2003年卯月



4月1日火曜日
午後11時 曇り


「無職二十歳の男」

明後日から僕の肩書きはこうなる。
何だか悪いニュースの主役になりそうな肩書きだ。

明日でとりあえず、25ヶ月勤めてきた新聞屋さんを辞める。
有休が20日残っているので一応まだその間は新聞屋ということになっているのかもしれないが、
明後日の朝には、この八王子という街を出てゆく。
この街でいろんな人に、いろんなかたちで出会ったが、
世の中には、本当にいろんな人がいるものだと、いろんな場面で感じた。

新聞販売店というところは人の出入りが激しく、
長く勤め続ける人がなかなかいない。
従業員30名以上にまでなったこの店の中で、
僕より古いのは3名ほどになってしまった。
僕が2年前に新人として入ったときにいた人は、今では3人しか残っていないのだ。

20ページの僕の人生の中のたった2ページの中で、
新たな登場人物が現れては、いつの間にかフェードアウトしていった。
2年前は、他人の人生に興味などなかった僕だが、
いつの間にか、他人の物語を聞くのが趣味みたいになっていた。
でも、僕が興味を持つ他人の物語は、いつも好意をもった相手の物語だった。
それはきっと彼らが、その物語を参考にしたいと思わせる姿をしていたからだろう。
義務教育の延長にあった高校時代とは一転し、
自分の道をつくっていかなければならないステージに立ち、
専門学校に通いながら僕は、
自分の道の組み立て方を考え、材料選びをしていた。
他人の物語は、良くも悪くもそれぞれの組み立てられた道の見本だった。
思えばこの2年間でいろいろ話した相手の9割5分以上が、僕より年上の方々であった。
他人の物語は、勿論そのすべてが現在進行形で終わっているのだが、
僕の物語よりも10ページくらい先をいっているものが多かったので、非常に参考になった。

また、お互いの人生を語り合うたびに彼らは決まって僕にこう言った。
「若いのはいいね。これから楽しみがいっぱいあって。」と。

そういうセリフを受け取るたびに、僕はいつも、ある人を思い出す。
顔も名前も肩書きも忘れてしまったが、
僕の通っていた専門学校で、就職活動関係の授業でホールに集まった時、
50代の男の先生らしき人がこういうことを言った。

「私はもう50だが、映画監督になる夢は、未だに捨てていない。」

この先生とは学科が全く違ったために、どういう人なのかわからなかったが、
その言葉は僕の額あたりにボンドでペッタリ貼られて剥がれなかった。
その先生は、自分の教え子が、現場で助監督だか何だかのポジションに上がってきていて、
もう少しでコネクションを勝ち取れるところだとか、
とても楽しそうに話していた。

「人生どこでどうなるかなどわからない。」

とも付け加えた。
それが授業の場であったとはいえ、
これからの人生を本当に楽しそうに話す50歳の先生は、
{若い=これから楽しみ}
という方程式をなんなく崩してみせた。
いつか読んだ本に、

「何を始めるにも、遅すぎるということなど無い」

という言葉があった。
その言葉を思い出すたびに、僕はまた一つ、
新しいことを始めたくなってしまう。
既に身近な人が始めていることというのは、
何だかそれをやることで劣等感を感じてしまうのが怖くて避けてしまうことが多いが、
誰かがいる為にそれをやれないということの方が、
自身の深層に与える劣等感は強いのではないかと思うようになった。
「やればきっとあいつよりも上手くなるけどただやらない。」とかっていうのは、
「あいつみたいに勉強すれば俺の方が成績がよくなる」だとか、
「練習すれば余裕で勝てる」だとかいうのと似ていて、情けないセリフだと僕は感じる。

「努力できることが、才能である。」

この言葉はすごい。
磯野波平の説教のように、一切の言い訳を認めない強烈なひとこと。
NYヤンキースの松井秀喜選手のお父さんも、昔から松井選手によくこの言葉を聞かせたらしい。
今日、松井選手は開幕戦初打席初安打初打点を記録した。
僕は、両親の教育によって、アンチ巨人として育っていたが、松井選手だけは大好きだった。
巨人戦ばかりテレビ中継する中で、いつも相手チームを応援するような見方をしていたのだが、
気づくと松井ファンになっていた。
僕が松井選手を好きになっていったのは今から5,6年くらい前だ。
丁度現在も、春の甲子園真っ最中だが、そのときも高校野球中継が行われていた。
高校野球を見た後に、プロ野球を見てはいけない。
「ホンキ」のネツが全然見えないからだ。
当然といえば当然だが、勝ちに対する執着心が明らかに違う。
しかし、そんなつまらないプロ野球スタジアムの中でただ一人、
松井選手だけは、高校生と同じ汗が輝いていた。
―努力できることが才能―
「俺の才能を見てくれ」とばかりに泥まみれになる松井選手は、
いつでも甲子園でプレイしている。

松井選手が「若い」のかどうかなど問題にする前に、
新しい挑戦を始めた「松井選手のこれから」は、
とっても楽しみである。

終わり。

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