよ」
アイコは一生懸命、おばあちゃんに話しかけた。
「おばあちゃんさあ、いろいろな話、桜の木の下でしてくれたよね。私、すごくうれしかったよ」
アイコは、小さい時から、おばあちゃんにいろいろなことを教えてもらったこと、話してもらったことを思い出していた。
『この間、桜の話をしている時、もう少し、話しておけば良かった。今のおばあちゃんに言っても、わかってもらえない......』
アイコは、少し後悔した。「ほお、ほおお」
おばあちゃんの声に、アイコが顔をあげた。おばあちゃんの目がきらきら輝いていた。
窓の外でたくさんの葉っぱが舞っている。
「ああ、今年も花が散るのを見れた。アイコ、きれいだのん」
アイコは、随分久しぶりにおばあちゃんに名前を呼んでもらった。
「うん、きれいだ、ほんとにきれいだね、おばあちゃん」
アイコはおばあちゃんと暗くなるまで、窓の外の、木の葉のダンスを眺めていた。
春を迎える前に、おばあちゃんは、風邪をこじらせて、遠くの国に逝ってしまった。それでも、アイコは、春になったら、おばあちゃんの桜の木を見に行こうと思った。
おわり