青春カエルキップの旅 大阪城と二条城![]()
2003年春の青春18キップの旅 〜大阪城と二条城〜 2003年3月30日、青春18キップを使って、一家でどこかで行くことにしました。あまり遠くないところで一回も行ったことがないところ……
今年に入って、幕末のコトをちょこっと知ったので、大政奉還の二条城、その後徳川慶喜が逃げ出した大阪城。せっかく京都まで行くなら、すぐ側の京都御所へ行こう……桜も見れるといいなあ……
思いつきの旅に予算はなく、青春18キップを使うことにしました。特急・新幹線なし。でも、いろんな駅を見ることができる……こうして、朝、5時台に起きで(ころちゃんの散歩をしてから)でかけました。
新しい金色、古い金色。今回は、新旧金色を観る旅となりました。
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| 大阪城 朝、6時50分発の電車に乗りました。10分前だというのに、もう、満席。結局、米原まで立って行くことに。途中、安土城跡が電車から見えたのが、大きな収穫でした。(関ヶ原は見過ごしちゃいました)都までの道すじは、今は線路や道路になっているのかな。今回は、先に大阪へ行くことにしました。おなかが空いたので、大阪城公園駅の手前で、立ち食いそばを座って(とにかく座りたかった・・・・・・)食べました。 |
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きんきらきんのお城です。エレベータもありますし。(~_~;) この城の中で、私は家族とはぐれてしまいました。チケットとお金は私が持っていたので、駆け足で回って、入り口で待ちました。30分ほど待つ羽目に。この30分がのちのちアダになってしまうのでした・・・・・・ |
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二条城の手前で・・・・・・ しだれ系の桜です。圧縮の掛けすぎでボヤボヤです。(~_~;) 今回の旅は、少し桜の季節より早かったようです。地元は、ほぼ5分咲きだったのですが、残念。 大阪城でゆっくりお昼を過ごし、その後、普通電車に乗って京都へ。途中で乗り換えることも可能でしたが、座りたかったのです。京都へは、寝ながら移動でした。 |
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| 二条城 京都から二条駅へ向かい、そこからテクテク歩いていきました。 |
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| 南門 橋をかけないと使用できない門。 |
東大手門 |
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唐門 豪華な門です。建立当時のものなのだそうです。金箔の押された金具が、かすれて、長い年月を感じることができます。 |
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二の丸御殿 目標の二の丸御殿に着いたのですが、もしかしたら、間に合うかも・・・・・・と、ここからダッシュで、本丸へ |
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3月中旬から十日間のみ本丸特別公開っていうのが頭にかすかにあって、走ったのですが・・・二条城が広い!タイムアウトでした。団体が入っていった後、無残にも入り口は閉められて行きました。 | ||||
| ということで、→は、本丸です。江戸末期移築されたもののようなので、後でそれを知ってホッとしました。でも、入ることができた人は、建物の中楽しげで・・・・・・。縁があったら、また挑戦しようっと。 |
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庭園もとってもよかったです。ただ、時間が・・・・・・。日本人で観ている人が少なかったです。 なぜ二条城は、入場終了時間が早いんだろーと思っていたら、ライト類がないんですね。つまり、そのままの状態なのです。ただ、自然光で見ることができる時間帯でしか、公開していないのでした。 天守台でちょっと休憩をして、二の丸御殿へ、急いで戻りました。 さすが、二の丸御殿。修学旅行の時は、人形が気になっていましたが、ここが江戸の始まり(征夷大将軍拝命)と終わり(大政奉還)の場所なんて!そう思うと感慨深く、じっくり見てしまいました(刻々と閉館時間が)。部屋の格が上がると天井の絵も変わっていきます。修理中のところもありましたが、剥げ落ちた壁や天井もかなり多かったです。補修が間に合わないのでしょうか。残念でたまりません。 |
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| せっかく、本丸に着たんだから、天守台へ。そこから眺めると、たくさんの御殿を眺めることができます。これぞ、城だ!! | |||||||
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晴明神社 二条城の東大手門を出て北上。ひたすら歩きました。疲れのピーク。 ここで初めて、つれあいたぬさんがポジティブな動きを。大好きな中村雅俊の書いた絵馬を見つけたようです。芸能人さんが書いた絵馬がかたまって展示してありました。 |
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| 京都御所 どうせ、ここまで来たのだから、蛤御門見たーい。アキレス腱まで痛くなって、かなり限界に達していましたが、歩きました。二条城の東大手門から東へ向かって歩いていけばそんなに距離はないのに、晴明神社にいったばっかりに・・・・・・ミーハーですから、しかたがないか。 |
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| 蛤御門 えーこんなに、紫宸殿に近いところっていうのが一番の感想。意外と小さい門でした。 |
これが、幕末、長州藩とやりあった傷跡? | もう、やぶれかぶれ。とにかく、紫宸殿の正面にたどり着くのだ・・・・・・ この後、外人さんに「Inperial Palace?」と聞かれ、その時は、何を言われているのかわからなくて、「天皇はエンペラーなのかなあ」なんてぶつぶつガイドブックをめくっていたら、もういいよって、手をあげられちゃいました。建物の前にもちゃんと説明看板出して置いてくださいね。英語の。後でかなり手前で、説明看板を見つけました。「天皇家は、ちょっと東京へ行っているだけになっているんだよ」って、高校の時、先生に言われたこともあって、余計、京都御所を何て説明しようかと考えちゃいました。 |
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| 体力の限界に達していたケロ家一家は、再び蛤御門から出て南へ歩き、最初に見つけた信号待ちのタクシー(それも追い越し車線に停まっていた)に乗って、駅へ戻りました。プアーな旅行の鉄則は、体をこわしてしまいそうな部分は、お金をかけること。今回は、このタクシーかな。でも、バス代などを考えると、そんなに、高価な出費ではありませんでした。 電車に乗る前、駅の百貨店の地下で入ったお店がおいしくて、おなか一杯の状態で、京都を去ったのでした。 (帰りは座って帰りましたよ。大垣の乗り換えは、恐ろしくパニック状態になっていましたが、根性で、席取りしました。米原・大垣は同じような乗り換えの人が多いので、混雑する時期は気をつけないと、危ないので、気をつけましょう) |
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