日記 いつでも晴れ
3人の子の育児は大変だけど、それだけじゃない。
仕事や夫婦関係、地域・社会にも感じること、考えることがいっぱい。
いろいろあるけど、気分はいつでも晴れでいたいね。

どうしたものか
なおかずが学童保育から帰ってくるなり、「ジャンバー返してもらうの忘れた」
聞くと、帰り道2年生の男の子A君に「ちょっと貸して」と言われて貸したら、別れ道の信号が青になったら、走って帰ってしまった、なおかずのジャンバーを着たまま…という。
忘れたのはなおかずじゃなくて、その子の方だろうがと思ったけれど、気づいて返しにくるだろうと話していた。
ところが、しばらくして1年生のお友達B君のお母さんから電話が。「なおくん、ジャンバー落とさなかった? うちの子が拾ってきたって言うんだけど」
何、何がどうなってるの? A君はなおかずに貸せといってジャンバーを取り上げておいて、帰り道に捨てていったってこと?
B君ちに受け取りにいこうとしていたら、B君がわざわざ持ってきてくれた。
A君にどうなってるのか聞こうと電話をするが、なかなかつながらず、夜になってやっとつかまえて聞く。親に話すと話がややこしくなるので、本人に直接たずねる。
A君が言うには、別れてから返すのを忘れたのに気づいて、1年生のB君かC君に「返しておいて」と頼んだそうだ。
それを聞いて私はピンときた。お母さんの手前、そう言っているが、頼んだのではなくて命令したのに違いない。B君のうちはA君のうちの近くだけれど、うちからはちょっと遠いのだもの。それに夕方も5時半となるともう暗い。 なおかずも含めて1年生の男の子たちはA君のことを怖がっている。B君はよくいじめられたりからかわれたりしている。B君はA君におしつけられたことをお母さんに言いたくなかったのかもしれない。
「わざと捨てたのではなくてよかったけれど、それはA君が自分で返しに来てほしかったな」とだけ言って電話を切った。とても重い気持ちになってしまった。
心配なのはA君のことではない。なおかずのことだ。嫌なことでも強く言われると断れないで従ってしまう。そうして自分の中に溜め込んでいく損な性格だ。私の子どものころとそっくり。いじめっ子はA君だけじゃない。学童保育室では伝統的に?上級生が下級生を従える風潮があるらしい。おやつの班の班長も気分次第でなおかずをこばかにする3年生の女の子で、なおかずはこの班になってから学童が特にイヤになったらしい。
「お母さん、学童いつまで行ったらいいの?」と尋ねるなおかずに、どうしたものかと考え込んでしまう。3年生は3月で退室するし、4月になれば新一年生も入るし、みはるも入るから、状況は変わるだろうが…。近頃、朝になってよく「お腹が気持ち悪い、吐きそう」と言って休みたがる。仮病ならまだいい。イヤだイヤだという思いから、本当に具合が悪くなったらどうしようと思う。
2000年11月17日

初めてのオムツ交換
今日はホームヘルパーとして初めてオムツ交換をした。脂汗で全身びしょびしょになった。
紙おむつは、いやというほど子どもたちのを取り替えてきたし、大人のだって、基本的には同じ形なんだから、間違うはずないのに、天地逆に置いてしまったり、背中に行き過ぎて前が足りなくなってしまったり、もう消え入りたい気持ちだった。見るとやるとでは大違いだと思った。
ベッドからこたつに移動するとき、先週よりは多少ましになって、後ろから支えて歩行介助ができた。先週は何をどうやったのかも覚えていない。
「あんたはええなぁ、からが大けぇから、力があって」…Fさん、それって誉めてくれたのかな。ごめんね、今度はもっと上手にやるからね。
2000年11月16日

孝行息子
ホームヘルパーには守秘義務がある。興味本位で利用者のことを書くべきではないと思う。しかし、書かずにいられないこともある。週2回家事援助で訪問しているTさん、3週間ほど検査と教育のために入院。退院したら、日常生活が以前よりむずかしくなってしまった。
半身マヒだけれど、前は洗濯物を取り入れたり、食器を洗ったり、食事の支度までしたりしていた。それらが、全くできなくなり、日中はほとんどソファに座ったきり。心配した息子がケアマネージャーと相談、週2回のデイケアサービスを3回に増やすことにした。増えた分はリハビリをするのだろうなとは思うけれど、私には腑に落ちないことも多い。
ケアマネージャーはどこに目をつけてるんだろうか。Tさん宅で息子と同席で聞き取りしても、Tさんは本当の気持ちを言えるはずがない。息子に気兼ねして気兼ねして暮らしているのだ。そして、その息子が結婚する。最近、婚約者が近くに部屋を借り、越してきた。母一人子一人のTさんが、息子に捨てられるのではないかという危機感を抱いても当然だと思う。言いたいことも言えず、黙って子どもにしたがうしかないと思い込んでいるのだ。
その息子、知らない人からみたら、若いのに病気の母親の面倒をよくみていると思うかもしれない。でも実際は違う。生活費が足りないからとTさんの障害手当を巻き上げ、Tさんには小遣い程度しか渡さない。おむつが臭いといって露骨に嫌な顔をする。Tさんの部屋には入ろうともしない。Tさんが寝ているのは、幅60cmくらいの空間。布団も敷かず、畳の上にタオルケット1枚だった。後で知ったのだが、押し入れにはちょうどいい幅にあつらえた敷き布団があるというのに、Tさんは息子に出してほしいと言えなかったのだ。何故か。古い洋服なんか捨てちまえと言われるのがイヤだからだ。新しい洋服買ってくれるわけでもないのに。
先月便秘して下剤を飲んだら下痢して、おむつから滲み出てしまい、服も畳もタオルケットも汚してしまった。でも、それをずうっと息子に言えないでいた。「何か匂うよ、分からないの?」とは言っても、「どうしたの?」とは決して聞かない息子。私が行ったときにはもう何日も経ったあとで、パリパリになっていた。「タオルケット洗ってしまったら、今夜はどうやって寝るの? 何か代えはないの?」と聞き、初めて敷き布団のことを知ったのだった。
リハビリパンツをひとりで上げられないから、いつも尿がもれて濡れたズボンを履いて、お尻の下に新聞紙を敷いている。ずっと同じところに座っているから、ソファだってへこんでしまっている。ズボンだって古いのを大事に履いているけれど、マヒした手ではボタンはかけられないし、ゴムのはゆるゆるに伸びてしまっている。立つとずるずる落ちてくる落ちてくる、ズボンもリハパンも。それに肌着というものを1枚も見たことがない。いつも素肌に直に洋服を着ている。それがレース編みのサマーセーターであっても。
それにひきかえ、息子の部屋にはパソコンが2台、大型テレビ、ドロップイヤーのうさぎ(十万円もするらしい)。バイクに自動車…。
そして大変な事件がおきた。ああ、でも、何だか胸が詰まってもうこれ以上今日は書けない。続きはまた今度。
2000年11月15日

今日は何曜日?(@@)
もうめちゃくちゃ忙しかったっ! ネコの手でも借りたいくらいやった。
夫は拾ってきたパソコンばかりかわいがって、洗濯物のひとつもたたんでくれへん(T_T)
言うたらやってくれるやろけど、その分お叱言ぎょうさん頂戴するから黙ってるんよ。
曰く「毎日やっといたら、こないにちらからへんのや」
曰く「何でもかんでも出しっぱなし」
曰く「また洗濯物つけものにしとるやろ」
はい、仰せの通り。けど、その毎日ちょっとずつ時間が足らんのがわからへんかぁ!
夜中に起きて踊り回って寝えへんまなみのこと、かもてやってよ〜
あたしは昨日も一昨日も徹夜で仕事してんねんで〜
ああ今日はくたくたに疲れて、もう金曜日の気分やわ。
2000年11月13日

泣かせるね
夕方まなみが階段のぼって感動させてくれたと思ったら、夜になって今度はみはるが突然「みはるは大人になったらね、お母さんみたいに、お仕事もしてお母さんもやるの」。
こんなこと言われたら心の中があったかいものでいっぱいになった。朝気ぜわしくてよく「早くしてよ!」と怒ったり、家の中もしっちゃかめっちゃかだったり、いろいろ用事をいいつけたりしてるのに、私が働いていることで、みはるにもなおかずにも負担がかかってるはずなのに、こんなこと言ってくれるとは。もう涙が出るほどありがたい。
ごめんね。これからはなるべくガミガミ言わないよう気をつけるからね。
2000年10月05日

お外を歩いたよ、階段を上ったよ
今日突然、まなみが自転車置き場から部屋まで歩いた。保育園から帰ってきて自転車から下ろすと、いつもは抱っこをせがむのだけれど、今日はすんなり手をつないで歩き出した。外の道に出ても全然平気で、私の手をふりほどいて歩く。いつものようにエレベーターに乗ろうと思ったら、外階段に向かってとっとと歩いていく。あれよあれよと言う間に這い上って行こうとする。結局3階まで上りきった。上りきって外廊下を右に曲がってどんどん行く。ああ、違うんだよ、まっすぐでいいんだよ。ちょっとした勘違いはご愛嬌。玄関ドアを入って、腰を下ろして反転するところまで、ずっと自分の足で歩いてきた。
もうびっくりするやら、嬉しいやら。今日は忘れられない日になった。
2000年10月05日

いいかげんな仕事
うちのマンションはホントいいかげんな造りだ。この夏エアコンが壊れた。壊れるはずだよ。天吊りの室外機の真裏に台所の換気扇の排気口があるんだもの。
春には洗面台の上のキャビネットが外れた。外れるはずだよ。石膏ボードに合板用のアンカー使ってるんだもの。
その前はお風呂の天井の塗装がはがれた。塗装なんかはがれるはずないんだよ。ユニットバスなんだから。建築中に何かをぶつけて傷ついたのをペンキ塗ってごまかしてたんだ。
他にもいろいろ、いろいろ、数え上げたらきりがない。
プロの仕事じゃないね。粗悪な材料・手抜き工事・仕様変更による矛盾、そのごまかしってのが素人目にも明らかなんだもの。なんだか悲しくなってしまう。いいかげんな仕事するなよ〜〜。
2000年09月29日

運動会
みはるもまなみもがんばった。
いきなりみはるが先頭で側転。カメラ、カメラ…。うまく撮れなかったけど、演技は大成功。
まなみは三輪車に乗せられたとたん顔色が変わって泣き出したけど、大泣きには至らず。
二人の成長ぶりに感激の日だった。
側転するみはる

整列するまなみ
2000年09月27日

明日は保育園の運動会
まなみが泣かずに歩けるかどうか、今からドキドキ。みはるの情報では園庭にもオルガンの伴奏にもすっかり慣れてるらしいし、先生も「いざとなったら抱っこしますから、今年はベビーカーなしで頑張りましょう。」と言ってくれたから、ちょっと期待できるかな。
みはるの側転も、けっこう足が伸びてきれいになってきた。「女の子で側転できるのはみはるだけなんだよ」と鼻の穴ふくらませて言うだけのことはある。自信がつくと他のこともがんばれる。
あれは去年の運動会のことだった。それまでのみはるは、みんなが踊っていても棒立ちがいいところで、悪くするとプイと隅っこに逃げてしまう子だった。それが先生に「みはる先頭ね!」と大抜てきされて、彼女は大変身をとげた。運動会で生き生きと先頭でみんなをリードしつつ踊った。まさに目をみはる変貌ぶり。それ以後も、部屋でひとり人形遊びしてるのが好きだった子が、ガンガン友達と外遊びをするようになった。今や鬼ごっこが大好きらしい。
さて、今年の二人は、どんな姿を見せてくれるんだろう。
2000年09月26日

お彼岸の夢
今日はお彼岸の中日。こないだから他所の掲示板で稲刈りの話を聞いて、母のことを思い出していた。そうしたら、昼寝の夢に母が出てきた。私はなぜか実家にいて、父に伴われて家に帰ってきた母は若く、そしてお腹が大きい。そのお腹のなかにいるのは私? 出迎えた私は、子供を迎えに行かなくちゃと叔母に電話している。目覚めてもなんだか訳がわからない。どこにいるのやら、私が何歳でなにものなのか。
2000年09月23日

ヘルパーという仕事
5月から始めたホームヘルパーの仕事だが、訪問先が増えたり減ったりしながら、何軒か固定した訪問先もできてきた。
家事援助ばかりなので、掃除や洗濯、買い物といった仕事が多いけれど、それはそれで、利用者の役に立てればいいと思う。
けれど、「やっといてね」と言いおいて、自分は自転車で治療に行ってしまい、ほとんど話もしたことのないKさん。保養地に温泉付マンションを持っていて、しょっちゅう出かけてる。私はひとり、広い家の掃除と洗濯物のかたづけに2時間半を費やしながら「お手伝いさんみたい」と思うことしきり。
2000年08月16日

今日も早起き
このごろの洗濯物の多さときたら、たたんでもたたんでも終わらない。
繕い物もアイロン掛けもたまってる。
ズボンもゴムを取り替えないといけないのが何本もある。
まなみが起きていると、たたんで積み上げていくと、賽の河原よろしく崩してくれる。
まなみが寝てからなんて構えていたら、絶対寝ない。
仕方ないから添い寝して、私の方が先に寝てしまうのが常だ。
いきおい早起きして片付けることに。母は入浴もままならない。
こうしてどんどん早起きになっていく。
今朝起きたのは1時44分だもの。少し前ならこれから寝ようという時刻。
でも、なんとかアイロン掛けまでかたづいた。
嬉しい! けど今日もまた寝不足。
2000年08月09日

ラジオ体操
なおかずの夏休みが始まった。
初めての夏休みにとまどい、初日から
「夏休みはいつ終わるの?」
もう時間をもてあましている様子。
なんだかなぁ(ーー)
子どもの頃のあのワクワクした夏休みを思い出しつつ、
日記を書き始めることにした。

最近はどこの小学校も登校日というのがないのだろうか。
ラジオ体操も夏休みの定番ではなくなったのだろうか。
ラジオ体操のカードももらってこなかったし。
私は私で昨日から部屋でラジオ体操を始めた。
ん十年ぶりだが、けっこう覚えているもんだ。
昨日はみはるが「第二」からつきあってくれたが、
今朝は横目で見ながらごろごろしていた。
なおかずは高いびきだった。
まなみはまだ寝ている。ふ〜 (ーー)
2000年07月22日

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