| 大目本帝国史(大目本皇帝自伝) |
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オイラ(大目本帝国皇帝)は、神様なんかじゃないよ。少なくとも、天地を創造した覚えなんかないしね。 本人としては人間のつもりだし、少なくとも、生まれたときは人間だった、と思う。 でも、オイラが生まれたのは2200年も前の話で、いまだに生きてるっていうんだから、少なくとも、普通の人間とは言えないね。 だからと言って、化け物あつかいはして欲しくないんだな。オイラにだって人権はある、と思うのよ。 |
| 紀元前259年 |
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オイラが生まれたのは、紀元前3世紀。たぶん、紀元前259年だ。 オイラが生まれたのは、オーメモトじゃなくて、中国。当時は、戦国時代だった。 その頃のオイラはただの人間で、ジョフク(徐福)という名前だった。職業は、方士。 方士っていうのは、祈祷をしたり、呪術をかけたり、仙薬をつくったりするのが仕事。インチキと言えばインチキだけど、今だってこーゆーのを信じてる人がいっぱいいるでしょ。それが2200年も前の話だからね。けっこういい商売になりました。 |
| 紀元前219年 |
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自分で言うのも何だけど、オイラは、方士としては超一流だった。なにしろ、シーファン(秦の始皇帝)のお抱えだったからね。 当時、シーファンが抱えていた方士は300人ぐらい。かなりの待遇を受けていたわけだけど、方術の効果がお気に召さなかったりすると忽ちに首が飛ぶという立場でもあった。 オイラが一発勝負に出たのは、紀元前219年。不老不死の仙薬を探しに行くという名目でシーファンから巨万の費用を手に入れ、そのままドロンしてしまったのだ。 しかし、それからの日々は、逃亡生活みたいなもので、生きた心地はしなかった。結局は、10年足らずで見つかってしまったんだが、むしろホッとしたような気がしたのを覚えている。 |
| 紀元前210年 |
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シーファンと再会(?)したのは、紀元前210年。もはや、下手な命乞いをするつもりなどなかったな。 「仙薬を求めて海に乗り出したが、大鮫が現れて邪魔をされた。大鮫は水神の使いで、皇帝の貢ぎ物が少ないから薬はやれないと言う。どのようなものを献上したらいいかを聞き出してきたので、揃えて欲しい」みたいなことを言って、10年前のときの何倍もの人物金品を並べ立ててやった。これが、うまくいっちゃったんだね。 このときオイラが手に入れたのは、自分の命だけじゃなくて、良家出身の子どもたちが3000人、医術・農耕・養蚕・機織・漁労などの技術者が500人、五穀の種子、金・銀・銅・鉄・水銀・・・等々。あの時は、もう本当にシーファンに感謝してしまったね。シーファンの為に本気で仙薬を手に入れようなどと思ってしまったもの。 でも、そういう気持ちも、出航して3日目ぐらいまで。それに、後で知ったことだけど、オイラたちが出航して間もなく、シーファンはこの世を去ってしまったのだね。 |
| 紀元前209年 |
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なんだかね、着いちゃったんだね。この国に。 人もいてね、「ここはどこだ?」と聞いたら、「オーメモト」と言う。後から考えてみると、当時の彼らの言葉で「知らない」って言ったみたいなんだけどね。そのときのオイラにはそう聞こえたのだ。それ以来、オイラにとってのこの国はオーメモトなのよ。 当時のオーメモトは、いわゆる縄文時代で、ネイティブたちは狩猟採集を中心とした生活をしていた。オイラたちが水稲耕作を伝えたという話もあるけど、すでに簡単な耕作ならやっていた。 でも、オイラたちが水稲耕作を広めたというのは間違いのないところ。オイラたちが弥生時代を始めたと言っていいと思うね。 |
| 紀元前159年 |
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オーメモトに着いたときのオイラたちっていうのは、ほとんどが子どもなわけ。ネイティブたちは、その子どもたちよりももっと子どもみたいなものだったし。だから、生きていくだけで大変だったんだけど、それなりに楽しかったという気がする。 50年も経つと、かつての大人たちは死んでしまって、かつての子どもたちは老人になってしまって、オイラも100歳になった。「オイラたち」と「ネイティブたち」の違いなんかもなくなってしまって、みんなオーメモト人になってしまった。 オイラは、100歳にはなっていたけれど、頭も体もピンピンしていた。実は、この50年の間に、不老不死を手に入れていたのだ。瓢箪から駒というところだね。 もっとも、オイラが不老不死を身につけた経緯については、くわしい話をするわけにはいかない。オイラ一人で見つけたわけではないのに、オイラ一人が不老不死になってしまったのだ。悲しい思い出は語りたくない。 |
| 紀元前109年 |
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不老不死とは言っても、オイラの場合、とろうと思えば年をとることができる。実際、100歳を過ぎてからは、それほど不自然にはならない程度に年をとっておくようにしていた。 しかし、さすがに150歳ともなると、ヘンな感じになってきた。「とうに100歳を超えているはずなのに」と驚かれるのならいいのだが、ソレがアタリマエみたいに、つまり、「ジョフク様だけは特別」みたいな扱いをされるようになったきたのだ。 オーメモトも、この頃になると、あちこちに国ができていたのだが、まったく初めての国に行ったときでさえも「ジョフク様」なのだ。 そういうな立場はけっして不快なものではなかったし、だからこそズルズルと150歳にまでなってしまったのだが、そろそろ潮時ということで、ジョフクを名乗るのはやめることにした。 |
| 紀元前108年 |
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オイラは、オーメモトに来て以来、全国を歩き回っていた。中心になったのは九州だったが、本州にも、四国にも、北海道にも行った。いろんな所に行っているうちに不老不死を手に入れたりし、その不老不死を試すためにいろんな所に行ったりしたのだ。 オイラは、歳をとることができるのと同じように、若返ることもできる。ちょいと時間はかかるが、姿形を変えてまったくの別人になったりすることもできる。オイラは、若者になったり、子どもになったり、ジョフクに戻ったりしながら、全国を歩き回っていたわけだ。 ジョフクには戻らないということを決意したオイラは、単身、対馬を経て朝鮮に渡った。ちょうど漢の武帝が朝鮮に4郡を置いた年だ。 もっとも、「ジョフク様がいなくなった」などということに気づく者はいなかったろうと思う。 |
| 紀元前100年 |
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オイラがオーメモトに戻って来たのは、ちょうど紀元前100年ということになると思う。 この頃のオーメモトには100ほどの国があった。ガハラ国というのが頭一つ抜きん出ていて、他は似たり寄ったりの小国ばかりという感じだった。オイラは、そうした小国の一つであるタカマ国に住み着くことになった。 古事記や日本書紀にはタカマガハラという国(?)が出てくるが、タカマ国とガハラ国のことが言い伝えられて、そのような国ができてしまったのだろうと思う。この2国は、後に、オーメモト統一を目指して覇を競い合うことになる。しかし、ガハラはこの頃から大国だったのに対して、タカマは名もない一小国だ。 ちなみに、タカマではイザナギが、ガハラではイザナミがそれぞれの国を治めていた。イザナギとイザナミというのも、固有名詞ではなく、当時のオーメモトの言葉で「男王」「女王」というような意味だ。この言葉は、後に、イザナギの「ギ」とイザナミの「ミ」を合わせて「ギミ」「キミ」となり、さらに「オーキミ」などとして使われることになる。 |
| 紀元前65年 |
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オイラは、イザナギの信頼を得て、タカマ国のオモイカネを務めることになった。オモイカネというのは「宰相」のような立場を指す言葉で、当時は、幼王を補佐する青年宰相という感じだった。 以来、数十年。イザナギとオイラは「オーメモト統一」という同じ夢を生きた。タカマはガハラと比肩される大国となり、イザナギは大王の風格を身につけるに至ったが、オイラは「ただの老臣」みたいな立場に甘んじるようになっていた。 第一次タカマ・ガハラ戦争は、紀元前65年に始まる。イザナギは、ガハラを滅ぼして、一気に「オーメモト統一」を果たす気でいたのだ。しかし、オイラは、この戦争には反対だった。 オーメモトでは、数十年に1回ぐらいの割合で渡来人がやって来ていて、その新しい知識と技術はどの国でも歓迎されていた。オイラは、たまたまやって来る渡来人たちを待っているだけではなく、積極的に使者を派遣して漢の文化を吸収し、国力を高めるべきだと考えていた。そのためには、戦争など邪魔だったのだ。 |
| 紀元前58年 |
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第一次タカマ・ガハラ戦争は、紀元前59年に終わる。 この年、イザナギはガハラ国に攻め込んでいって、イザナミの首をとる寸前まで行った。しかし、ガハラからの強烈な反撃を食らって、命からがらタカマまで逃げ帰って来るということになった。 この話は、記紀の「イザナギが黄泉のイザナミを訪ねていった」という、あの話につながってるんじゃないかな。違うかもしんないけどね。 とにかく、そのとき以来、タカマ国はガハラ国への侵攻を控えるようになり、かわりにと言うように、遣漢使節を送ることになったのだ。 |
| 紀元前55年 |
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タカマ国が最初の遣漢使節を送ったのは、紀元前55年だ。 使節団は、オイラ(ジョフク)の出身地でもある斉から上陸して漢都を目指す計画だったのだが、結果として、朝鮮の楽浪郡に漂着するような形になり、楽浪郡からの施しを受けるような形で帰国の途に着いた。 このときに語るとはなしに語ったオーメモトについての話が、後世に“倭国”の話として伝わったのだろうと思う。漢書の「分かれて百余国を為す」というアレだ。 |
| 西暦1999年2月2日 |
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| とにかく、2000年以上も前の話なので、オイラの記憶も曖昧なのだが、紀元前のオーメモトはだいたいこんなもんだったろうと思う。 |